2026年8月25日火曜日

日本語のために

ちょうど十年前に河出書房新社から刊行された池澤夏樹編日本文学全集の最終巻。
これは面白い。古本屋で半額で買えるから、今のうちに手に入れておいた方がよい。
先人たちが日本語をどのように成り立たせようとしてきたかという血と汗の記録が500頁に詰め込まれている。






フォルダ

人の人生に自分から踏み込むことはしないが、人の人生がやってくることは、ままある。体の中には過去というフォルダがあって、さまざまな経験の断片が時系列おかまいなしに放り込まれているようで、その中で断片たちは勝手に繋がり、勝手に成長を始めるらしい。

2026年8月24日月曜日

帰還

ここ数年姿を見せなかったヤモリを台所のすりガラスの向こう側に発見。
台所の窓はヤモリの狩場になっていたのに、狩られていた蛾の姿も最近見ない。



2026年8月22日土曜日

マルチリンガル・コミュニケーション

晴風学舎のマルチリンガル・プラットフォームについて考えている。
今は自分が見ているウェブページを、そのまま他言語に翻訳してくれる。
最近、PDFさえホームページ上で変換されることを体験してびっくりした。

マルチリンガルでウェブページを運用する場合、日本語、英語のバイリンガル運用をまず考える。英語以外の言語は付け足しというか、日本語と英語を並列させ、西欧言語であれば、英語の定番から翻訳をすることになる。はたして英語を定番言語として扱うべきなのか、それとも、英語も含め多言語をフラットに扱うべきなのか?

日本語と英語のギャップについては、以前このブログでも書いた。

つまり、英語の定番文章を作ることも、なかなか難しい。
であるのなら、誤訳誤読を前提として、プラットフォームを作って良いのではないかという結論にたどり着く。日本語と他言語に翻訳された文章とのギャップを埋めていくプロセスそのものが、稽古になりうるのではないかということだ。

SNSには翻訳機能を持つものが多い。つまり、日本語だけの人と、ポルトガル語だけの人がいたとして、この2人はそれぞれの母国語だけを使ってSNS上で会話可能になっている。それがはたして会話なのか、見かけ上の会話なのか、こればっかりは実験してみないとわからない。

ここまで書いてきたことはAIの利用を前提としているわけだけれど、AIについては思うところも多々ある。この世界にどのように踏み入っていけばよいのでしょう。

2026年8月21日金曜日

稽古日程9月〜

9月から集団の稽古を増やします。
火曜日 11時〜13時 生観法基礎 月3回程度の開催になると思います。
随伴行気、観点といった基礎的知識も学べる会にしたいと思っています。

ブラジルから女性ひとり稽古にやってくる予定で、その方が参加の場合(おそらく全コマ?)、バイリンガル運用になります。

稽古日程 ↓

2026年8月13日木曜日

声の記憶

時間と共に風貌の記憶は薄れていく。それに比べると、声の記憶は風化しない。
この歳になると、鬼籍に入ってしまった知り合いの数が増え、電話帳のリストのうち、2割を占めるようになった。亡くなったからといって、電話帳から消すのは忍びなく、(故人)と付け加えて、そのまま入れている。

故人を振り返っていくと、その人を声で記憶していることに驚く。
半世紀も前に亡くなった祖父母の声をちゃんと覚えているし、三十年近く前に亡くなった母親の声の記憶も鮮明だ。その人との近さが反映されているようにも思える。それに比べると、視覚的記憶の方があやしく感じるし、覚えていたとしても、案外、写真の記憶だったりする。

耳は遠くなったが、昔の声はよく聞こえる。

お盆ですね。

2026年8月12日水曜日

旅はつづく

 この夏の課題図書はインゴルドの「教育とは何か」(亜紀書房 2025)。若い友人たちからインゴルドの名前は聞いていたが、著書にあたるのははじめて。文化人類学者インゴルドが旧態依然とした教育システムをデューイの教育論に立ち返って語るという建て付けの本である。原題は、Old Ways, New People、副題がAnthropology and/as Educationとある。

 振り返ると、僕がここにいるのは、1973年秋、デューイ、イリイチ、フレイレの本に出会ったからだと言えなくもない。これらの思想に出会って感動したとか、そういう話ではなくて、この人たちの著書を英語で読まざるをえない環境の中で、強烈な異化感、消化不良感が、以来ずっと続いているといった方が正確だろう。逆説的だけれど、これだけとっても、FWC(Friends World College)で学べてよかったと思えるのだ。

 その異化感と向き合う過程の中で、補助線として現れたのが野口晴哉の成長論、人間論。その補助線がいつのまにか主線に入れ替わってしまったというのが、ここ半世紀の要約である。3人の中でデューイを一番後回しにしてきたから、インゴルドを先導役に、デューイの世界に踏み入っていくのも良いのではないかしらね。

 まだ読みはじめたばかりだけれど、バラッド同様、新しい造語を作りだし、英語の構造そのものに挑んでる感じがあって好感が持てる。