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2025年8月13日水曜日

京都十年 その6

ここ十年で一番の変化は衣に関してだろう。
稽古着、和服を着る時間が増えた。
大井町稽古場時代、通勤時は洋服であったし、稽古着の点数も少なかった。

連れ合いが和裁を習い始めてから5年になるが、時間とともに、稽古着のヴァリエーションがどんどん増えていった。今では長着、稽古袴はいうに及ばず、襦袢、ステテコに至るまで、手縫いのものを身につけている。さて、今日はどれを着ようか、などという贅沢な悩みを持つようになったのは人生初である。麻の稽古着なしに、もう夏は過ごせない。

連れ合いが和裁にたどり着くまでの経緯は話せば長くなるが、頼りがいのある先達を得ることで、文字通り日々精進している。ひとつのことに打ち込んでいるー不器用とも呼ぶがー存在が身近にあることは有り難い。

最近ようやく人様の袴を引き受ける心境にたどり着いたらしい。

2024年3月21日木曜日

遍路2024 その1

3年目に入った四国遍路、高知市内の雪蹊寺から足摺岬を目指す。
脱Googleマップが今回のテーマのひとつ。スマホの画面見ながら歩くというのは、かっこ悪い。とはいえ、連絡用のスマホは携帯しているから、100%脱Googleマップとはいかなかったし、最近は、お遍路アプリというのもあるようで、それを頼りに歩いている外国人お遍路さんに道を教えてもらうことも一度ならずあった。持参したスマホのカメラはしょぼくて、今回、写真もほぼ撮らず。

モンベルで決めているお遍路さんが多い。僕にしても、リュック(十年前に購入したもの)に、ポンチョと帽子はモンベル製だ。たしかに、荷物の軽量化を考えると、山歩きスタイルに落ち着く。荷物を軽くするには、まず衣類を減らすことが近道で、一日歩き、宿に着くやいなや、浴衣に着替え、着ていたものは洗濯機に放り込み、その後乾燥機に入れてしまえば、翌朝には同じ格好で出発できる。合理的だ。僕のような稽古着スタイルは、ちょっと中途半端。稽古着姿で歩き、宿に着いたらラフな洋服姿に切り替えるというのは、みなさんと逆。今回の土佐路は温度変化が大きく、朝7時に出発する時にはダウンのベスト、ジャンパーを着込み、陽がさして身体が温まってくると脱いでいく。稽古着と洋服を重ね着するという、この折衷が不愉快。稽古着用のアウターを考えなくてはいけない。

何回かに分けて、今回の遍路旅を振り返ってみることにする。

2023年6月23日金曜日

稽古着生活

 夏になると稽古着生活を断念する、というのが、これまでの通例だったのだけれど、今年は継続中。薄い生地で稽古着、稽古袴、そして襦袢をつくってもらったことが大きい。これまでは、稽古用と普段用の二種類くらいしかなく、その落差がけっこう大きかった。今年は、これに外着用の稽古着が加わり、あれこれコーディネートが可能になった。稽古着でおしゃれなんて、これまで考えたこともなかったのだけれど、気分に応じて稽古着を変えてみるということが可能なのですね。浴衣から稽古着に着替える中間段階でTシャツに袖を通すことはあるけども、ほぼ24時間、和服で過ごすようになった。もっとも、稽古着生活=和服生活ではなさそうだ。着流しスタイルはどうも性に合わないというか落ち着かない。つまり、袴は常に穿いている。この袴というのが結構謎です。レトロモダンと言えなくもないけれど、その実、もっと先を行っている気がしてならない。暑さはここからが本番。さて、稽古着で猛暑を乗り越えられるのだろうか。

2017年9月18日月曜日

三分の一

1月末にはじまった稽古着生活だが、5月に中断している
5月下旬、日記で確かめると22日に、「暑い! Tシャツ短パンに着替える」とある
やっと涼しくなってきたので数日前から稽古着生活に戻した
といっても、着ているのは夏用浴衣地の稽古着なのだが
京都の夏は丸4ヶ月続いたことになる
結論、一年の三分の一は夏である

2017年3月17日金曜日

稽古着生活

ここ1月半、ほぼ100パーセント稽古着生活
すると、意外なことに稽古着の数が十分でないことに気づいた

普段着用の稽古着の数は足りている
つまり、着古された稽古着はたくさんある
ところが、外着としての稽古着、稽古用の稽古着が足りてない
最近は冠婚葬祭も稽古着で出かけているのだが、袴の膝が擦り切れたものはダメだから、
外着用の袴は最低ひとつ必要
つまり、あと一、二本袴を誂えないとだめということだな

防寒着も課題
ウールの着物用コートはあるのだが、着ぶくれた感じになってしまう
春のこの時期には野暮すぎる
かといって、羽織だけでは寒い時もある
ポンチョみたいな上からかぶるだけのものがあればよいのにと思う
どなたかアドバイスをいただければありがたい

シャツを頭から「かぶる」という動きがいやになった
腕を袖に通す時もそうだが、あの摩擦感がいやになった
ふんどしにスイッチを押されたかたちだが、この変化に自分で驚いている
ゴム紐の害について甲野さんが説いているという話を最近聞いたのだが、非常に納得
父の介護をしているとき、年寄りほど和服を着ればよいのにと思ったことがある
シャツの代わりに襦袢を、パンツでなく褌にすれば、介護する側も本人たちも楽だろう

向こう一年かけて、必要な衣類とそうでないものを分別していこうと思う
ひょっとすると一年後、衣類の量は半減しているかもしれない

2017年2月24日金曜日

ふんどし

手持ちの洋服と稽古着を含む和服の量をくらべると半々
モノの質でいえば、圧倒的に和服の方が勝る
洋服といったら、ユニクロ、無印くらいのものしか着ていない
それでも、外では洋服、家では和服というように切り替えていたのは、
外では、目立たない中年、いや老人を装っていたいから

ところが
ふんどしをつかいはじめたら
洋服を着ることに急に違和感を感じるようになった
結果、稽古着ですごす時間が増え、夜も浴衣で寝るようになった
なにこの変化?
これまで、どのように稽古着生活に移行すればよいのだろうと思案していたのに
あっさりと、その逡巡が振り切られてしまった
おそるべしふんどし

2012年4月24日火曜日

片付けはつづく

家の片付けを始めて数週間
ずいぶんとモノを捨てた
もう、いつでも引っ越し可能
といって、引っ越しのあてがある訳でもない
家の中が片付いてくると、
25年暮らしてきたこの家もまんざらではない
と思えてくるから不思議だ

とうとう禁断の食器と衣類に手を付けてしまった
つまり、基本的に僕の領域でないものにまで片付けを広げてしまった
鬼の居ぬ間に
それにしても、食器棚や押入れの奥に
箱詰めのまましまい込まれている食器の多いこと
普段使っているものより、よいモノが使われることなくしまい込まれている
たしかに、使いこなせそうもない立派なものもあるけれど、
ちょっともったいない

衣類は、とりあえず自分のものから
稽古着の多さには我ながらおどろいた
考えてみれば、20年近く稽古着を着ているわけだから無理もない
いただいたまま、ほとんど袖を通してないものもある
稽古着の形もずいぶん変化してきた
初期の頃のものなど、おくみもないから、もう着ることはないだろう
だんだん、自分の好みも定まってきているので、
当面、必要なものと予備のものを少し残して整理することにした

片付けもまた、日々の積み重ね
ですね

2003年12月24日水曜日

大人の気分

■鎌倉稽古場のソファーに和服姿で、ゆったりした心地で座っている。この気分をどう表現すればよいのだろう、と言葉を探しているうちにたどり着いたのが「大人の気分」。 

 ■課外稽古として鎌倉稽古場で「着付け」をやっていることは、随分前から知ってはいたけれど、あまり興味を持たなかった。それが、来年の正月こそは和服で過ごそうと発願した結果、Hさんの指導する着付け稽古に出かけていくことになった。そこで、巡り会ったのが、「大人の気分」なのである。和服の「着方」を習いにいったつもりが、「大人の気分」と会う。得した気分ではあるけれど、同時にショックでもある。 

 ■今年はこんなことばかり。50を過ぎてなにもしらない自分と対面させられる。二年ほど前、「動法ー異文化としての日本的身体技法」と題した動法カリキュラム案を作成したことがある(気刊あざみ野通信178号)。当然のことながら、動法を通して日本文化の一端を「私は知っている」という前提で書いている。実際、そのように思っていた。ところが、ここまでたてつづけに、「無知さ加減」をおもいしらされると、そのような前提はいとも簡単に崩れ去る。崩されるというのは、快感ではあるのだけれど。

 ■Hさんの着付け指導は見事だった。着ること着せること自体が「技」の世界。肌着を着け、襦袢を着け、その上に着物を着る。衣が重なるごとに、その衣がなくなっていく感覚に、オーっと感嘆しながら、同時に、「つまり、僕はこれまで稽古着さえ、ちゃんと着たことがなかったのだ」ということをしる。帯を締めるとは、帯を引っ張ることではなく、芯をひきしめることだと、しっているはずのことを、「でもこうなのよね」とだめ押しされる。参ったな。 

 ■和服を着ると、その人らしさがより強調されるのも不思議だ。若旦那風のMさん、武芸者然としたAさん(武道系の人ではない)。洋装なら、そのファッションセンスといったもので表現される人柄が、和服だともっとストレートに表に出てくる。Hさんによると、着付け方によって、あるいは、誰が着付けるかによって、印象がまるで違ってくるそうだ。きっとそうだろうなと思う。

 ■整体の稽古からはじまり、お茶に出会い、和服に出会う。私の2003年は、このように暮れつつあります。

(気刊あざみ野通信 265 2003/12/24)