2013年8月16日金曜日

本3題

■ふとブックオフでも冷やかそうかと改札抜けて普段とは逆方向に歩き出す。ピンと来るものに出会えず、最後に立ち寄った百円コーナーで、なんと晴哉先生の「誕生前後の生活」と「女である時期」の二冊を発見。無事救出して参りました。あまり読まれた形跡はなく、当然のことだけど、ずっと昔に買った私所有のものより状態はよい。せどり屋にでもなろうかしら。

■図書館の棚の間をクルーズしていて、時々、なんでこの本がこの棚に?ということがままある。例えば、小林信彦の週刊文春連載のエッセイ一年分をまとめた『定年なし、打つ手なし』が老人問題(367)のところにあったり、米原万里の『パンツの面目ふんどしの沽券』が衣食住の習俗(383)の棚に置かれていたりする。ふたりとも大好きな作家なので余計に気になる。100%的外れとはいえないけれど、一緒に並んでいる本と仲良くしているようには見えず、ちょっと気の毒。

■月刊全生8月号に掲載されている語録の最後の部分に「暑さを少なくする体操」として「倚坐して足を机上にのせ、そりかえることだ」という一文がある。倚坐とはどういう座り方なのか、跪坐とはちがうのか?という問い合わせが僕のところに舞い込んできた。たしかに倚坐はキザと読めるが、跪坐(足首を返して)したら足は机に載せられないだろう。編集部のSさんに訊いてみたら、倚坐は「いざ」と読み、普通に椅子に座った姿勢のことであるという。それなら納得。倚坐=いざとは僕も知らなかった。

2013年8月14日水曜日

誕生日

生きている限り、年に一度は誕生日は巡ってくるもので、今日がその日
歳食ってくると、もの忘れが激しくなるというか、最近失せ物が多くて困る
このクソ暑いのに、帽子は失くす、扇子は行方不明でトホホな状態
みるに見兼ねてだと思うのだけれど、家族から麦わら帽と扇子のプレゼント
ありがたや


今日は昼前に家を出て五反田のブラジル領事館へ
査証の申請したのは、それこそ何十年かぶり
ブラジル国民に日本政府が査証を要求していることの裏返しの措置だろうと思うのだが、
窓口は結構混み合っていて、ビザを捺したパスポートを受け取るまで40分
帰りは、先週見つけたオスロコーヒーに寄り道してから帰宅

日射しは強いが、風にはもう秋の気配


2013年8月12日月曜日

パリ稽古会

9月末のドイツ稽古会につなげて、パリでも一日だけ稽古やることになりました
そのチラシが届いたので(若干の間違いあったので訂正済)お知らせします
やはり、野口整体というくくりになるんですね
フランス語よくわからないのですが、どういう説明になっているのでしょう?
定員15名ということらしい
ドイツの場合、参加者の大半が日本人なので通訳なしでやってますが、
パリの部は通訳が間に入ることになるので、アウェイ感十分な会になりそう
予めどのような話をするのか知らせて下さいとのことなので、
夏休みの宿題として現在取組中



2013年8月7日水曜日

大愚良寛

はじめて糸魚川に行き、そこに相馬御風という偉い人がいたことを知った
縄文山田さんから相馬御風のことは伝え聞いていたはずだが、
実際に御風が暮らした家を訪ね、記念館でその功績を目の当たりにすると、
偉い人が居たものだと感心してしまう
33歳で東京から糸魚川に戻り、恩師の葬儀に一度出席するために上京した以外、
一度も東京の地を踏むことがなかったという逸話など「よいなあ」と思う
忘れられていた「ひすい」の記憶を奴奈川伝説を読み解くことで取り戻した功績など、
糸魚川にとって恩人ではないか
良寛研究家としても著名で「大愚良寛」といった研究書を著している
帰京後さっそく、取り寄せて見たのだが、重い!
十分重いと思った晴哉先生の「潜在意識教育」(中央)が小さく見えるほどだ
ちなみに左端は発行後40年の時を経て初めて読んでいる小松左京の「日本沈没」の文庫版


2013年8月6日火曜日

雨男

自分がこんなにも雨男だったとは
白山登山を加賀組と試みるも、大雨で中止
三日空けて今度は鳥越組と登るつもりが、これまた大雨で延期
結局、こどもたちに混じって、竹細工をし、薪割りをし、
一緒にプールにも行くという林間学校状態
それにしても子どもたちはよく遊ぶ
ちょっとナメてた
小学校高学年くらいの女の子が、
ナタを使って丸太を刻んでいるときの集中感たるやすごい



後ろ髪を引かれる思いで糸魚川に移動
縄文山田さん製作の縄文カヌーに乗せてもらい、SUPも初体験
初めてにしては上手いと褒めてもらったものの、
モダンスポーツのはずが、僕が漕ぐと船頭さんにしか見えないのが悲しい


海遊び中は晴れ間もあったが、しかし、夜にはまた雨
翌日の市内巡りのときもずっと雨だった
相馬御風という糸魚川出身の良寛研究家(早稲田大学他の校歌作詞者としても著名)の存在を知った
糸魚川にとっては恩人みたいな存在だ

関東に帰ってきた途端、北陸地方の梅雨が明けた

(動画は縄文山田さん撮影)