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2025年7月11日金曜日

整体3.0

今回のヨーロッパ遠征のテーマは整体3.0。
なんで3.0なのかに、あまり意味はない。敢えていえば、new schoolの整体。

とはいえ、稽古としてやったのは、ただひとつ「隙間をとらえる」という「整体以前」と呼ぶべき稽古のみ。紙風船を使い団扇を使い、手を変え品を変え、ひたすら、体を捌き、間に集注するという稽古のみ。

活元運動を知っている人もいるようだったので、その準備運動を動法的にやろうかとも思っていたのだが、ある稽古の途中、脱力的な動きが出てきたと思ったら、それが、よく見かける、観念運動的活元運動まがいのものに変わってきたので、こりゃダメだと、活元運動には触れずじまい。習慣化された自発運動ーhabitualized spontaneous movementsなんて語彙矛盾に決まってる。

愉気の型で人に触れることを教えようとしたら、それまで受動的な感覚で人に触れる稽古をしていたはずなのに、掌が相手の体に届いた途端にやる気満々の能動の集注に変わってしまったので、これも中断。触れられている人が触れている人を身体集注に導く稽古に切り替えた。日本の稽古会でもよく見かける風景なのだけれど、整体3.0は難しい。

整体はmethod方法ではない。整体を生きるためのartなのだと強調してきたけれど、はたしてどのように受け止められたのか。そうそう、稽古場を説明するのが面倒で、整体協会にはold schoolとnew schoolがあって…と話することにした。使い勝手はすこぶるよい。その二つはどこが違うんだという質問が次に飛んでくることからは逃れられないけれど。

2025年5月20日火曜日

身体観を変える

出発まであと三週間。

ヨーロッパ行きが決まったのは去年の10月だったから、十分な準備期間はあったはずなのに、あっという間に時間が過ぎてしまった。この間なにしてきたかというと、稽古の内容を考えるというよりも、自分の整体人生を振り返り、稽古場の歴史を辿っていた。

2回稽古会をやることになっているのだけれど、後半の方は、整体になじみのない人に、しかも通訳なしの英語でやるという無謀な選択をしてしまったので、体とはなんぞや、カタとはなんぞや、内観とはなんぞやといったことを英語で話そうと作文に励んでいる。考えれば考えるほど、頭の中はカオスに向かう。

内観を英語で説明しようとすると、えらいことになってしまう。なんで、身体観を変えろ変えろと言われ続けてきたかやっと分かった。身体観が変わらなきゃ、内観なんてできない。今ごろそれ言うかと突っ込まれることは重々承知。でも、身体観が変わるとは、世界観、人生観が変わることでもある。

途中から、紹介されて読みはじめた難解な量子論の本は補助線として有効。客観と内観は、ニュートン力学と量子力学ほど違う。つまり、世界の記述の仕方が異なっているのだ。

今更ながらの発見の連続。

2025年3月11日火曜日

紙風船

 講義の中で「室伏くんが紙風船の稽古を流行らせててね〜」という師匠の話を聞いて、ググってみたら、なんとスポーツ庁のホームページで紙風船エクスサイズなる動画までアップされている。スポーツ庁長官って、ひょっとして偉い人なのか。

 彼が稽古会にはじめて現れたのは足柄で合同稽古合宿をやったときだと記憶している。1996年10月開催、参加者318名という記録が残っている。あれから30年近く経つのだ。本部稽古場にハンマーの球がゴロゴロ転がっていた時期もある。時に京都の研修会館の稽古会に現れ、女性陣に取り囲まれている写真も残っている。

 それにしても、あんな凶器にしか見えないものを、ブンブン振り回す競技ってなんだろうと、その後興味を持ってオリンピックや世界陸上を観ていると、もう野獣としか思えない筋肉隆々の選手たちが雄叫びを上げながらハンマーを投げている。筋肉増強剤全盛の時代で、ドーピング検査で引っかかる競技者も多かった。僕らからすると十分巨体の室伏選手が華奢に見えるほどであった。競技選手のドーピングには厳しいくせに、自身のドーピングには甘い観客というダブルスタンダードな変な世界。

 竹棒団扇ほどに紙風船が稽古道具として定着したという話はあまり聞かないが、室伏くん(もはや君付けでは呼べないけれど)が紙風船を抱えていると、ちょっと微笑ましい。ハンマー投げの球は7キロの鉄の塊。それに対して紙風船はわずか数グラム。大きさは似たようなものだろう。それを鉄人室伏がやるとコントラストが際立ってお洒落。動法とも内観とも言わず、無いものへの集注、つまり身体を引き出している。そりゃ、ラジオ体操よりも紙風船エクスサイズでしょう。



2025年2月18日火曜日

SKIMA

4年前、コロナ禍の真っ最中、リモートで稽古したベルリン在住のダンサー/コレオグラファー、Lina Gomezさんから、そのときの稽古にインスパイアされ、「SKIMA」という作品が出来上がったというメールをいただいた。こんな風に作品化できるんだと、ちょっと感動。オンラインだけで、まだ本人とはお会いできてないのだけれど、この夏会えることを期待している。

https://vimeo.com/user21474509/skima





2025年1月25日土曜日

宇宙の途上で出会う

某公立大で教えるHさんに教えてもらった一冊。
今年一年かけて読んでいくつもり。
一部9900円。重さ900グラムの大著。
お試しに府立図書館から借り出して読み始めた。
刺激的かつ難解。
人文哲学系の用語と物理学の用語が同じ頻度で出てくる。
人文哲学系の用語はなじみがなく難解。
意外に自分が理系であることを知る。
貸出期限内に読み通すことは困難。
よって自費購入に踏み切る。
ただ買ってしまうと、返却期限のある図書館の本を優先して、
積読コーナーに追いやられる危険性がある。
実際、その様な本は一冊二冊ではない。

主役はニールス・ボーア。
一世紀前を生きたデンマーク人理論物理学者。
1962年没とあるから同時代人ともいえる。

ニュートンの古典物理学の用語で内観的身体技法は語れない。
では、量子力学の用語では可能なのか?
壮大なテーマに挑むことになる。
こうご期待。
一緒に読んでくれる人も募集中。



2025年1月12日日曜日

なじむ

寝床から抜け出す前に自分のお腹に触れてみる。
え、もう禁糖なの?
腹部第2調律点が右手薬指でなじめば該当者となる。
うーん、去年より2週間もはやい。
おまけに来週末は白山稽古会がある。
とはいえ、2週間の禁糖生活に入れば、なんかの行事と重なることは避けられない。
で、いきなり禁糖開始。

では、なじむって、どういう感じなのか?
これを英語で説明できるのか?
日本語でだって説明はむずかしいぞ。
なじみの稽古って、稽古会の最初期からやっている。
二者が掌同士を合わせて、そのなじみを崩さないように、転がったり起き上がったりしていた。

同調の感じと言い換えても、伝わりづらい。漢字語だからなのか。
日常生活で使うとすれば「なじみの店」といったところ。
「なじみの店で食事する」とgoogleに問うと、Eat at a familiar restaurantと返してくる。
なじみをfamiliarと訳すのは、そう外れてはいない。つまり、すでに知っていること。
身体集注に入った時の「なつかしさ」というのは、忘れていたかもしれないけれど、すでに知っていた感覚。僕なんか、そのなつかしさに、いつも泣きそうになる。
からだに出会うとは、そのような経験。

禁糖に入ると、食い意地が張ってくる。
まずは、火鉢で餅を焼こう。

2024年8月7日水曜日

整体3.0

 不謹慎を承知の上で、いまの整体はどのバージョンで動いているのか考えてみると、整体3.0ということになる。活元運動と愉気の時代が整体1.0、それに動法内観が入って整体2.0。そこに更に双観独観が加わって整体3.0。もちろん、身体教育研究所という枠組みの中での話である。もっとも、僕の知らない整体4.0というのが生まれている可能性もある。

 それにしても、ここ十年の変化は大きかった。つまり、ロイ先生が亡くなり、ダン先生が整体協会全体の指揮を取り始めることになってからの十年である。個人的にも変化の多い十年であった。いきなり「双観」といわれ戸惑った。おーい、おれたち内観派じゃなかったんですかと異議を唱えても、師匠はさっさと先を進んでいく。君子豹変す、というのは、自分的にはよい意味なのだけれど、梯子を外される側にとっては苦難の道が待っている。それが、進化深化の道であったことは疑いようがない。整体2.0から整体3.0へ。

 身体教育研究所ができて36年。人生の半分をこの結社とともに生きてきたのかと思うと感慨深いものがある。稽古場を始めるときに、師曰く、ここは「技を通して野口晴哉の思想を追求する」場であると。技以前に、技を可能たらしめる体をつくるといって、動法の稽古がはじまった。時折、本部稽古場で竹棒を振り回している場面が脳裏に蘇る。あの時代があったから今がある、という言い回しは、あまりに陳腐で年寄りじみているけれど、体ができてない人間に技の追求は無理というのは、いまでも真理だと思う。

 やはりOSとの対比で整体を語るのは無理筋か。

2024年7月1日月曜日

分裂を引き受ける

整体協会はその出自からして反西洋文明的、前近代的存在といえる。
とはいえ、だれしも現代を生きているわけで、近代と前近代、西洋文明的と反西洋文明的なるものとの分裂の中で生きざるをえない。文明的なものとは、強迫症的な病に囚われてしまうということで、このあたりの構造はイリイチが警告とともに書いてきたことでもある。今の時代、文明的なるものに呑み込まれることなく正気を保つためには、分裂を引き受ける覚悟を持ち、分裂の狭間で生きる技を身につけていくしかない。おそらく、整体協会、あるいは身体教育研究所に存在意義があるとすれば、その正気を保つ技を発見継承させていくことだろう。言い換えれば、国を問わず、正気であろうとする人たちは一定数(少数派かもしれないが)存在しているが故に、もし十人の人間が、この道で生きる覚悟さえ持てば、僕らの道は、たとえそれが細々としたものであっても続いていくだろう。

2024年6月21日金曜日

夜学終了ー世界史の中で「整体」を考える

三回に渡って行われたYour夜学「からだを失くした現代人のための身体教育論」無事終了。結局、からだを失くした人は現れずー考えてみれば当然のことで、このタイトルに反応する人は、自分が体を失いつつあることを自覚している人だー普段、等持院稽古場で稽古していながら、顔を合わせたことのない人たちの交流の場になってしまった感はあるけれど、中間地点で集まれたことはとてもよかった。これまでご縁のなかった人たちともお会いできたし、なにより、人前で話す機会を得ることで、自分のやっていることが、大袈裟にいうと「世界史」のなかで、どのようなポジションでいるのかーなんで自分はこんなことをここでやっているんだろうかという素朴な疑問なのだがーを考える機会となった。 

凡人にとって、自分が生きてきた年数分しか歴史を遡ることは難しいようで、僕など齢72にして、1952年から72年分、歴史を遡れるようになった。とはいえ、70年遡ったとしても1880年代、すでに明治の世は始まっている。この間、日本人の身体観はどのように変化していったのか。西洋文明が怒涛の如く流入した明治期、モノが急速に増えはじめた高度成長期。高度成長期を通過してきた僕など、その時期の変化を肌感覚で知っている世代なので、ついつい、そこに焦点を当てて話を進めてしまうのだけれど、よくよく考えてみると、1980年代にはじまった、パソコン、インターネット、スマホの出現といった出来事ーIT革命と呼ばれているのかーは、高度成長期に匹敵する変化をこの社会に与えてきたのかもしれない。

今回、会を進めるにあたり、晴哉先生の著作と並行して何冊かの本を補助線として紹介していった。列挙すると、「はらぺこあおむし」「身の維新」「ケアの倫理」「近代の呪い」といったもの。最終回で紹介した渡辺京二さんは「増補 近代の呪い」(平凡社ライブラリー 2023)の中で、「普遍」という人間中心主義的価値を取り入れることによって世界は西洋文明化されていかざるを得なかったと説き、二回目の会で取り上げた岡野八代さんは、「ケアの倫理」のなかで、西洋の男たちが築き上げてきた「普遍」という価値感に「ケア」ー整体の観点からすると「双」ということになるのかーの倫理でもって楔を入れようとしてきたフェミニズムに焦点を当てている。

まとめの話になったとき、イリイチのコンビビアリティという言葉が出てきたのは自分でも意外だった。いまだに相応しい日本語に出会ってないけど。おまけに、Tools for  Convivialityの訳者は渡辺京二さんだー未読だけどーそして、祭りの話に。なるほど、祭りというのは、西馬音内盆踊にせよ、諏訪神社の御柱祭にせよ、祭りを中心に一年を過ごしている人たちがいて、その人たちは体を失くしてはいない。近くにいる人たちとの丁寧できめ細かな関係性。僕は、この仕事ー機度間の追求としての整体ーを続けていくだろう。この世が放射能で溢れようとマイクロプラスチックで埋め尽くされようと、西洋化文明社会の帰結として、それは受け入れる。ただ、孫たちが生きていく未来を思うと、世界を少しでもマシなものに変えたいと思う。

2024年5月16日木曜日

your夜学 2

 来週水曜日(22日です)、your夜学(→https://dohokids.blogspot.com/2024/03/blog-post.html)の2回目やります。1回目(4/24)は総論で終わってしまったので、今回は各論に入ります。といっても、この「整体育児論を参照軸にした身体論」というタイトルで始めたこの会、やっているうちに自分自身の問題意識がだんだん明らかになってきて面白い。その問題意識というのは、思いのほか大きなテーマで、「整体はフェミニズムと出会えるのか」というもの。僕が整体の勉強をはじめた頃ー半世紀前ですー整体は「自立の思想」としてもてはやされる一方、整体育児論は、「三歳児神話」に与するものとしてリブの女性たちの反発を食らっていた。「次回は体力について話します」と予告したのだけれど、胎児期、そして三歳までの期間というのは、この体力を育てていく上で核になる時代であるから、私など、三歳児神話を擁護する立場になるかもしれない。しかし、三歳児神話問題の核心は、子育てを母親に押し付けていたところにあって、高度成長期における特異な家族形態であった「男は外、女は内」というイデオロギーにあったと考えるべきだろう。やはり「大人問題」なのです。

 参加希望者は必須ではありませんが予約お願いします。初回参加されてないかたも方もどうぞ。今回もにんじん食堂さんがお弁当を作ってくださるはずので、お弁当希望の方はその旨、記してください。

2024年4月25日木曜日

身体観の変遷

 これまで、身体観の変遷という話をする時に、「明治維新」「経済高度成長期」の二つを画期としていた。ところが、今回、外で話をすることになって、あらためて身体教育研究所の30年を振り返るなかで、この30年もまた、身体にとってとんでもない時代であったことに気づくことになった。

 ウォークマンの出現したのは、僕が留学生関係の仕事をしていた1980年の前半(初代発売は1979年)のことなのだが、学生と連れ立って出かける折、歩きながら、あるいは電車の中でウォークマンに聞き入っている様は、異様に思えたし、せっかく海外の地に身を置きながら、周囲の出来事に注意を払わないとは、なんともったいないことかとため息をついた覚えがある。

 そこから、時代はPCが跋扈する時期に突入し、さらには携帯電話、そしてスマホと移ろっていく。もはや、で電車の中でスマホ画面を眺める人間が多数派を占め、歩きスマホという言葉が出てくるくらい、人は、自分の周囲に注意を払わなくなってしまっているのだ。

ここ40年の新製品、新サービスの出現を時系列で並べてみると、こんな感じ。
1979 ウォークマン登場
1981 pc-8801販売開始
1986 ニフティサービス開始
1994 インターネット
2000 携帯電話
2007 iPhone登場

 僕自身、新しもの好きの元電気少年だったから、なんだかんだといって、テクノロジーを追いかけてきたし、仕事でも率先してパソコンを使ってきたから、目くそ鼻くそを笑う体なのだが、稽古することで、かろうじて体を失くさずにここまで生き延びてきたとも言えなくもない。ここからは、「便利」をひとつひとつ手放していくしかない。

2024年3月20日水曜日

身体論講座

4月からご近所のシェアキッチンで「身体論」の講座を始めます。
座学ってやったことがないので、はたしてどういう展開になるのやら。
身体論といっても、「極私的身体論」になることは必定。
今日(3/20)、プレトークをする機会があったのですが、2冊の本を持参し、「私の話は、この2冊の本の間を往き来することになるでしょう」と予告して来ました。一冊目はエリック・カールの『はらぺこあおむし』(偕成社)、そして、もう一冊が田中聡の『身の維新』(亜紀書房)です。



2024年2月27日火曜日

予告 身体教育講座

座学 からだを失くした現代人のための身体教育講座

    野口晴哉の整体育児論を参照軸にして


 これから結婚するという人がいたので、ちょっと気が早いとは思ったけれど、お祝いに晴哉先生の「育児の本」を差し上げようと本棚を探ったら一部も残っていない。出産間際で駆け込んできた方に譲ったばかりだった。整体協会の本部に問い合わせてみたら、なんと在庫切れだという。これは困った。


 であるならば、自力で育児講座をやるしかない。僕自身の子育ては1988年、娘が生まれたときにはじまる。稽古場が始まった年のことで、整体の稽古と子育てが並行して進んでいった。幸か不幸かーいやまったく不幸な出来事が始まりだったのだがー数年前から孫育てに図らずも深く関わることになり、それは今も進行中である。そこらへんの体験もふまえ、もう一度、子育てについて考えてみようと思う。


 野口晴哉の育児論では、ヒトが成長するとはどういうことなのか、ヒトが体験し学ぶとはどういうことなのか、そのあたりの根源的なものが説かれている。ならば、育児の現場にいる人のみならず、体を失っているーつまり、からだとの付き合い方がわからなくなっている多くに人にとっても有用な話になるのではないのか。今回、あえて稽古場を出て、近所の喫茶店の片隅をお借りしてはじめてみようと思う。座学でどれだけのことを伝えられるのか、不安である。


 日時 4月24日(水) 夜(時間は確定していません) 

 会場 スウィングキッチンYour 右京区龍安寺衣笠下町29

 会費 未定       

2023年12月28日木曜日

発熱とメタモルフォーゼ

 今年一番の出来事ってなんだろうと一年を振り返る。四国遍路2年目で、春、日和佐から室戸岬経由で高知市直前までの150キロを歩いたこと。でも、それにも増して、一番の出来事は秋、39度越えの発熱と、それに従うひと月余りの低温期を無事経過したことだろう。それくらい大きな出来事だった。

 そもそも、僕が整体の道に入ったのは、晴哉先生の「風邪の効用」と僕がカルチャーショック熱と呼んでいた、異文化との出会いにおける体調不良期に共通項を発見したことに遡る。つまり、整体の「風邪を経過する」という考え方こそが、学ぶというプロセスを解き明かす鍵になると直感したからだった。

 塾をやっている友人の話。塾を何度かお休みした小学生の生徒さんがいて、お休みから戻ってきたら、それまで出来なかった複雑な引き算が急にすらすらできるようになったという。保護者にお休みの理由を訊いたら、大風邪を引いて39度を超える熱が何日か続いたという。発熱したら急に頭が良くなったってどういうことですかね、と彼は訝っていたが、不思議なことではない。

 鶴見俊輔の「思い出袋」におさめられている逸話(188頁)。15歳で無理矢理アメリカの全寮制の高校に放り込まれ、数ヶ月間、英語が全くわからないまま授業に出席していた。ある晩発熱し、三日三晩高熱にうなされ、それが癒えて学校に戻ったら、先生同級生の英語が理解できるようになっていた。さもありなんである。

 おそらく、このような出来事は誰しも経験しているはずだ。子育てしていればわかるが、子どもはしょっちゅう発熱する生き物だ。その度に子どもは脱皮し、成長している。この成長過程に気づかない大人がいるとすれば、相当に問題だ。稽古場というのは、この「大人問題」と取り組む場でもあった。

 来年は、このあたりの育児論、教育論、整体論を話できる会を等持院稽古場で始めようかと思っている。

2023年3月13日月曜日

半世紀 5

 秋ぐらいに某団体の集会に呼ばれて稽古会をする可能性がある。まだ確定ではないのだけれど、いちおう、どんな内容をやろうとしてるのか教えてくださいとのことなので、文章をでっちあげてみた。ここまで書いてきたことのまとめみたいなものか。

<ひとにふれる せかいにふれる>
 世界を知るにはふれることからはじめなければならない。自と他の境界線上に感覚という経験が生まれる。その感覚経験が身体によって消化・同化されて、はじめて身に付くことになる。これを「身体化」と呼ぶ
 ところが、人は文字通り人それぞれであり、同じ時間、同じ場所にいたところで、ひとりひとり「感受性の方向」が違う故に、体験の質はそれぞれ異なったものになる。消化された食べものが人の体をつくっていくように、同化された経験が、その人の体をつくっていく。つまり身体化のプロセスにおいて、そこには必ず他者の存在があり、また、体験を受け止める一人ひとり異なった感受性がある。よって、身体ははじめから個性的である。
 人が他者にふれると、そこで感覚経験が生まれる。では、人はどのように他者にふれればよいのだろう。相手を操作しようとふれる者がいる。相手と同調しようとふれる者がいる。では、同調的にふれようと意図して、実際に相手にふれたとき、そこに同調は生まれるであろうか?
 困ったことに、自動的に同調は生まれない。なぜなら、まず、ひとりひとり異なった身体を有しているからである。次に、ふれるための手は、操作することが習慣化されているからである。同調なき接触は、たとえ本意ではなかったとしても操作的にならざるをえない。人間関係の困難は、この齟齬から発生するといってもよい。
 人と人が(モノであっても同様)、どのように同調的な関係を切り結べるのか、人は体験というものをどのように同化・身体化していくのか。整体の知見をベースに、このような研究を身体教育研究所では行っています。また、すべて稽古という、実際に体で経験する会として提示しています。

(しばし休憩)

2023年3月11日土曜日

半世紀 4 京都

1975年から1986年までの十年間、京都で暮らした。20代から30代前半に当たる。一昨年だったか、一年かけて、当時付き合いの多かった片桐ユズル編集発行の「かわら版」20年分をデジタル化する作業をやった。整体にすすむきっかけを与えてくれたのは片桐ユズルだったし、彼自身手広く、いわゆるボディワークを輸入していた。それはともかく、かわら版のデジタル化作業をやりながら、70年代後半からの京都暮らしは、僕にとっての揺籃期ーつまり、異文化に攪拌されて輪郭を失っていた私が、新しい輪郭を作っていた時期に当たっていたということだ。おい、10年もかかったのか。これとて、事後的に作り上げた、仮説のひとつなのだけれど。

「風邪の効用」は教育の書として読まれるべきだということを言い続けている。晴哉先生の「経過」という思想は、「学び」について考える上で、決定的なものであった。風邪をひき、それをうまく経過させれば体は、それ以前より丈夫になる。これって、「culture shock fever」のことじゃないか。我が意を得たりとはこのような心境のことをいう。それでも身に染み込んでいる私自身の傷病感、健康観のようなものが邪魔して先に進ませてくれない。身体の時間と精神の時間は、流れている質が異なっているのだ。ここから身体教育研究所の時代に入っていく。1988年のことだ。娘が生まれた年でもある。

(つづく)

2023年3月9日木曜日

半世紀 3 身体

十年サイクルで教育のことを書きたくなるらしい。10年前、「なぜ身体教育なのか?」と題した文章を書いている。いま書いたとしてもいく同工異曲、大同小異のものしかでてこないと思うが、どのような小異になるのだろう。

1970年代後半から80年代にかけ、僕が「culture shock fever」と呼んでいた、「異文化への適応過程における体調不良とその経過」というテーマは、そのまま、「体験学習という理念は、どのように実現されうるのか」というテーマに横滑りしていくし、「人はどのように学ぶのか?」という大テーマに敷衍していくこともできる。この時点ーおそらく1970年代後半あたりーに大きな岐路があったらしい。もっとアカデミックな「教育学」に向かっていれば、ちがった人生が展開していたのかもしれない。ほんと、パラレル・ワールド

ところが、学びにおけるキーワードとして「身体」が浮上してくる。ここから先は、もう整体の独壇場といってもよい。言い換えると、整体の学びを深めていく以外、自分自身のテーマの追求はあり得なくなってしまう。これは大変だ。整体協会には整体協会の掟がある。

(つづく)

2023年3月8日水曜日

半世紀 2 ライフワーク

いまを起点にして半世紀前を振り返るというのは危険を伴う。
そこから現在に至る道筋を自分に都合のよい物語として描いてしまうことになってしまうだろう。なんせ、その時には、自分の未来がどのように動いていくのかまったく未知数だったわけだから。事後的に振り返れば、ああ、あの時代、自分がどのような段階にいて、なにをやろうとしていたのだと記述することは可能だろう。でも、それでよいのかという疑念は拭えない。

ライフワークというのは、その人がどのような異化感を人生のどの段階で何に対して持ったかによって決定されるのではないかというのが、僕の仮説。もちろん異なった経緯でライフワークと出会うことだってあるに違いない。僕の仮説が僕一人にしか適用されなくってもぜんぜん構わない。実際、ライフワークがライフワークとして意識される、あるいは浮上してくるのは、そうとう後の段階であったりする。

ひとはなぜ海外に行って、3ヶ月暮らすと体調を崩すのだろう?というのが一途最初に浮かんだ疑問だ。僕自身そうだったし、周りを見回すと同様の経験をしている人は多かった。もちろん個人差は大きくて、いきなり体調を崩す奴もいれば、一年経った頃、ガツンと来る奴もいる。それを経験した後で、異文化への馴染み度が一気に変化する。不思議だった。このような事例に気づいたのは、おそらく整体の考え方が僕に入りはじめた時期と重なる。1970年代の後半、地球をひと回りして帰ってきて数年後のことになる。

(つづく)

2023年3月7日火曜日

半世紀 1 1973年

はじまりは1973年。
それから半世紀が経ったことになる。
岡山の田舎で過ごした20年ののち、僕は太平洋を渡った。それが1973年の8月。
旅は20ヶ月後の1975年4月まで続き、そこから、整体に出会うまでさらに3年。
コロナ期の前には、第二次ワールドツアーなども計画していたのだが、どうもそのような気配はない。静かに四国遍路を続けることにする。

1973年と2023年
半世紀の間に世界は変わってしまった。
1973年、世界の人口は39.2億。それがいまや79.7億人だという。
もっとも、日本の人口は少し増えたとはいえ、1.087億に対して、1.246億。
すでに人口減少期に入っているからー去年1年で80万人減!ー1973年レベルには、すぐ戻ってしまうだろう。
人口の変化は多くはないが、人口構成割合は大きく変わった。
15歳までのこどもの人口比率は1973年で24.3%、それが今や11.9%.
一方、65歳以上の老人比率は、7.9%から28.9%に上昇、つまり少子高齢化社会。

1973年に1ドル360円という固定相場時代は終わったが、僕の記憶には1ドル300円というレートがしっかり刷り込まれている。国際電話の料金は3分3000円。携帯電話はまだない。インターネットも無論ない。世界は今よりもずっと広く、ずっと遠かった。

(つづく)

2022年10月11日火曜日

身体観 3

 ソマティックの会無事終了。予想参加者数が25名(主催者の勘)というので、2本同時並行セッションの裏番組に当たる僕の担当稽古への参加者数を10名と見込んでいたのだが、蓋を開けてみると、リアル会場に50名近くが足を運び、裏番組ながら27名の参加者があった。「意志の届かない領域のことを体と呼ぶ」をテーマに団扇を使った「かくす・かくされる」の稽古。リノリウムの床に立った状態で稽古するという、ありえない環境下、75分の稽古はあっという間に終了してしまった。

 前稿「身体観2』では、技法ー身体観ー世界観の関係について考えてみたが、今回のフォーラムで取り上げられたハクスリーの場合、三者の繋がり方が違っていて、自分の世界観を、その途上で出会ったアレキサンダーテクニークなどの体験やインド哲学を取り込んでいくことで構築していった、という流れのようだ。思索家らしく精神から身体への方向性は明らかで、日本のソマティック心理学というのも、この方向性を踏襲している。ぼくが感じた違和感は、この方向性の違いに由来しているらしい。