2013年6月27日木曜日

6月の読書

どうも落ち着かない一ヶ月でした
まだ、月末の石川遠征は残っていますが...

シャッター商店街と線量計* 大友良英 青土社 2012
リスクに背を向ける日本人* 山岸俊男+MC・ブリントン 講談社現代新書 2010
ザ・コールデスト・ウインター (上)  D・ハルバースタム 文春文庫 2012
グレートジャーニー 2 関野吉晴 ちくま新書 2005
呼ぶ山* 夢枕獏 メディアファクトリー 2012
呪いの時代* 内田樹 新潮社 2011
Born to Run - 走るために生まれた* C・マクドゥーガル NHK出版 2010
人口負荷社会* 小峰隆夫 日経プレミアシリーズ 2010
国語の建設 林武 講談社 1971
「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか* 開沼博 青土社 2011

2013年6月12日水曜日

ひとふでがき

一筆書きが好き、といっても旅の話です
二箇所行きたいところがあれば、
どのように現在地を含め三点を繋げられるか
と考えはじめる
二箇所それぞれを単純往復というのを潔しとしない
貧乏くさいと言われても反論しないが、
経済合理性に反するケースも多々あるから、ただの貧乏性ではない
単純に周遊したいだけ
人によっては「鉄道一筆書き日本一周」という話になっていくのだろうが、
そういうマニアックさは持ち合わせていない

17歳の一人旅からしてそうだったな
津山(岡山)から鳥取に抜け、日本海側をとことこ下り、
関門トンネルを徒歩で(ほんとか?)九州に渡る
福岡〜佐賀〜長崎〜熊本と移動して別府に至り、
そして瀬戸内海を関西汽船で横切って高松〜岡山ルートで帰ってきた
やはり一筆書きだ

はじめて海外に出かけていったときには、結局東回りで地球一周
人生最初で最後の世界一周
20ヶ月かかったけどw
だからオープンジョーで航空券を手配するのも好き
着陸地と離陸地をずらすことで回遊性を作り出そうというわけだ
行きはフランクフルト、帰りはロンドン
あるいは、行きはデュッセルドルフ、帰りはミュンヘンといった具合

芭蕉のおくのほそ道も一筆書きだが、
江戸発大垣着だからループは閉じられていない
芭蕉が江戸に戻るのはおくのほそ道の旅を終えて二年半後
二年かけておくのほそ道を完成させている
そして、再び上方へと旅立っている

普段は田園都市線・大井町線単純往復の繰り返し
ならば、行きと帰りのルートを変えればいいじゃないかと問われれば、
そんなしんどいことはやりたくない
と当然のように答える
ルーティンはルーティンなのだ

この単純往復からはみ出したいがために、
芭蕉まで持ちだし、とんだ駄文に付きあわせてしまいました

2013年6月10日月曜日

移民能

ブラジルの田中さんから「移民能」という催しを行ったというお便りをいただいた
素晴らしすぎる!
ブラジルは今が秋なのですね


2013年6月5日水曜日

パリ

パリは通過しただけである
1974年9月上旬のある日、ニューヨークからの航空便でパリ到着
お昼前だったと思う
空港(おそらく、オルリー)から鉄道駅(おそらくリヨン駅)に直行
そこで、イスタンブール行きの列車の切符を買い
列車出発の時間までパリの街を少しばかり歩いた
唯一残っているのが下の写真
ほんとうにこの一枚だけ
列車は日付が変わる前に出発
つまりパリ滞在は12時間
フランス〜スイス(車窓からアルプスがみえた)〜イタリア(ベネチア駅のステンドガラスを通した柔らかな光は記憶に残っている)〜ユーゴスラビア
ロマンティシズムの欠片もなく、出稼ぎの民と共に22歳の僕はイスタンブールに運ばれていったのだ
これが20代の私が経験したヨーロッパのすべて


















その後、一度だけパリに行きかけたことがある
1998年のワールドカップ、そう日本代表が初出場を果たした大会のときだ
フランス人の知り合いから、「チケット手に入るかも」と言われ、
すっかりその気になって、航空券の予約をした
結局、現地に行ってみないと、チケットが手に入るかどうか分からない
ということになり、この時のフランス行きは流れてしまった
それから数えても15年か

この秋、ドイツ稽古会のあと、パリに足を伸ばすことにした
昨年、白山稽古会にひょっこり顔を出した、フランス在住の日本人の方と知り合い
パリ行の話が具体化することになった
39年ぶりに上の写真を撮った地点に立てるかもしれない

2013年6月3日月曜日

Born to Run

Born to Run-走るために生まれた」はすごい刺激的な本
人は長く走るために進化してきた
高価なジョギングシューズほど怪我する確立が高い
等々、これまでの常識を覆すような説がいくつも出てきて、
しかも説得力がある
それにしても、100マイル走を考案してしまうアメリカは変な国だが、変人への許容度の高さは素晴らしい
ところで、本の冒頭、カスタネダに出てきたヤキ・インディアンはタラウマラ族であったというのは本当か?