映画は映画館で観る。とはいえ、最近は人混みに出るのが億劫で、映画館に足を運ぶ回数が減った。にもかかわらず、今月はなぜか三度も映画館に足を運んでいる。意図してなかったけど、どれも戦争映画。リアルな戦争を知らない戦後世代ではあるけれど、結局のところ、戦争の時代はずっと続いている。
スピルバーグの「ディスクロージャー・デイ」は金沢で観た。東京から通っていた時期は、金沢駅の周辺に宿をとっていたから、夜暇になると駅前のフォーラスで映画を観るのが定番化していた。最近は、松任に引きこもるようになって、インバウンドで混雑している金沢駅から足が遠のいていた。地球外の知的生命体の存在が明らかになれば、地球人は愚かな争いを止めるだろうというスピルバーグはオプティミストすぎるだろうと思うけれど、ま、スピルバーグはスピルバーグである。
イーストウッドも引退しちゃったし、監督の名前に釣られて映画を観にいくことはへってしまったが、西川美和の映画は観にいく。「わたしの知らない子どもたち」は、戦争孤児になってしまった女の子が、髪の毛をばっさる切って、男の子として戦後の混乱を生き延びていく冒険成長譚。西川美和の映画では必ず一箇所泣かせどころがあるのだけれど、やっぱり術中にはまってしまった。
僕は基本ミーハーで、ミニシアターよりシネコンの大きな画面でゆったり座って観るのが好きだ。ただ「NAZA」のような映画は大きな劇場では掛からない。ネット予約しようとしたが、今回のPHP騒動でシステムが動いてないので、当日券を求めて上演30分前に京都シネマへ。NAZAとは、巻き添えにしてよい民間人の略称。20NAZAまでなら上官の許可なくても現場判断で殺傷できるという。携帯電話の位置情報とAIによって、人々の情報は筒抜け。ゲームをやるように、スクリーン越しに人々を殺している。現在進行形のジェノサイドである。
図書館から「キャッチ22』『MASH」といった1970年代に撮られた映画のDVDを借り出して観た。第二次世界大戦、朝鮮戦争が舞台。半世紀前に劇場で見ているはずなのに、ほんと断片しか覚えてない。
戦争はずっと続いている。


