2026年4月3日金曜日

春爛漫

春爛漫。
桜の名所は行かねども、散歩途中の花で満足。

切りすぎてダメにしてしまったかと心配していた庭の木槿が芽吹いていた。


晴風学舎の看板も掛けました。

家の中には雛人形。旧暦でいうと、今日はまだ2月16日。




2026年4月2日木曜日

實りの書

動法基礎の稽古を終えて、二条駅近くのギャラリーで開催されている「實りの書」展へ。
横浜鎌倉広島から20年前、大井町、横浜、鎌倉三つの稽古場が合同で稽古していた時代の女子たちが集結していて、期せずして同窓会となる。

「實りの書」展は12日まで開催。作者在廊日は9日、12日だそうです。

實りの書
2026.3.31(火)-4.12(日)

♢場所♢
〒604-8381 京都府京都市中京区西ノ京職司町69−1 2階
CAFE&GALLERY WAKU(JR・地下鉄「二条駅」から東に徒歩6 分)

♢時間♢
10:00〜18:00(定休日/月)

2026年3月31日火曜日

13725日

 2026年3月31日(身体教育研究所終了日)-1988年9月2日(本部稽古場開館日)=13725日

2026年3月28日土曜日

3月の読書

マスが語る、川の記憶* ビル・フランソワ 築地書館 2025
抵抗への参加* キャロル・ギリガン 晃洋書房 2023 
カルト村で生まれました* 高田かや 文藝春秋 2016
さよならカルト村* 高田かや 文藝春秋 2017
お金さま、いらっしゃい* 高田かや 文藝春秋 2018
カルト村の子守唄* 高田かや 文藝春秋 2021
ジェンダーレスの日本史* 大塚ひかり 中公新書ラクレ 2022
見聞巷談 宮本常一短編集* 田村善次郎編 八坂書房 2013
僕の狂ったフェミ彼女* ミン・ジヒョン イースト・プレス 2022
食権力の現代史 藤原辰史 人文書院 2025
修理する権利 パーロン・パーザナウスキー 青土社 2025

読書生活

僕の読書生活の9割は図書館に支えられているが、以前書いたように、予約時期はバラバラなのに、しかも重い本がかぶらないように戦略的に予約しているつもりなのに、読みが外れるというか、重い本が一度に押し寄せてくることがある。今回もそうなってしまった。嗚呼、このタイミングでこの5冊。まいったな〜。

まずは「フェミ彼女」から。ソウルに住む30代男女の恋愛模様がコミカルに描かれる小説。鍾路、光化門といった耳慣れた地名がたくさん出てくるから親しみやすい。若者はハマっ子言葉なのに、主人公の両親は関西弁。これは、両親が慶尚道出身という設定によるらしい。「韓男虫」「6.9cm」といったネットスラングが笑える。24時間で読了。途中から、主人公の声が小川淳也になってしまい、なぜ、彼が総理大臣になれないのか、その理由がわかった気がした。ヒロインの顔は最後まで像を結ばず。

そして、藤原辰史の「食権力」。飢えを戦いの道具として、極めて計画的に行使してきた国家ありようが恐ろしい。第一次大戦中、イギリスの海上封鎖によってドイツ国内で70万人が餓死した記憶から、ナチの飢餓を武器にした植民政策の立案が始まる。ここで扱われているのは、ここ百年の文字通り「現代史」なのだ。それと地続きのものとして、ウクライナ戦争があり、イスラエルのガザの封鎖がある。日本の食料自給率は30パーセント台です。食料だけでなく石油が入らなくなっただけで、僕らは飢えに直面することになる。やっと2章を読み終えた。

「修理の権利」の冒頭、修理できない、修理を妨害する企業の代表としてアップル社が俎上に上げられる。特にAirPod。内蔵されているリチウムイオンバッテリーは2、3年で寿命を迎えるのに、バッテリーの交換は購入者はできないし、修理業社でも構造上難しい。つまり、買い替えと破棄を前提とした製品として売り出されている。しかも、リサイクルしようとしても、リチウムイオンバッテリー内蔵ゆえに発火の危険性があり、結局は埋め立て廃棄ゴミとなる。結局、富というものは、大地を痛め、貧しい人間を痛めつけることによって産み出されるのだ。藤原の本と通底するものがある。これもやっと第2章までたどり着いた。

そして、「仏教は科学なのか」。僕の20代のころからの友人二人が、仏教学者になった。結構な確率である。二人とも出世して、ぼちぼち長年の教員生活を終える時期に差し掛かっているらしい。どうも、狭い業界のようで、全く違うつながりで、それぞれ知り合ったのだが、この二人が顔を合わせる機会は割にあったという。両者が仏教徒であったかどうか、それを訊ねた覚えがない。実際、どうなんだろう。ともあれ、これから読みはじめる。





稽古日程更新

4月1日以降、等持院稽古場の稽古は「一般社団法人晴風学舎」の活動となります。

4月以降の変更点
*稽古会費を一部改定します。
*動法基礎を再開します。
*個別稽古と集団稽古各一回を組み合わせた月登録制を設けます。

稽古日程はこちらでご覧ください。

2026年3月21日土曜日

動法2026

あと10日で整体協会とはさようならだ。
当面、月刊全生は読みたいから、一般会員は継続の予定。それでも、長年、職員として関わってきたわけで、やはり寂しい。今月末が最後になる京都研修会館での稽古会にしても、1990年から続いているわけで、36年の歴史がある。今の気分とすると、2009年に事務員を卒業して、独り立ちした時の感じか。よるべのなさと、期待感が入り混じっている。

さて、4月から心機一転といきたいところだが、なんせ70を超えた爺さんになっている。稽古場がはじまって十年くらいは、稽古場は動法の場であった。当時、わたくし30代。稽古場が始まって十年後でも40代半ば過ぎ。青年ではないか。当時50代だったおばちゃんたちも、若者と一緒に竹の棒を振り回していたわけで、いや、たいしたものだと今になって思う。この世代の生き残りは、さすがに少なくなってきたが、しぶとく稽古を続けている人たちもいる。汗と涙の時代です。

跪坐ひとつできない、当時の足首の固さはなんだったんだと思う。第一世代が跪坐ができるようになると、第二世代は苦もなくそれができてしまうという不思議。第一世代は、文字通り外形から入ったわけで、ひたすらマゾヒストとなって、稽古に励んでいた。
この時の教訓。
1 自分の限界は自分では見定められない。
2 そこに他者が入ると、限界と思っていたものの先があることがわかる。
3 解像度を上げることで自分で自分を追い込むことができる。

で、4月から、再び動法と取り組むことにした。
毎週、「動法基礎」という名前で、動法の稽古をします。動法をちゃんとやってない人たちが増えてきてる風なので、今一度、鍛え直す。自分が年取ってきて、やってくる高齢の人には優しく甘くなってしまっているが、年齢関係なく、ちゃんと動法には取り組んだ方がよいというのが結論。とはいえ、ハード系の稽古にはならない。私自身のための稽古でもある。