2017年9月28日木曜日

9月の読書

恋と女の日本文学* 丸谷才一 講談社 1996
俳句世がたり 小沢信男 岩波新書 2016
沢木興道聞き書き 酒井得元 講談社学芸文庫 1984
大阪の芭蕉俳蹟 三善貞司 松籟社 1991
BUENOS AIRES*  Daido Moriyama 講談社 2005
大きな鳥にさらわれないよう* 川上弘美 講談社 2016
絶対平面都市* 森山大道・鈴木一誌 月曜社2016
カコちゃんが語る植田正治の写真と生活* 増谷和子 平凡社 2013
「対米従属」という宿痾* 鳩山由紀夫・孫崎享・植草一秀 飛鳥新社 2013

2017年9月27日水曜日

予言者失格

半年前に予言をふたつした
誰にもいってないけど
有効期限は半年、つまり今月末

一つはある方がお仕事を辞められるというもの
外堀はどんどん埋められきたのに、なかなかしぶとい
とうとう最後の手段に訴えることにしたらしい

もうひとつは、ある方がご懐妊されるというもの
ほどなく、その方でなく別の方が懐妊されたという知らせが届いて、
少し戸惑った

つまり、これらは予言ではなくただの願望に過ぎなかったということ
これはちょっと悲しい

2020年の東京オリンピックは実現しないという予言は、もう京都に引っ越してくる前に
しているのですが、これも、ただの願望で終わってしまうでしょうか

坂道を転がり落ちるように、という表現がありますが、まさにそんな状態
これが、明治150年の日本の姿です

2017年9月24日日曜日

婆子焼庵

韓国・智異山からのお坊さん2名を伴って、ソウル駐在6年となるAさん来宅。6、7年ぶりの再会となる。近所のキダさんのお店で肉なし(お魚はo.k.とのことだったので、魚あり)イタリアン。ヘチマのスープなんてはじめていただいたが秀逸。ここ一月、食欲のない状態が続いていたのに、美味しくいただけた。いっそ、「精進イタリアン」をはじめればよいのに。Aさんに読ませようと探し出してきた「韓国への旅」を自分で読み直しているうちに、三年前に訪ねたきりになっている「宝慶寺」のことを思い出し、そのつながりで、スティーブ・ジョブズと交流のあった「乙川弘文」という僧侶の評伝にたどり着いた。その評伝のなかで「婆子焼庵(ばすしょうあん)」という公案について、宝慶寺のご住職が語っている。「(弘文さんは)願って地獄に落ちたんだ」というご住職の言葉は大仰に聞こえるが、出家者にとって大問題であること理解できる。僕など、もう一度地獄に落ちてやろうかしらとおもうのだが、この点、整体は道教系なのか。さらにそこから「宿なし興道」と呼ばれた名僧の名前が出てきたので、「沢木興道聞き書き」を取り寄せて読み始めたら止まらない。これを縁に智異山に紅葉観に行こうかなどと考えはじめている。

2017年9月19日火曜日

大阪天満宮

彼岸も近いし、カミさんの命日だし、墓参りに大阪へ
三年経っちゃったよな〜

谷町六丁目から南森町まで戻り、大阪天満宮に詣る
天神橋筋商店街を歩きはじめると、ゆるやかな下り勾配であることに意表をつかれる
淀川に向かって降りていくわけだ
京都だと北に向けて進むということは、上りを意味するから、新鮮
古本屋がある
京都にも古本屋は多いが、実のところほとんど足を踏み入れてない
谷川俊太郎の詩集と大阪の郷土史家が著した「大阪の芭蕉俳蹟」(1991)を購入
食べ物屋も軒を連ねるが、あいかわらず食欲ない
パン屋のイートインでカレーパンと紅茶の昼食
結局、天神橋筋六丁目まで歩き、そこから阪急で帰ってきた

2017年9月18日月曜日

三分の一

1月末にはじまった稽古着生活だが、5月に中断している
5月下旬、日記で確かめると22日に、「暑い! Tシャツ短パンに着替える」とある
やっと涼しくなってきたので数日前から稽古着生活に戻した
といっても、着ているのは夏用浴衣地の稽古着なのだが
京都の夏は丸4ヶ月続いたことになる
結論、一年の三分の一は夏である

2017年9月17日日曜日

韓国語

大井町稽古場に来ていた若い友人がいる
ここ何年か、ソウル駐在で仕事をしているとのこと
夏の終わり、暇なので、二泊三日でソウルに行こうかと連絡を取ってみた
すると、9月に若いお坊さん二人の案内のため京都来る予定にしているとのこと
じゃあ、僕のソウル行は延期して、京都で会うときに相談乗ってもらおうという話になった
へぇー、お坊さんか
30年前、韓国の山寺を訪ねたことを思い出し、その時の旅日記を発掘したので、
「蔵出」と称して、このブログに持ってくることにした  → 韓国への旅1986
よく一人で動き回り、さらに案内までしている
それくらいの韓国語力はあったわけだが、30年使ってないと、もうだめだな〜

ちなみに、この旅日記に出てくるT和尚は永平寺を経て、今は福井の山奥にある修行道場の住職をされている。Rさんは、兵庫県北のお寺の住職となったが、何年か前に遷化されたという便りをきいた。Yさんは、アメリカ留学等を経て、いまは某大学で教鞭をとっている。嗚呼30年。

2017年9月11日月曜日

平野甲賀と晶文社展

平野甲賀と晶文社展行ってきました
本を並べてるだけなのに、なぜか楽しい
手に取ってよいということだったので、本を開いて発行年を確認したり…
自分の中の記憶の時系列とズレてるものも結構多かった
晶文社と間接的に関わった唯一の「よい戦争」も置いてありました
10月下旬までやってるみたいだし、等持院からそう遠くもないので、
もう一回くらいのぞいてみようかな
年明けには東京でもやるそうです


2017年9月10日日曜日

ふるさと館

白山稽古会が8年続いているる理由の半分くらいは、会場として使わせていただいている「ふるさと館」にあるといってもよい。








  



2017年9月5日火曜日

時間がない

オレには時間がない
そんな言葉が「降りて」きたのが今年の春先
別ににわざわざ降りてこなくても、そんなことは百も承知
残りの人生、淡々と生きていくからほっといとくれ、というのがその時の感想
あと何年生きることになるかわからないけれど、
残された時間の方が短いことは言われなくても自明のこと
畏友安森には「長生きしんさいよ〜」と顔を合わせるたびに言われている

時間がないことが切実になってきたのは夏を過ぎてからだ
せうそこ3が出たことで喪が明けた、そしたら俗が戻ってきた、
というところまでは既にこのブログで書いた通りなのだが、
俗が戻ってくるってどういうことなのかというと、
淡々としてられなくなる
喜怒哀楽が出てくる
人恋しくなる
と、まあ、いわゆる人間的なるものが再び動きはじめるということ

えっ、またあの世界に舞い戻るわけ?
ほんと難儀なことである

2017年9月2日土曜日

うんこ

前から書こう書こうとおもいつつも、ためらわれていた「うんこ」、排便の話です。
一年で何回、紙なしで排便を終えられるか? いまどき、ウォシュレットが普通になってきてるから、気にも留めないという人も多いと思うけれど、事後、お尻を紙で拭く必要もない、というのが理想の排便経験。30年前、子育てしてるとき、子どもをオマルに座らせ、排便のあとお尻をふくと、なにもついてないことがあって、なるほど、ちゃんとした排便には紙は不要なのかと悟り、以後、どうすれば、紙を使わないで、あるいは紙の消費を最小に抑えられるかを研鑽してきた。ことは、食生活と密接してるし、また気張り方の技の問題でもある。赤ちゃんの入浴の作法として、皮膚が引き締まるタイミングでお湯から出せば、タオルで拭く必要がないくらい水が切れている、というのがある。それは大人も同様。そもそも、バスタオルなんてものが使われはじめたのは戦後のことじゃないかしら。温泉旅館に泊まると、手ぬぐい一枚しかくれないけれど、本来、それで十分だったのではないかな。歳とともに、皮膚の張りは落ちてることは避けられないけれど、風呂の入り方も工夫すべき。少なくとも、トイレで紙をばんばん使う、風呂から出て、体ふいたら、バスタオルが水分でびしょびしょになるというのは、整体の徒とは呼べない。