2022年1月13日木曜日

始動

 年末年始を京都で過ごした娘一家を千葉まで送り届け、そこから北陸新幹線で金沢へ。今年も白山稽古会が稽古始めとなりました。去年は石川で大雪に見舞われ、三日間足留めを喰らったのですが、石川は雪もなく拍子抜け、無事京都に帰り着くことができました。
 等持院稽古場が動きはじめたのは10日から。年末年始の過酷な合宿生活の疲れをひきづりながらの始動でしたが、静かな稽古生活がゆっくり戻ってきました。今週末くらいから、少しづつギアを上げていきます。

 図書館にもやっといけました。今月の読書予定の本たち。




 



2022年1月3日月曜日

稽古日程 2022年1月

明けましておめでとうございます。

白山稽古会、1月は8日9日です。会場は松任ふるさと館です。
・個人教授はテーマをリクエストしていただいて結構です。
 「白誌を稽古する」もはじめました。
 個人教授・個別稽古に違いについては、こちらをお読みください。

集団稽古をぼちぼちと再開していきます。
1月は以下の通り。
・等持院公開講話 1月15日(土)11時〜13時
  動法と内観入門編となります。未会員も参加できます。
・動法基礎 1月22日(土)11時〜13時
   集団の稽古への参加も予約が必要です。会費2000円

・稽古日程は変更される可能性があります。
・予約はメール(dohokids@gmail.com) または電話で受け付けます。




2021年12月29日水曜日

年の暮れ

今年も残すところ、あと二日。千葉に住む娘が小さな怪獣たち三人を伴って滞在中。どうやら親がいるところが実家になるらしい。根無草の僕からすると、ここを実家と言われてもピンと来ない。娘にとって、京都は観光地という位置づけのようで、今日は交通博物館に行き、お正月には映画村に遊びに行く計画もたてている様子だ。一番下の1歳児はジージとネーネと一緒にお留守番である。

あわてて、この一年を振り返る。思った以上によく働いた一年ではなかったのか。(1)足繁く千葉に通った。11回を数える。昨年に比べ、一回あたりの日数は減らしてきた。それでも60日、のべ2ヶ月。去年生まれた三番目の男の子は、無事生後13ヶ月を迎え、すたすたと歩いている。(2)片桐ユズル編集「かわら版」のデジタル化作業に手を付けてしまった。1967年から1992年までの1500頁分。これをどのように使うのか全く考えてないのだけれど。年内に一区切り付けられて安堵している。(3)ベルリンとつなぎ、ZOOMで稽古をやってしまった。積極的にはじめたわけではないが、稽古会のありようを考えさせられる契機にはなった。英語力のダメさ加減も露呈した。(4)稽古会にはちゃんと出たのだが、耳はますます聞こえにくくなっている。白誌に助けられているとはいえ、この先、どう稽古に参加するのがよいのか悩み中。(5)白山稽古会は毎月開催。一月、雪に閉ざされて一泊二日の予定が三泊四日になってしまったのには参った。金沢の遠藤さんに尻を叩かれ、石川合同稽古会もオフ毎に3回。(6)今年唯一の新しいガジェットはプロジェクタ。これを使った「からむしのこえ」上映会も開催。(7)連れ合いは和裁の教室に通い始め、和裁三昧の日々。あれくらい集注できるものがあればいいな。(8)紙メディアとして等持院通信をはじめてみた。ゼロ号からはじめ9号にたどり着いた。(9)10月くらいから、コロナごもりから人が抜け出してきたようで、新しい人の動きが生まれてきている。これまでとは傾向の違う人たちが、この稽古場にやってくるようになり、新しい風を吹きこんでくれている。ここ一年半、コロナとは別に緊急事態宣言下にあった等持院稽古場もバージョンアップの時期にさしかかっているようです。(10)今年最後の一冊が藤原辰史氏の「分解の哲学」であったのは僥倖でした。

さて2022年はどんな一年になるのやら。来年もよろしくおねがいいたします。

2021年12月26日日曜日

12月の読書

ポルトガル、西の果てまで* 福間恵子 共和国 2021
分解の哲学* 藤原辰史 青土社 2019
あぶない法哲学* 住吉正美 講談社現代新書 2020
ポースケ*  津村記久子 中央公論新社 2013
アダルト・チルドレン* 信田さよ子 学芸みらい社 2021
家族と国家は共謀する* 信田さよ子 角川新書 2021

2021年12月25日土曜日

英語版

英語版をはじめよう(より正確にいうと再開ー以前試みたことがあるが挫折)と思った動機の8割は、今年、ZOOMを使ったオンライン稽古をやったことに由来する。英語話者にとって、整体に関する情報は少ない。身体教育研究所関連でいえばゼロである。

近年、Google翻訳にせよ、DeepLにせよ、機械翻訳の精度が格段に上がったことは間違いない。しかし、たとえば、僕がこのブログに載せている整体、稽古関連の記事を機械翻訳で英語話者(日本語でないという意味です)が読んだ場合を想定すると、かなり悲惨な光景しか思い浮かばない。誤解を助長する結果さえ考えられる。(お前だって、誤解しているだろうという突っ込みは、ここではなし)。そうなると、機械翻訳の助けを借りて、自分で仕上げていくしかない、というのが今時点の結論。しかし、問題は山のようにある。

まず、固有名詞に定着した訳語がないのが困る。整体協会はSeitai Kyokai, Seitai Associationくらいか。一般名詞としての整体も流通しているけれど、野口晴哉のSeitaiも固有名詞として、かなり定着している。身体教育研究所が難しい。そのままShintai Kyoiku Kenkyushoでは問題は解決しない。そもそも身体と教育という既知の単語を組み合わせた「身体教育」という言葉を使い始めたのは、日本において僕たちが最初かもしれない。1990年くらい。身体x教育。ありそうでいて誰も使ってなかった。これ自体、謎だ。

体育はPhysical Educationと訳される。おそらく、Physical Educationという単語を日本語訳したものが体育なのだろう。じゃあ、身体教育にはどういう訳語が充てられるべきなのか? アカデミズムの世界では、体育と同様、身体教育にもPhysical Educationという訳語が使われている。実に安直だ。故に、身体教育研究所をInstitute of Physical Educationとは訳したくない。つまり「身体」はどう訳されるべきなのだろう。

月刊全生には、いまでも晴哉先生の英訳文が巻末に掲載されている。「白誌」に載っている裕之先生の講義録が英訳されるのはいつのことなのだろうか。

COLDS AND THEIR BENEFITS

  Let's talk about Seitai.  Seitai here refers to the Seitai of Haruchika Noguchi and the Seitai of the Institute of Body Education (身体教育研究所). However, people who study Seitai vary from one to another, from those who say, "I don't take medicine, so I am a Seitai person" to those in the practice who say, "Who care about health". I think that's fine. Simply not taking medication is a contribution to society in the sense that it does not increase unnecessary medical costs, but in the eyes of the world, it is an antisocial presence. It's a strange world. Anyway, let's move on from the question of why seitai practitioners do not take medicine to the question of experience and education.

 For example, if you read Noguchi's book, "COLDS AND THEIR BENEFITS," it says that when a person catches a cold, develops a fever and sweats, and then successfully passes through the period body temperature goes lower than normal, the body is refreshed. Many people understand this as just a health method, but from an educational standpoint, it suggests something really important. In other words, it is a model of how we assimilate our experiences. Let's say a cold is exogenous, like the flu for example. So the human body and the virus collide. The fever occurs on the borderline. The epidemiological mechanism of fever can be explained in many ways, but when a person experiences something, there is a chance to encounter with others. The "other" can be a virus or a new environment, or a human being. Some might say that this is too much anthropomorphizing viruses and bacteria, but if you think of a person as a unified entity, this is not anthropomorphizing or anything, it's just natural. The definition of "experience is born as an encounter with others" is not so far off the mark.

 The question is, "How do we assimilate our experiences? According to Noguchi, when you catch a cold, it is natural to go through the process of fever, low temperature, and return to normal temperature, and after this process, you become a new body. The same is true for relaxation, hypersensitivity, and excretion in the case of the Katsugen Undo (活元運動). In other words, a "new body" means a body that has assimilated the experience. If you think about it that way, medication can be an obstacle to this process of assimilation. Yes, person of Seitai  is not someone who does not take medication, but someone who can quietly look at the process of assimilation that is happening within him or her.

 When you think about it, the difficulty of "experiential learning" also comes to light. If experientialism is just a field approach, it may end up confusing the learners. I worked for five years at the Japan Center of an American college program as I wrote about in another article, and looking back now, a lot of my work was spent as a counselor to take part in the assimilation process of students who are confused and stuck in the foreign culture.

Translated with a help of "www.DeepL.com/Translator (free version)"
Originally written in Japanese  as「なぜ身体教育なのか 2」on 2012/9/29

2021年12月23日木曜日

京都を動く(バス電車編)

年内に一度ご機嫌伺いに出向こうと、ぼくの整体の最初に師匠に電話してみる。数年前、脳梗塞で倒れ、一時はどうなることかと心配していたのだが、電話を通しての声は、倒れた当初よりはだいぶ聞き取りやすくなってきた。なにか食べたいものがあると訊くと、寿司が食べたいとおっしゃる。寿司となると、近所のイズミヤの寿司というわけにはいかない。大丸にでもいくか。

市バスで四条烏丸。成城石井で年末用のチーズを買い、その足で大丸へ。地下の食品売り場は賑わっている。店内で食わせる寿司屋さんの店先に寿司が並んでいることを思い出していってみるが、鯖寿司しか置いてない。隣の魚屋さんのコーナーで、にぎりの盛り合わせとアナゴ寿司を買うことにする。お腹は空いてきたのだが、こうなると自分の昼飯のことは横に置いて、先生の自宅に向かうしかない。阪急線で桂経由嵐山。嵐山ってカップルが遊びに来るところなのね。若いカップル、くたびれたカップルたちが終点でぞろぞろと降りる。

先生、体が不自由な割に、あっけらかんと明るい。テーブルの上に柚子が並んでいて、僕の顔を見るなり「柚子もってき」とおっしゃる。そう、22日は冬至だった。もっとも、柚子は裏庭から取っていけということだったらしく、早速裏庭に回ると、まあ、巨木になった柚子の木に実が鈴なり。置いてあった剪定バサミを借りて、枝先から柚子の実を落としていく。一緒に寿司をつまみながら世間話。40年を越える付き合いになるのか〜。出張の歯医者さんやら、マッサージのお姉さんやら、お手伝いのおばさんやら、入れ替わり立ち替わり人がやってくる。とはいえ、一日の大半は愛猫と二人だけで過ごしているわけだ。

暇乞いして帰途に着く。嵐電の嵐山を目指して歩いていく。レンタル着物を着た若いカップルが大勢歩いている。羽織もつけず寒くないのかしら。嵐山の賑わいもだいぶ戻ってきた。それでもピーク時の2、3割といったところか。そうだ、桜餅で有名なお店があったはずとgoole mapで検索。駅から遠くなさそうなのでいってみることにする。嵐山エリアの裏道を歩くなんてひさしぶりだ。鶴屋寿で自家用にと桜餅ふたつだけ包んでもらう。ちょっと歩き疲れて座りたくなってしまった。

駅方向とは反対になるが、JR嵯峨駅の近くに美味しいコーヒーの店があったぞと、ヤマモトコーヒーを目指す。以前、トロッコ列車に乗る前に入ったことがある。お昼時はとおに過ぎているのにお店はほぼ満席。観光客半分、地元民半分といったところか。ひとりで卵サンドは食べきれそうもないので、ピザトーストとコーヒーを注文。

京福電鉄の嵐山に戻り、帷子ノ辻経由で等寺院に帰り着く。今日は柚子風呂だ。