2026年5月23日土曜日

夏炉冬扇

妙心寺の塔頭を会場とした稽古会三日間を終え一息ついている。
思っていたほどの混乱もなく、むしろ順調といってよいくらいの三日間だった。

さて、どんな環境で連句の会は催されていたのか、別所真紀子の「詩あきんど其角」を読みはじめた。芭蕉門下に入り修行して立机(俳諧師となる)した其角の記録を元に小説仕立てにした一冊で江戸初期の俳諧界がよく描かれている。

俳諧界を支えているのは、裕福な商人層で、それに酔狂な武家も加わる。皆で集まり歌仙を巻き、それを選集にして版木に下ろして印刷配布する。いわば出版人でもあった。俳諧師が職業として成り立つためには、門人がいてパトロンがいてという風な、大きな経済圏が形成されていたわけだ。

俳諧師として立つためには、東西の古典の素養がなければ話にならないわけで、江戸の文化人たちの知的レベルの高さに舌を巻く。それに比べると、古典から切り離された時代に育ってしまったことを今更悔やんでも仕方がないが、十七季と電子辞書が手元にないと何もできないわが身の薄っぺらさに涙するしかない。師匠が古典に親しめ親しめと口を酸っぱくするのもわかる。稽古を深めるには、教養も深めるしかなく、近道はないということなのだ。

つまり、手遅れなのだ。そう言いながら、抜け抜けと稽古場などを開いていているのは、まだ化けの皮が剥がれてないだけの話で、人の上に立って何かを教えようとは露ほども思っていない。同行の仲間に見限られないよう日々精進するしかあるまい。夏炉冬扇とは、役に立たないものとして、芭蕉が自らの俳諧を称したものだが、無論、それは自信の表明でもあったわけで、凡人はこわくてとても使えない。





2026年5月20日水曜日

のぐちひろこ個展

われらがマメ画伯の個展が京都にやってくる。
これは楽しみ。

6/3〜14 (6/6,7はお休み). at @bench (左京区浄土寺)

なんだか、お知らせブログになってきた。
それだけ、周囲が動いてるということなのですね。


2026年5月19日火曜日

回り稽古

第一回晴風回り稽古の概要が発表されました。
詳細はこのページのQRコードからご確認ください。

かつて「衣笠絵描き村」と呼ばれていたこの地が、いまや晴風稽古村となってきたことは先月書いたが、早速、この特性を活用した「回り稽古」が発案された。毎日曜日全5回なんて濃密な稽古会に参加しようという猛者はいるのか?
























詳細、参加申し込みは、こちらから




2026年5月17日日曜日

靴の行方は

靴を間違えられやすい人というのはいるのだろうか?
もし、そんな人が居るとすれば、それは私です。

白山稽古会の初日、稽古を終えて、ふるさと館を出ようとしたら、靴がない。正確にいうと、靴が一足残っているのだが、私が履いてきた靴ではない。似たような黒のスニーカーなのだが、puma という買ったことのないブランド。ちなみに、私のはミズノで、ここ数年、同じタイプのスニーカーを履いている。お遍路にも使い、履き潰しては代を重ねている。

窓口の方に事情を話し、その残されたpumaのスニーカーを履いて出る。サイズは25センチで、ちょっと大きいが違和感を感じるほどではない。最近は、足袋+スニーカーという組み合わせもありだから、25センチでもOK。間違って履いてった人も、ちょっと中が広がった24半のスニーカーに窮屈さを感じなかったのではないか。

朝、家を出るとき、一旦は草履を履いたのだが、10メートルほど歩いてからなぜかひきかえし、わざわざ、スニーカーに履き替えた、そのスニーカーなのだ。

翌日もふるさと館での稽古会だったのだが、問い合わせの電話はだれからもなかったという。近隣の方ではなく、どこかからの観光客だったのだろうか? とすれば、私のミズノは、今ごろ、どっか知らない街を歩いているのかもしれない。この、底がフラットで、足袋との相性も悪くなさそうな、このpumaを履いて、私は京都の町を歩くことになりそうだ。ちょっと複雑な気分。

【追記 5/20】月末に松山市内のお遍路を計画中。消えたものと同じタイプのスニーカーをAmazonに注文。

2026年5月16日土曜日

石川県立図書館

やっと来れたぞ石川県立図書館。
噂通りのすぐれもの。訪れる価値あり。
一時間ほど館内を歩いただけなのだけれど、楽。
スロープの使われ方が絶妙。
本に圧倒されることもなく、動線もよく考えられている。
カフェ併設されているし、一日居られるぞ。



2026年5月15日金曜日

連句と筆動法の試み

機は熟したというべきか、筆動法と連句を合体させた会を一度やってみることにします。5月24日(日)11時から3時間、場所は等持院稽古場。筆動法初心者も連句初心者も参加歓迎。なんせ、主宰者が初心者ですから安心して(かえって不安要因か)ご参加ください。定員は5名とします。要予約。事前問い合わせも歓迎です。

最初は長句(五七五)に短句(七七)を付けていく練習くらいからはじめましょうか。それとも、発句を立てて、三つもの(発句・脇・第三)を編むか、はたまた、表六句まで辿りつかせるか。清書は筆動法に則って、などと考えはじめているのですが、こればかりは、蓋を開けてみないことには分かりません。

「筆動法でたどる奥のほそ道」なんて稽古を大井町稽古場でやっていたのは20年も前になるのですね(遠い目)。

2026年5月14日木曜日

連句会

日曜日、月例の連句会に参加してきた。
ふた月続けて参加できることは稀で、夫婦揃って参加するのは、さらに稀だ。

総勢10人の参加者を籤引きで2組に分ける。3時間の会で、丸ごと歌仙を巻くのは難しいので、2回に分けてやることもあるのだが、私のような不定期参加の人も少なくないので、区切りをつけやすい半歌仙や二十韻という様式でやることも多い。この日は、林閒石(かんせき)という人が唱えた「非懐紙」という付けることを主眼にした様式でやってみましょうと先生。月、花の定座は設けず、それらさへなくてもよいという、まことにゆるい様式。

うん、これは、昔、連句の真似事を大井町稽古場ではじめたころ、長句(五七五)と短句(七七)を交互に付けていったようなものだなと合点して始める。とはいえ、生半可に歌仙のルールを知ってしまっているので、ついついルールに気を取られ、純粋に付けることができない。助走に時間はかかったものの、先生の捌きのおかげで、結局、十六句目で挙句とする。

会議室を借りての連句会。もちろん、テーブルと椅子。各自が十七季という連句用の辞書やら電子辞書を手元に置いて句を作っていく。ちょっと前までなら、畳の部屋にデコラのテーブルを並べてやっていただろう。

芭蕉の時代は、どんな環境でやっていたのだろう。
手元に筆と硯を置き、短冊に句をしたためて、捌きの人に手渡していたのか。おそらく机は置いてない。大きな興行の時には、書記役を置いたというのは、どこかで読んだ気もするが、少人数の仲間内での会ではどうだったのだろう。歌仙は残っていても、それがどのような風景の中で生まれてきたのか今ひとつよくわからない。途中で、お茶はのんでいたのか、食事はどうしていたのか。ついつい、こういう枝葉末節な部分が気になってしまう。

いちど、筆動法の時間を使って、連句会もどきをやってみようか。
鉛筆を筆に持ち替えるだけで、生まれてくる句は違ったものになるだろう。