2026年3月28日土曜日

3月の読書

マスが語る、川の記憶* ビル・フランソワ 築地書館 2025
抵抗への参加* キャロル・ギリガン 晃洋書房 2023 
カルト村で生まれました* 高田かや 文藝春秋 2016
さよならカルト村* 高田かや 文藝春秋 2017
お金さま、いらっしゃい* 高田かや 文藝春秋 2018
カルト村の子守唄* 高田かや 文藝春秋 2021
ジェンダーレスの日本史* 大塚ひかり 中公新書ラクレ 2022
見聞巷談 宮本常一短編集* 田村善次郎編 八坂書房 2013
僕の狂ったフェミ彼女* ミン・ジヒョン イースト・プレス 2022
食権力の現代史 藤原辰史 人文書院 2025
修理する権利 パーロン・パーザナウスキー 青土社 2025

読書生活

僕の読書生活の9割は図書館に支えられているが、以前書いたように、予約時期はバラバラなのに、しかも重い本がかぶらないように戦略的に予約しているつもりなのに、読みが外れるというか、重い本が一度に押し寄せてくることがある。今回もそうなってしまった。嗚呼、このタイミングでこの5冊。まいったな〜。

まずは「フェミ彼女」から。ソウルに住む30代男女の恋愛模様がコミカルに描かれる小説。鍾路、光化門といった耳慣れた地名がたくさん出てくるから親しみやすい。若者はハマっ子言葉なのに、主人公の両親は関西弁。これは、両親が慶尚道出身という設定によるらしい。「韓男虫」「6.9cm」といったネットスラングが笑える。24時間で読了。途中から、主人公の声が小川淳也になってしまい、なぜ、彼が総理大臣になれないのか、その理由がわかった気がした。ヒロインの顔は最後まで像を結ばず。

そして、藤原辰史の「食権力」。飢えを戦いの道具として、極めて計画的に行使してきた国家ありようが恐ろしい。第一次大戦中、イギリスの海上封鎖によってドイツ国内で70万人が餓死した記憶から、ナチの飢餓を武器にした植民政策の立案が始まる。ここで扱われているのは、ここ百年の文字通り「現代史」なのだ。それと地続きのものとして、ウクライナ戦争があり、イスラエルのガザの封鎖がある。日本の食料自給率は30パーセント台です。食料だけでなく石油が入らなくなっただけで、僕らは飢えに直面することになる。やっと2章を読み終えた。

「修理の権利」の冒頭、修理できない、修理を妨害する企業の代表としてアップル社が俎上に上げられる。特にAirPod。内蔵されているリチウムイオンバッテリーは2、3年で寿命を迎えるのに、バッテリーの交換は購入者はできないし、修理業社でも構造上難しい。つまり、買い替えと破棄を前提とした製品として売り出されている。しかも、リサイクルしようとしても、リチウムイオンバッテリー内蔵ゆえに発火の危険性があり、結局は埋め立て廃棄ゴミとなる。結局、富というものは、大地を痛め、貧しい人間を痛めつけることによって産み出されるのだ。藤原の本と通底するものがある。これもやっと第2章までたどり着いた。

そして、「仏教は科学なのか」。僕の20代のころからの友人二人が、仏教学者になった。結構な確率である。二人とも出世して、ぼちぼち長年の教員生活を終える時期に差し掛かっているらしい。どうも、狭い業界のようで、全く違うつながりで、それぞれ知り合ったのだが、この二人が顔を合わせる機会は割にあったという。両者が仏教徒であったかどうか、それを訊ねた覚えがない。実際、どうなんだろう。ともあれ、これから読みはじめる。





稽古日程更新

4月1日以降、等持院稽古場の稽古は「一般社団法人晴風学舎」の活動となります。

4月以降の変更点
*稽古会費を一部改定します。
*動法基礎を再開します。
*個別稽古と集団稽古各一回を組み合わせた月登録制を設けます。

稽古日程はこちらでご覧ください。

2026年3月21日土曜日

動法2026

あと10日で整体協会とはさようならだ。
当面、月刊全生は読みたいから、一般会員は継続の予定。それでも、長年、職員として関わってきたわけで、やはり寂しい。今月末が最後になる京都研修会館での稽古会にしても、1990年から続いているわけで、36年の歴史がある。今の気分とすると、2009年に事務員を卒業して、独り立ちした時の感じか。よるべのなさと、期待感が入り混じっている。

さて、4月から心機一転といきたいところだが、なんせ70を超えた爺さんになっている。稽古場がはじまって十年くらいは、稽古場は動法の場であった。当時、わたくし30代。稽古場が始まって十年後でも40代半ば過ぎ。青年ではないか。当時50代だったおばちゃんたちも、若者と一緒に竹の棒を振り回していたわけで、いや、たいしたものだと今になって思う。この世代の生き残りは、さすがに少なくなってきたが、しぶとく稽古を続けている人たちもいる。汗と涙の時代です。

跪坐ひとつできない、当時の足首の固さはなんだったんだと思う。第一世代が跪坐ができるようになると、第二世代は苦もなくそれができてしまうという不思議。第一世代は、文字通り外形から入ったわけで、ひたすらマゾヒストとなって、稽古に励んでいた。
この時の教訓。
1 自分の限界は自分では見定められない。
2 そこに他者が入ると、限界と思っていたものの先があることがわかる。
3 解像度を上げることで自分で自分を追い込むことができる。

で、4月から、再び動法と取り組むことにした。
毎週、「動法基礎」という名前で、動法の稽古をします。動法をちゃんとやってない人たちが増えてきてる風なので、今一度、鍛え直す。自分が年取ってきて、やってくる高齢の人には優しく甘くなってしまっているが、年齢関係なく、ちゃんと動法には取り組んだ方がよいというのが結論。とはいえ、ハード系の稽古にはならない。私自身のための稽古でもある。

2026年3月16日月曜日

戦争鬱

朝刊の一面が戦争の記事だと、それだけで気が滅入る。
政治家は自己保身のために戦争を始め、無辜の市民の命を奪う。
トランプはエプスタイン文書から目を外らせるためにイランを空爆し、日本の首相は、TM文書の追求を恐れ国会を解散させた。権力者は陰謀論の犬笛を吹き、愚鈍な市民は、その犬笛に踊らされる。

僕が育ったのは昭和30年代ということになるが、まだ、周りの大人たちの間では、先の戦争の記憶は色濃く残っていて、戦時中のひもじさを語る年若い叔母もいた。神社のお祭りには軍服を着た傷痍軍人の姿もあった。僕など、このような風景を目撃した最後の世代になるのだろうか。

さすがに、朝鮮戦争の記憶はない。十代も半ばに入ってからはベトナム戦争。20代になってすぐ合衆国にいったとき、ベトナム戦争はまだ続いていた。アメリカという国は戦争をしていたが、その国家に刃向かう若者の姿は輝いて見えた。ニクソンが大統領だった時代だ。そのニクソン辞任のスピーチをニューヨークで見た。夜中に酒を飲んで暴れまわるベトナム帰りの元海兵隊の男もいた。PSTDという言葉はまだ知らなかった。インドから、バンコク経由で日本に帰る途中、サイゴン陥落のニュースを知った。

戦争難民という存在を目の当たりにしたのはベナレス(バナラシ)からカルカッタ(コルカタ)へ向かう列車の中。脚の不自由な中年女性が物乞いをしていた。第三次印パ戦争による難民だったと気づいたのは、大分あとになってからだ。

ここまで書いてきたことは、半世紀前の思い出話。
いま、僕らが享受している平穏な暮らしなど、爆弾一発で崩れてしまう。

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キャロル・ギリガンの『抵抗への参加』を読んでいる。サブタイトルは「フェミニストのケアの倫理」。思春期の少女たちへのインタビューを通して、少女たちが家父長的社会へ入っていくときに何を諦めさせられているかを解読している。僕が心理学の本を読みはじめたころ、ギリガンは、すでにフロイドの心理学に内在する家父長的なるものへの批判をはじめていたのだ。

1950年代に生まれた僕など、戦後育ちとはいえ、家父長的な価値観を内面化して成長してきた。それでも、マチズモ的な価値観と比較的(あくまで比較的でしかないのだが)距離を置いて成人していったのは、いま振り返ると、母方の大家族のもとで育ったことが影響していることがわかる。貧乏人の子沢山の次女だった母の周りには、年下の弟妹が大勢いて、僕は二十歳前後の叔父叔母に囲まれて育った。左官だった祖父が威張っているのを見たことがない。むしろ、怖かったのは祖母の方だ。西日本の農村地帯に残る母系的な文化風土もあったことだろう。

1970年代80年代、京都で暮らしていた十年、周囲には当時のウーマンリブ系の女性たちが大勢いた。考えてみれば、不思議な十年間。岡山の田舎で育ち、数年の海外放浪期間を経て、京都の租界地に着地したようなものだ。黒川創が『この星のソウル』で描写しているような、アメリカのリベラル思想と日本、東アジアの社会運動が交差する不思議な空間に身をおきながら、いわゆる「運動」とは距離をとっていた。

そんな頃、野口晴哉の教育論と出会う。

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野口晴哉の教育論において、人生の出発点は胎児期におかれる。つまり、受胎と同時に教育が始まる。潜在意識教育論法講座と銘打たれた一連の書籍は、人がどのような道筋を通って成長していくのかを丁寧に説いている。この延長線上に、裕之先生の「育児講座」があり、その後、「双観法」「独観法」という整体の技法へと繋がっていく。つまり、人間にとって、他者とともにある状態がデフォルトなのか、それとも、一個の独立した人間である状態がデフォルトなのか、どちらを出発点に置くかという問題である。

二年前、近所のカフェで整体入門的な講座をやった時、整体の育児論を軸に話を進めることにした。その会の直前、『ケアの倫理』という本を偶然手にし、この講座に「整体育児論はフェミニズムと出会えるのか?」という隠れテーマがあることに気づいたのだった。僕はここまで、いろんなテーマで書き散らかしてきたけれど、家父長制という言葉も、フェミニズムという単語もまったく出てきてないのに、ここにきて、こんな壮大なテーマと出会うのかと、自分でも驚いた。

フェミニズムが「ケア」というものによって、家父長制を解体しようとしてきた試みと、「双」という集注を起点にした人間の探究は、どこかで出会うべきではなかろうか。僕がずっと所属してきた身体教育研究所という組織は、どちらかというと、ホモソーシャルな関係性の中で運営されてきた。それを下支えしてきたのは女性たちなのだが。もし、整体が権力に靡かない存在であり続けるのであれば、それはおそらく、内なる家父長的なるものと向き合わざるを得なくなる。これは、大きなテーマだ。

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いまのこの不機嫌に名前をつけるとすれば、戦争鬱しかない。

2026年3月13日金曜日

消滅する調和

 晴風学舎への移行準備の一環としてパソコンの中を整理していたら、本来、 僕のところにあってはいけないはずのファイルを発見。20年前の身体教育研究所の課題答案。紙で提出されていた答案60人分を夜鍋仕事で入力していたものらしい。はたして、これは仕事としてやったのか、それとも自発的にやったのか。今となっては不明。

 しかも、その課題というのが、昨秋の資格更新時に課題で出されたのと同じ、「稽古場で追求すべき整体とは、反対を与えない調和、根拠なき調和、消滅する調和のことであると表現されていますが、それらを解説しなさい」というもの。

 まずは、20年前の自分の答案と昨秋提出した答案とどれほど違っているのか比べてみる。結論からいうと、表現において、多少の進歩のあとは見られるが、内容的には同じ。進歩してないというべきか、ぶれてないというべきか。つまり、20年間、ずっと同じところにこだわりながら稽古してきた。進化せずとも、深化ありというところ。

 あらためて、他の人の答案に目を通してみる。結構、みなさんちゃんと書いている。稽古のことを言葉にする作業は難しい。上っ面な理解で書けば、人には伝わらないことを日々経験しているのが指導者という立場にいる人間だ。答案提出者の三分の一は、すでに故人となっている。歴史を紡ぐとはこういうことなのだ。きっと。

 このファイルは、ゴミ箱に放り込んでおくことにしよう。

2026年3月3日火曜日

辞表

整体協会に辞表を出す日が来るとは思わなかった。
整体協会に入会して48年、本部事務局に入社して40年、技術研究員となって18年。
ともかく、長い付き合いであることだけは確かである。

昨夏、師匠が突然、整体協会からの分離独立を宣言した。
おれになんの相談もなく、というのは、そもそも無理な相談だろうけれど、
一緒に闘ってきた自称同志としては、まったく青天の霹靂。
この感情を腹に納めるのに半年かかった。

こういう時は、先に逝ってしまった仲間たちに訊いてみるしかない。
それぞれの顔を思い浮かべながら、
「おまえさんたちが、オレの立場だったらどうする?」と声をかけてみる。
返ってくる答えは判で押したように皆同じで、逆に尻を叩かれる始末。

で、4月から新組織「晴風学舎」に加わることにした。
活動の中味はこれまで通りなのだけれど、一応、会員制の組織なので、
稽古してきた方たちにも、新組織への加入をお願することになる。

ゼロから立ち上げる組織。
前途多難の船出となりそうだが、幸いなことに、人材はいて、中味もある。
あとは、運営力。

これを機に稽古会費も上げようと思っている。
はい、便乗値上げです。