2026年8月6日木曜日

Road to Brasil 2013 (再掲)

Doho Internationalの田中さんと渡辺さんの三人で、オンラインミーティングを開くようになって半年になる。日本、ブラジル、ハワイを結んでのミーティング。時差があるので、時間の設定が難しかったりするのだけれど、話していると楽しくて、あっという間に2時間経ってしまう。一昨日のミーティングには、野口順哉さんにも参加してもらって、四人で話した。風韻文庫のマルチリンガル版構想なども出てきて大いに盛り上がる。これまでやりたかったけど実現できたなかった諸々が晴風学舎というプラットホームが立ち上がることで動きはじめた感がある。ブラジルの田中さん、「Jardim dos Ventos 風の庭」創立30周年で、秋には本も出るとか。楽しみ。

13年前の、Road to Brasilシリーズ、復活させました。https://dohokids.blogspot.com/search/label/road%20to%20brasil

2026年8月5日水曜日

おかのり

 おかのりの苗を分けてもらったので庭に植えてみた。どんどん蔓を伸ばして葉を付けていくのだが、使い方がよくわからなかったので放置していたのだが、ゴーヤと一緒にどんどん上に伸びていって屋根に届きそうなので、いい加減収穫せねばと葉を摘みはじめた。まずは茹でてみる。味見してみると、ちょっとほうれん草に似た味わいで粘りがある。これならおひたしにして鰹節散らせて食べればいけそうだ。たしかに、おかのりとはよくいったもので、海藻の食感。これで毎度の食卓に一品増やせるではないか。8月は、ゴーヤとおかのり、それに佐伯さんから買ってくるナスで乗り越えられそうだ。



2026年8月3日月曜日

自己紹介

ここ一週間くらい、妙にこのブログを見にきてる人が多い気配があったのだけれど、今日、新しい風韻が届いて、その謎が解けました。今月中旬くらいと予告されていた風韻がもう発行発送されてたのですね。ならば、ちょっと、自己紹介しておかねば。

はじめまして角南です。
京都で世界一小さい(おそらく)稽古場を開いています。
38年前、整体協会に本部稽古場が開設されたとき、事務局で働いていたのですが、暇そうにしていたせいなのか、稽古場運営の事務方を任されることになり、以後20年、途中からは、稽古担当も兼ねながら事務局に籍を置いていました。2009年、二足の草鞋はもう限界と無理やり事務方を卒業し、給与のない生活に突入。2015年に拠点を東京から京都に移し、はや11年になります。青年老やすく学なり難しで、70代中盤に突入。そうそう、近年、耳遠くなってコミュ障気味です。以後、お見知りおきを。

今回の風韻に寄稿した原稿の元々のタイトルは「稽古場の冒険」。適当に改変してくださいといって編集部に渡したのですが、予想の上を行ってくれました。原稿の最終行に「おのおの方、準備はできましたか」という脅し文句が入っていたのですが、これもオミット。僕としては、芭蕉の引用も含め、「旅」を裏テーマにしていたのですが、ちゃんと伝わってそうですね。月刊全生からの写真がデカデカと使われている。38年前の秋ですね。竹を構えているのは佐々木正則さん。四半世紀前かもっと前、裕之先生はしきりに「21世紀の整体にしなきゃいけない」とおっしゃっていた。新しい世代の文章を読んでいると、それが「脱整体」というかたちで実現しつつある。期待しかない。






2026年8月2日日曜日

愛宕山

白山稽古会の帰途、京都駅から円町に向かう電車の中から見えた愛宕山の夕焼けが綺麗だったので、円町駅のホームに降りてから写真を撮ろうとしたのだが、ビルに邪魔されてしまった。



2026年8月1日土曜日

8月の稽古

季節は晩夏。
夕方の光は夏の終わりを思わせるものの、気温は下がらないですね。

8月の下旬、ブラジルから女性一名、稽古のために京都にやってきます。
舞踊、舞台を専攻されている50代女性で、3ヶ月滞在の予定とのこと。
個別稽古ばかりだと、こちらがへばりそうなので、稽古パートナーとして、稽古にお付き合いいただける方を募集します。ブラジルの田中さんのところで稽古されてきた方なので、案外、動法はしっかりしてるかも。彼女の踊りの研究と僕らがやってきた稽古がどう繋がっていくのか、一緒に探求してみようとおもいます。

等持院稽古場の稽古日程はこちらでご覧ください。

2026年7月31日金曜日

穿つ

夫婦で会話してると、言葉の意外な誤用を発見することがある。
「そんなうがった見方しちゃいけん」(美作弁)というと、そんな言い回しは知らん(伊予弁?)という。こちらとしては、そういう深読みしすぎた理解の仕方は間違ってると言いたいのだが、調べてみると、この使い方は間違っているらしい。本来、穿った見方というのは、「物事の本質や真相を鋭く見抜くこと」を意味するとのこと。たしかに「穿つ」とは穴を開けるの意であるからして、この方が筋が通る。じゃあなんで、「うがった見方」が、捻じ曲がった見方という意味を獲得していったのか? 文化庁の広報誌にこんな記事があった。→「うがった見方」は,良くないのか。

2026年7月30日木曜日

7月の読書

宮本常一の旅学 観文研の旅人たち* 福田晴子 八坂書房 2022
白鷺立つ* 住田祐 文藝春秋 2025
シオニズム* 鶴見太郎 岩波新書 2025

この暑さは本を読む集注力を削ぎますね。