1992年3月12日木曜日

百年という時間

 なぜか、この頃、百年というスケールでものごとを考えられるようになった。「自分が生まれ育った1950年代という時代が、”歴史”の一部になってしまったからだ」というのが、僕の得た答なのだがどうだろう。40年前を客観的に見られれば、それを時間軸の反対側に伸ばせば80年前まで遡ることができる。そうなれば、百年、一世紀という時間もすぐそこだ。 最近読んだ、『人間の測りまちがい』という本のなかに、百年前の学者・政治家の考えが沢山出ていた。多くは、現在の常識からするととんでもなく人種差別的であったり、女性差別的なものである。かといって、僕が、そのような見方に憤慨したかというと、そうでもない。むしろ、今、僕が持っている常識などという代物も、あと百年経てば、現在の僕が百年前の人間の残した文章を読んであきれる程度のものかもしれないと思えたのだ。

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『情報の歴史』(NTT出版)という年表で構成されている本がある。国境というものをとっぱらい、ジャンル別に出来事を並べている。ボーダーレスの時代にふさわしい編集の仕方だと思うし、現代に限らなくても、世界各地の出来事というのは、”連関性”をもち、また、”共時性”を有していたということがわかる。 その本の1952年の頁を開いてみる。僕の生まれた年であり、昭和でいうと27年になる。そのなかで、目につくところを列挙すると次のようになる。 
 ○吉田首相、自衛のための戦力は憲法第9条に反しないと答弁 
 ○血のメーデー事件発生 
 ○ナセルらクーデーターに成功 
 ○初の原子力潜水艦ノーチラス建艦着工 
 ○日本電電公社発足 
 ○ビデオテープ登場 
 ○ペンフィールド、ヒトの脳の機能地図作成
 ○フランツ・ファノン『黒い皮膚・白い仮面』
 ○クレマン『禁じられた遊び』
 ○チャップリン『ライムライト』
 ○ヘミングウエイ『老人と海』
 ○手塚治虫『鉄腕アトム』
 ○ラジオ受信契約台数1000万台突破

 これらの出来事の羅列を一瞥するだけで、いかに自分が「時代の申し子」であったかを理解する。PKOも第3世界もマス・コミュニケーションも、現在あるものの全ては1952年にすでにあったのだ。ただ、胞子の段階から、60年代、70年代の高度成長期を通過することとで、「量的」に一気に拡大し、その量が生活の「質」を変えてしまった。僕の世代の成長は、この拡大の波とと共にあったといってよい。1952年、僕の父親は27才、母親は21才だったはずであるから、現在の僕の歳よりもひと回り若い。この世代の人たちは、自分たちの生きてきた時代をどのように捉らえているのだろうか。

 ここから、更に40年遡り、1912年の頁を開く。明治から大正へのかわり目の年である。同様に、目につく出来事を列挙する。
 ○中華民国成立
 ○犬飼毅・頭山満、孫文と会見
 ○チベット独立運動
 ○明治天皇崩御、大正天皇即位
 ○ラスプーチン、宮廷に進出
 ○ベスト・ポケット・コダック発売、世界各国に普及
 ○早川徳次、金属加工業を設立(のちのシャープ)
 ○ユングとアドラー、フロイドから離脱
 ○大杉栄、荒畑寒村ら「近代思想」創刊
 ○マリア・モンテソッリ、モンテソッリ学校運動創始
 ○乃木希典大将夫妻殉死、文壇を震撼
 ○新世界、通天閣完成、吉本興業誕生

 ここから52年までの40年の間に、第一次、第二次の二つの世界大戦を経験することになる。父母はまだ生まれておらず、祖父母の時代である。これくらい遡ると、90歳をこえた人とでも話さない限り臨場感をもった話はもはや聞けない。逆にいうと、この時代を生きていた人は、現存するわけだから、歴史の彼方の時代とはまだ言えない。僕の祖父母は、父方、母方、それぞれ80近くまで生きていた。とくに母方の祖父は身近にいたから、「町に汽車がはじめてやってきた日」の話など、 当時のことを沢山聞いた。 日露戦争には行ったのだろうか。夏目漱石が『彼岸過迄』『行人』を朝日新聞に連載していたのがこの年。野口晴哉という人も、この時期に生まれているはずだ。

 もう一度、40年ジャンプして1872年を開いてみる。現在から120年前、明治4年になる。
 ○徴兵令公布、学制発布
 ○日本の人口3300万人
 ○福沢諭吉ー『学問のすすめ』
 ○ガス灯、横浜で点火
 ○東京ー品川間鉄道開通 ○バクーニン、無政府党を創設
 ○ルイ・パストゥール、微生物と醗酵作用に関する論文発表
 ○イエローストーン、アメリカで最初の国立公園に指定される
 ○セザンヌ、モネ

 さすがに、ここまで遡ってくると、かなり想像力を働かせないと、時代の雰囲気というものは思い浮かんでこない。しかし、印象派の画家たちの名前が出てくると、身近に感じてしまうから面白い。江戸から明治へ時代が変ってすぐの頃である。

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 20代後半までの僕は、ひたすら空間的、地理的に動くことをよしとしてきた。今頃になって、時間、歴史というものに興味が向いてきたというのも、単純に、空間的に移動できないことへの不満(僕の行動能力と元子の可動性とは明らかに連動している)と、年取ったという諦観がないまぜになった結果と言えるのかもしれない。ただ、空間的に動くということ自体、すでに時間軸を動くことを含んでいる(こう書いてしまうと、あまりに藤原新也的であるようだが、どう考えても、東京とケララでは時間の流れかたが違うし、生きている時代も違う)から、これまでも、時間を駆ける旅をしてきたことになるのかもしれぬ。
 去年は、モーツァルト没後 200年で賑わったし、今年は、芭蕉の「奥の細道」から 300年だそうである。遥か昔の人たちのようだが、その時代を同時代人として生きた僕ら自身の先祖がいるのかと思うと何だか愉快である。

【あざみ野通信 049 1992.3.12】