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2013年11月5日火曜日

slideshow 遠征ブラジル編

【エンブー】

今回の最終目的地はサンパウロ郊外エンブにある田中さんの稽古場
田中さんが日本を出るとき、「必ず遊びに行くからね」と約束したのを覚えている
実現するまで19年の歳月が必要だった
普通の家のリビングに畳を入れ、稽古場に改装している
特筆すべきは裏庭で、土舞台、板舞台とふたつの舞台があり、
稽古に公演に使っている
日本の小さなお寺の裏庭の空気感がある
集まっている仲間たちも多士済々
愉快な連中で笑い声が絶えない



【クルツク】

田中さんが交流のあるグラニ族の住むインディオの村
サンパウロから一時間ほど高速を走り、そこから脇道に入ってさらに一時間
距離的にはサンパウロから遠いわけではないが、いきなり辺境の地にたどりつく



【ウブツバ】

サンパウロの雑踏を抜けて東へ、そして南へ
大西洋に面した海のリゾート
急斜面の山を降りていくと、いきなり砂浜にたどりつく

2013年11月4日月曜日

slideshow 遠征ヨーロッパ編

【ドイツ】

前回から三年半
自分はグンと老け込んだ感じがあるのに、
久しぶりに会う人たちは、まるで変わっていない
稽古会は充実していたと思う
集注が途切れることなく最後まで持ち込めた
ここ三年間のフツフツとしたものを一気に稽古に注ぎ込んだ感じだ



【パリ】

38年ぶりのパリ
前回が12時間の滞在だったとすれば、
今回は一泊できたし、稽古会の時間を含めれば24時間はパリにいたことになる
少しだけ観光客気分も味わった



【パリ郊外】

パリ郊外の農場に泊まることができたのは、
今回の遠征のハイライトかもしれない
お世話してくださった西田さんご夫妻に感謝
農園主のお嬢さんが使っていたという一室に泊めていただき、
農園主や、研修に来ているお嬢さん方ともお会いできた
庭先に実っているリンゴをもいで、その場で食べるというのは贅沢
ところで、西田さんとは昨年はじめて石川でお会いしたのだが、
双方の来歴を話しているうちに、30年前、京都で会っている可能性が高い
という結論にたどりついた
おそるべしカワシマユキコ

2013年11月1日金曜日

時差ボケ

時差ボケからじょじょに回復中
夕方とにかく眠くなる
電車などに乗るとてきめんで、
電車が揺れはじめると、もう舟を漕いでいる
頑張って寝ないでおいて、普段通りの時間に布団に入っても、
結局、夜中3時とかに目が覚めて却って寝不足になるし、旅の疲れが抜けてこない
眠くなったら、(状況が許せばだが)素直に眠ることにした

帰ってきた当初、寒くってしかたなかった
夏に向かうブラジル仕様の体になってしまったからなのかと思ったが、
他の人に訊いても、やはり寒いという
でも15°Cという気温をこんなに寒いと感じていたかしらね〜
やはりお風呂はいい
道中一ヶ月のうち、湯船に入れたのは2回
パリのホテルとブラジルの田中さんちに泊めてもらったとき
殊に田中さん宅では、わざわざ熱々のお湯を普段使ってなさそうな湯船にためていただいた

基本、どこにいってもお湯は上から落ちてくるし、床はタイル貼りで冷える
ブラジルでは、どこのシャワーも、UFO状の円盤が頭上にどんと据え付けられている
つまり頭からお湯を浴びるしかない
その根元に電気のコードが顔をのぞかせているところをみると、
電気で水を温めているらしい
漏電とか大丈夫かしらと心配になる

時差ボケを含めて、旅の一部
今日からなんと11月
大井町での稽古もぼちぼち再開した

2013年10月26日土曜日

day 30 帰国

大遠征も終わりです
足かけ一ヶ月30日の旅となりました
最後はなんとビジネスクラスの席でフルフラットの状態で寝て帰って来ました
話として上手く出来過ぎていますね

いったい何人の人と会ったのでしょう?
多くの人に支えられての旅でした
まずは皆様に感謝
ヨコタさん、ホシノさんをはじめとするドイツ稽古会の皆様
パリでお世話になった西田さんご夫妻と農園主のクリストフ氏
そして、ブラジルの田中敏行さんとその愉快な仲間たち
ちょっと濃密すぎて、この経験を消化するには何ヶ月もかかりそうです

このブログをマメに読みに来てくださった方たちにも感謝
稽古にも来てくださいw

ブログの更新は、すべてipad miniでやりました
各国ともwifiが随分普及していたので、ほぼ日替わり更新が可能でした
日本との連絡はLineが一番確実
FusionのSMARTalkはネット環境によって使えないケースもありました
ブラジルの人たちはfacebookを活用してましたね

ということで、この"road to brasil"リアルタイム編はおしまいです
次はまとめ編書きます

【成田にて】

day 29 ヘルシンキ

袖すり合うも多少の縁
フィンエアーの用意してくれたホテルに向かうバスに
乗り合わせた日本人6人
中年のご夫婦2組+パリに留学予定のピアニストの卵+私
一緒に晩御飯を食べているうちに、
翌日一緒にヘルシンキ市内を回りましょうという話になる

三年前、ドイツ稽古会の帰り、
途中降機して何泊かしたことはあるが、
石の教会があったなという程度の記憶で、
ガイドとしては役に立ちそうもない

朝食を済ませ、ホテルをチェックアウトして、いざ出発
息が白くなるほどの寒風に震えながら市内往きのバスを待つ
まずは中央駅を起点に
大聖堂〜マーケットプレイス〜Suomenlinnaと呼ばれている海上要塞を
目指すことにする

ヘルシンキ一泊+半日観光というのは、
30時間の苦行転じて48時間の大名旅行となる
みたいな予期せぬ展開

これで日本へ軟着陸できそうだ




2013年10月25日金曜日

day 27-28 寄り道

サンパウローパリーヘルシンキー成田
地球を半周するわけだから、さすがに遠い

サンパウロ空港に向かう途中、公設市場に寄ってくれた
これが正真正銘のラストイベント
市場はどこの国に行っても活気に溢れている
特産品のお菓子をお土産用に買い込みバッグに詰める
二週間の間にサンパウロの気候は随分夏らしくなり30度超え

二週間ぶりのパリ
といってもCDG空港で乗り継ぐだけ
荷物はサンパウロから成田まで自動的に送られる手はずになっている
ちゃんと届くか不安はあるけれど…
サンパウロ空港でライターを没収されたのはショック
CDG到着後、喫煙所で煙草を吸っている人に火を借りて一服
パリはそれほど寒くない

ヘルシンキ便の出発が遅れ、成田便に接続できないという
なんと関空便に振り替えられ、その後、関空ー成田に飛べという
ところが、その関空便にも間に合わず、
なんとヘルシンキ泊に
帰国は一日延びることになりました
長時間の移動を覚悟していた身には、熱いシャワーと柔らかいベッドはありがたい
現在の外の気温は8℃

2013年10月23日水曜日

day 27 さよならサンパウロ

さて、4週間の遠征も終わりです
日本のことはいうまでもなく、
ドイツ、フランスに行っていたことさえ忘れています
ちょっとばかり旅疲れ=食べづかれも出てきたところなので、
引き上げるにはちょうどよいタイミングかもしれません

ここから最後の苦行が待っています
サンパウロから12時間かけてまたパリに戻り、
シャルルドゴール空港に数時間滞在
今度はヘルシンキ行きのフィンエアーに乗り継ぎ、
ヘルシンキで慌ただしく成田便に飛び乗って
日本到着は金曜日の午前8時
なんと30時間の旅程になります

無事日本にたどり着けるのか
ブラジルのゆるい空気にどっぷり使った体に
日本の空気は厳しすぎないか
まあ、心配は後回しにして、
最後の荷造りに取り掛かることにします

day 26 PUC

いよいよブラジル滞在も残すところあと一日
最後の行事として、田中さんが教えている大学を訪ねることにした
通称PUC(プッキ)と呼ばれている大学
フルのスペルは
Pontificia Universidade Catolica, Sao Pauloということになる


田中さんが教えているのは
Comunicação das Artes do Corpoというコース
身体芸術によるコミュニケーション、とでも訳すのか?
毎週火曜日2コマ担当しているそうだが、
驚いたのは、一コマ目が午前7時半開始であるということ

参観させてもらったのは、10時15分からの2コマ目
床の雑巾掛けから始まる風景は、もう稽古会
わーお、田中さんポルトガル語で授業してる!



おー、学生たち若い!
もう、それだけで満足


こういう授業がない日本の大学ってクソだな
などと思いながら、教室の壁際に座って観ていた
「身体教育」という言葉がはじめて腑に落ちた


(授業終了後リベルダージのカフェで)

2013年10月21日月曜日

day 23-25 Ubatuba

海の近くの宿泊施設で合宿を
というのでやってきたのがUbatuba
サンパウロから250キロくらい離れた大西洋に面したリゾート

ところが
休憩を入れ6時間かけて辿り着いたのが
ニューエージアンの巣窟のようなコミュニティ
しかも、ここの人たちも一緒に稽古する、らしい
おいおい最後の最後でこれかい?
まあ、自分の過去に落とし前をつけろという天の配剤、
と前向きに考える他ない

http://curadoresdaterra.com.br/home.html



二日目午前中に稽古
テーマは「度合」と決めていた
田中さんのところで稽古したとき、
触れたときの度合が足らず、
手が止まらないー深さが出ないー同調しない
という課題が見えていたから、これだけはやっておきたかった
手の甲に集注するー手を遠くから動かすー遠くからちからをもってくる
といった実習を混ぜながら、最後は接触内観点のところまで
やや力技ではあったけども持ち込んだ
相手を操作しようとせず、
カタを持って人との接触を図る稽古のことを動法と呼びます、
という主旨は伝わったのではないか

日英葡西4ヶ国語が飛び交い、
参加者の国籍も日本、ブラジル、ベネズエラ、コロンビア、アルゼンチンにまたがる
こんな多国籍な稽古会というのも珍しい
ここのスタッフ4人を加えたものにしては上出来だったとしておこう


そして海
ここの管理人をやっている男はヨットマン(本職は歯科医)で、
http://taoboat.blogspot.com.br/
自分のヨットで大西洋を渡ったこともあるという
丸太をくり抜いて造ったカヌーで彼のヨットまで案内してもらった
縄文山田くんに引き合わせたいくらいだ
静かな湾内を、この夏初体験したSUPでいく人をみると
親しみを覚えてしまう
大西洋の水に浸かったのは15分ほどだったが、
結構塩っぱかった



田中さんともゆっくり話ができた
ブラジルに渡って19年、
この発展途上の若い国に「動法」の土壌を着実に広げている
今回、来てみて、実際に人が動くことの大切さを改めて感じている

2013年10月19日土曜日

day 22 餅つき

一週間ぶりにEmbuに田中さんを訪ねる
一連の公演を終え、今日がその打ち上げということになるそうで、
午前中は活元運動、そしてその後は食事会へと続く

ブラジル名物シュハスコも供されると聞いていたので楽しみにしていた
シュハスコは炭火をおこして、その上に載せた網の上で肉野菜を焼く
肉の大きさが半端なくデカイ
サンパウロではベジタリアンのお宅に寄宿しているので、
ほとんど肉は食べておらず、ちょっと頬が緩む
(この顔を晒すと非難されそうなので、敢えて手だけにしておきます)
塩がよくきいていて美味い
芋の粉を炒り上げたファリーニャと一緒に食べる



食事の後は、しばらく昼寝
そして今度はなんと餅つき大会
田中さん手作りの臼と杵で交代でついていく
それぞれが慣れない格好でやるものだから可笑しくてしかたない
餅つきならば、薪割りもあるぞと、この夏、鳥越のワンネスでやった薪割り動画をみせたら大いにウケた


このあと更に、デザートタイムとなったので、
今度は、皆にお茶を点てて一日を締めくくった
実に陽気な仲間たちである

ブラジル滞在も終盤
これで終わりかと思いきや
明日からは海だそうです

日本を出て以来、胃袋は快調
体重は減るどころか、ひょっとして増えているかも
この上、日焼けして帰ったら
家族はもちろん、同僚たちにも「よく遊んで来たな〜」と嫌味を言われそうである

2013年10月18日金曜日

day 20-21 iki - respiração

田中さんとそのグループが9月から続けている"iki - respiração"連続公演の最後となるインディオの村での公演に随行。サンパウロから高速道路を一時間、そこからさらに穴ぼこだらけで、しかもぬかるんだ山道を一時間ほど入ったところにある集落。70家族300人が暮らす村ということだ。稽古会にきているホージェ(画像でシテを務めている大柄な男性)つながりで、この村での公演が実現することになったそうである。会場は村の儀式に使われている集会所のような場所。村の外の人間に使わせてくれるのは例外ということのようだ。



公演のあと、村の儀式を見せてもらったのだが、子どもたちの遊びと体操を兼ねているようで興味深い。合間合間に、大人が大きなキセルに詰めた煙草を手に会場の四隅を歩く姿によって、これが儀式として行われていることを思い出させてくれる。儀式はエンドレスに延々と続く。しかも毎晩やるという。棒を手にした指導役の大人の指示で、男の子たちがグルグル移動し、指導者は、その棒をある高さに水平に置いて、その上を飛び越えさせたり、あるいはくぐらせたりといったところからはじめて、その後、段々難易度を高めていく。体育としてはすごくよく構成されている。その間、女の子たちは、少し離れたところで、単純で振りは小さいが、骨っぽい動きで踊り歌う。年頃の男女が二手に向かい合って掛け合うものもあって、それなど歌垣を思わせる。

宿泊棟ーといってもただの広い部屋にマットレスを敷き、その上に寝袋を広げるーに戻ったら9時を回っている。準備してきた食料を皆(総勢15名)でいただく。あとはもう寝るだけ。静かだし、準備してくれた寝袋は暖かくて瞬く間に眠りに落ちる。

翌日(つまり今日ですが)は、その集落から分かれたという、もう一つの小さな集落を訪ね、そしてサンパウロに戻って来た。



2013年10月15日火曜日

day 18 オフ

昨日の月曜日はオフ
旅行者にオフがあるというのも妙な話だが、
稽古者としてはオフ日
近所の公園を散歩して、自然食のレストランで昼食
随分広い公園で、園内には現代美術館やプラネタリウム施設もある
ぶらぶら歩いているだけで、
ブラジルを構成する様々な人たちとすれ違う
少なく見積もっても1時間で50くらいの
文化人種的背景を持つ人たちがいたように思う
その共存のしかたがゆるい
このゆるさがブラジルの特徴かもしれない
これは楽だわ
この調子でブラジルの空気に浸っていると、
日本への再上陸が難しくなりそうだ



2013年10月14日月曜日

day 17 ワークショップ at Sesi

ワークショップと稽古会はどう違うのか
この風景だと、とても稽古会とは呼べないな
終わってから足袋の裏をみたら汚れひどかった
まあ、床に対する考え方が違うから仕方ないのだけれど

参加者は数えてみたら16名
休憩を入れて3時間
時折、日本語で話しはじめてしまい、
通訳役のジュリアーノのキョトンとした顔をみて
それに気づく場面が何回かあったくらいで
基本英語で会を進めることができました

今日のテーマは手を封じる
皆さんなかなかセンス良い
空気に集注するなんてのもちゃんとわかってくれた
どうやらサンパウロ市内で違うグループを相手に
もう一度やる予定になっているらしい

http://www.danca-acontecimento.com/oficinas



2013年10月13日日曜日

day 17 ピラシカバ

Piracicabaという街にやってきた、いや連れられてきた。
今回世話を焼いてくれている若者二人が立ち上げた一般市民対象の講座があって、この街でもやっているらしい。その会で動法の稽古をやってほしいとのこと。断る理由はみつけられない。十代から七十代まで、25人くらい集まるらしい。勿論ポルトガル語しかわからない人たちの集まりだから英語で話し、それをポルトガル語に通訳してもらうことになる。去年秋くらいから、大井町に現れる外国人参加者に拙い英語で稽古することはあったものの、稽古会まるごと日本語なしでやるなんて想定外。ただ、二年くらい前の七夕筆動法で、そんなことを念じたことを今頃になって思い出した。それがまさかブラジルで実現することとになるとは。他人には、「迂闊に念じると実現するから怖いよ」とアドバイスしているのにね。今更後に引けないし、やるしかないじゃないか。では、行ってきます。
【裏庭】泊めていただいたお宅の裏庭。イタリア系の家族だそうで。屋敷の中にいるとヨーロッパにいるみたいだ。街中に入ってくる途中、賑わっている通りを抜けてきたのだが、白人が多く、そういう歴史を持つ街なのかもしれない。

2013年10月12日土曜日

day 16 Embu 二日目

午前中は屋内で「合掌行気以前」、午後は公演に向けた田中さんの稽古を見学。稽古は屋外の土舞台。鳥が鳴き、池鯉が跳ね、横で寝そべっている犬がくしゃみする。なんだか、昔、山姥を作っていた頃を思い出す。室野井さん、竹平さんをブラジルに呼んで、"山姥2015"とかやればよいのに。夕方には、Piracicabaというここからは160キロくらい離れた街に移動し、明日午前中ワークショップをやることになっているらしい。今晩自分がどこに泊まることになるのか、その日にならないと分からない状況も楽しいものだ。ブラジル入りして四日目、肉の一切れも食ってない。ヨーロッパでの食べ過ぎを調整中といったところ。

day 15 Embu

今回の旅の終着点であるEmbuへ
田中さんの自宅兼稽古場
いつか遊びに行きますからと言い続け、
それが、ほぼ20年経ってようやく実現した

古い屋敷のリビングに畳を入れ稽古場にしている
裏庭には土の舞台、板の舞台が造られ、稽古に公演に使われているとか
日本の小さなお寺の裏庭のような空気感

奥さんのシサさんとは初対面
日本に来ていた16年前、数ヶ月大井町で稽古したことがあるという
核になっているメンバーと一緒に稽古する
田中さん夫妻を含め9名
アート系の人が多い
来週には、このメンバーと一緒にインディオの村を訪れることになっている



2013年10月11日金曜日

day 14 サンパウロ

金曜日に日本を発って金曜日に帰着予定なので、これでほぼ折り返し地点。二週間もブラジルでやることあるのかしらと思いながらブラジルにやってきたら、あれこれ計画を練ってくれていたようで、暇すぎて困る状態にはなりそうもない。ドイツ、フランスと稽古をやってきて、深めていきたいものも出てきたので、当地でも稽古できることがありがたい。

今日はさっそくLiberdadeという東洋人街に地下鉄で行ってみた。まず出迎えてくれるのが「ラジオ体操」のマーク。今でも毎朝やってたりして…。この渾然とした感じは、おそらくこれまで訪れたことのあるどの街にも似ていない。日系とおぼしき顔も多いが、中年以下の人たちの体つきは、ブラジル標準になっていて、つまり僕の1.5倍の幅と厚みある。丸海というスーパーに入ってみたら、日本食の食材が何からなにまで揃っている。豆腐なんぞを買ってきたのであとで味見してみよう。



2013年10月10日木曜日

day 13 ブラジル!

ほんとうにブラジル来ちゃった、みたいなノリでサンパウロ到着
こっちのバスは排気を上からするんだ、といったつまらない発見をしつつ空港から市内へ
この春、大井町に来てくれた若者二人が、あれこれ計画を立ててくれていて、
濃厚な二週間になりそうな気配
日差しは強いが、日陰はさらっとしていて心地よい

2013年10月9日水曜日

day 6 ドイツ稽古会

ドイツ稽古会の写真が参加者から送られてきたのでupしておきます
画質が悪く、適当にぼけているので丁度いい具合
稽古中は一緒に稽古に入ることが多く、写真を撮る余裕がなかった
これは最終日の「合掌行気以前」の稽古のものですね



2013年10月8日火曜日

day 12 ランブイエ

フランス最終日。ランブイエの古城に案内していただく。ランブイエってなじみのある地名だと思ったら、昔々、「よい戦争」というターケルの本の翻訳チームの一員として作業をやっていたとき、担当した章にランブイエがが出てきたのではなかったかな。ここに進駐してきた米軍の話だったと思うのだが…。ドイツ稽古会の感想などもボチボチ届いてきているのだが、おおむね好評。一方、パリの稽古会も面白かったという反応なのだが、やはり、通訳付きの会の難しさを改めて感じている。