2026年10月14日水曜日
綾子舞
数日前から綾子舞のお囃子が家の中で鳴り響くようになった。
ブラジルからやってきているJulianaのアテンドとして綾子舞の稽古に付き添った妻がその場でその会への参加を決めたという。YouTubeで毎年柏崎で開催されている公開の会の映像を見つけ、そこから音声を抜き出して渡したら、iPod でひたすら聴いている。その何週か前に僕自身がJulianaに付き添い、はじめて綾子舞の稽古風景にふれ、その素朴な美しさに出会った感動を妻に話したこともきっかけになったのかもしれない。
1990年代、稽古場が立ち上がって、まだ間もない頃だったと思うのだが、北海道教育大の進藤貴美子さんたちがやられていた民俗舞踊研究会(この名称だったかどうかは不明)の人たちが稽古場に集まってきていた時期がある。大半は大学で教える体育教師たち。裕之先生が、日本文化としての動法を唱えはじめていた時期とも重なる。その付き合いは10年くらいは続いたのではないか。その過程で、進藤さんの生徒だった栗田完さんが、本格的に稽古会に加わるようになり、動法教授資格者となっていった。私にとっては、西馬音内盆踊り、早池峰神楽といった、東北に伝わる伝統芸能への得難い案内役だった。
京都の綾子舞の会を主宰されている方は、上述の進藤さんの系列に属する方で(おそらく)、稽古場の指導者仲間でもある。彼女が綾子舞の会をやられていることは以前から承知していたが、その綾子舞を目撃するまで十年もかかってしまった。これはJulianaのおかげ。進藤さん、栗田さんと、つながりつながって、そのつながりが、海外からの客人を媒介として、僕のすぐ隣にまでやってきた。長生きはするものだ。
2026年10月11日日曜日
2026年10月2日金曜日
2026年10月1日木曜日
歯が欠けた
お米を食べていたら、小石が混じっている。
え、今どき、米に石なんぞ混じることはないだろう。混じってたとしても、米研ぎの段階で気づくはずだ。いったいなんだろうと口から取り出してみたら、なんと歯の欠片。
え〜と思って、すでに欠けて、歯茎から上がなくなっている奥歯に触れてみるが、その歯ではない。指で一本一本たどってみるが分からない。今度は、舌で歯の裏側をたどっていくと、門歯から数えて4番目の歯の裏っかわに舌先がすっぽり入る箇処がある。これだ。どうやら、表側だけを残して、裏側が丸く外れてしまったらしい。長年の風雪に耐えられず、裏側だけが崩落した状態。容積的には、その歯の半分くらいがなくなったことになるが、両側の歯の間にあって、しばらくの間は、鎹としての役目は果たしてくれそうだ。
30年近く前、親不知を抜いて以来、歯医者にはおそろしくて近づいていない。
3人くらいの大人に体を押さえつけられて、口をこじ開けられ、大きなペンチ状のもの(抜歯鉗子というらしい)を口に突っ込まれ、力づくで歯を抜かれた。麻酔もキツくて、抜歯から半年くらいは廃人ように(大袈裟ですが)過ごしたことがある。もうトラウマ。以来、虫歯が痛もうが、水がしみようが、ひたすら歯ブラシで歯茎をゴシゴシ刺激して経過させてきた。野蛮ではあるが、あの歯医者の野蛮さとは比べようがない。
成人の歯の本数は親不知を入れて32本とか。奥歯はもうないが、まだ8割残ってる。よしっ。
2026年9月29日火曜日
AIとの付き合い方
AIとはどう付き合っていけばよいのだろう。
今の時代、ネットに接続される=AI利用になってしまう。
ネットの向こう側には、大きなデータセンターがあって、いずれ有害廃棄物となる半導体が大量に納められ、それに膨大な電力が投入され、その冷却のために大量の水が使われる。きっと、その向こう側には火力発電所や原発が湯気を吐きながら電力を生み出している。
仕事をしている輩ほどAI利用には前向きだ。
道具を使うことによって、人は道具に似てくる。
AIを使えば使うほど、人間がAI化していくのは、避けようがない。
徒手空拳のいきかたが、どんどんAIに絡めとられていく未来しか見えてこない。
滑らか、かつ空疎。そんな奴、もう周りにいる気がする。
AI-Buddhaは、すでに活動している。
アンドロイド・ブッダもいるらしい。
そのうち、Haruchika-botが作られるだろう。
晴哉先生の講義録、文章をまるごとAIに読み込ませて、ヴァーチャル晴哉を作り出し、そのHaruchika botが質問に答えてくれる。
なんだか、ぞわーっとしてきた。
2026年9月27日日曜日
ズレ
はやく操法できる立場になりたいという若者。
でも、操法って、おとなの仕事なんだけどな〜、と返答に窮す。
やりたいやりたいと言ってる人たちはいるけれど、
たいがいいまだ子ども、あるいは、ある種の変態にしか見えない。
そもそも、そんなにひとの人生と関わりたいのか?
言葉はむずかしい。
今のやりとりのように見えて、その会話が成り立つのは十年後ということだってある。今、この言葉を発しても、それが相手に届くのは十年後、二十年後かもしれない。ひょっとすると永遠に届かないかもしれないと思いながら、今、会話している。
ジェネレーションギャップというのは、それぞれが持っている時間の物差しのちがいから生まれるらしい。さて、十年は長いか短いか。
2026年9月26日土曜日
君を見上げて
年に一度、あるいは二度、連れ合いは不調を訴え、眠りモードに入る。
今週なかば、用事で行った大阪から帰ってきて、そのまま、眠りモードに入ってしまった。人混みを歩いたのも引き金になったのかもしれない。たまにトイレに立って(這って)ゲーゲーやってるが、まるまる60時間、布団の中にいた。
四日目になって、ようやく起き出してきた。まだふらふらする様子だが、少しづつ冬眠から覚めてきた感じ。立ち上がった姿をみると、ちょっと違和感がある。顔が上の方についている。もともと、短躯の僕より背は高いから、少し見上げるのはいつものことだが、いつもの角度だと、鼻口は見えるが、目を合わせられない。あらら、背が伸びてる。50近くなっても、背は伸びるらしい。
冬眠中の様子だと予定していた広島行きは無理だろうと宿はキャンセル、一人分の新幹線切符も払い戻してしまっていたのに、「やっぱり、広島に行こう」とのたまう。なに、このちゃぶ台返し。明日、切符が買えればという条件付きだが、広島に向かうことにした。
そういえば、「君を見上げて」というタイトルの小説、山田太一が書いてたな。
2026年9月14日月曜日
条件
8歳の孫がジージに弟子入りしたいという。
これは嬉しい。三兄弟のなかでは一番素質があるかもしれない。
ガッツはある。なんせ、3歳で家出して京都まで来た人なのだ。
次男坊ゆえなのか、気働きも抜群。
では、弟子入りの条件はどうしよう。
前回の回り稽古が終わったあと、等持院稽古場で担当指導者5人の座談会をやったのだが、その時に稽古場に入る者の「心構え」の話が出た。二子玉川に稽古場ができた当初、裕之先生がオリエンテーションの時に話されていたことである。
次の者、稽古場に入るべからず、という否定形ではじまる。
1. 自らの体を全力で使うことを惜しむ者
2. 自らの感覚を疑う者
3. 自らの身体をおそれる者
正確な文言ではないかもしれないが、概ね、以上に挙げたような内容だった。裕之先生がどういう意図でそう話されたのか、僕らは、それらを、どう受け止めていたのか。時代的背景も含め、今一度、吟味する意味がありそうだ。
そう、弟子入りに条件の話でした。
8歳の孫にはすでに上記3条件を満たしていそうだ。
というか、ここにたどり着くまで一代目は苦労する。
ダン先生がいっときよく「整体三代」と言っていた意味もここにあるのだろう。
欲張りジージは考える。
これにさらに条件をつけるとすると、何があるのだろう?
1 ) 10代20代のうちに海外で暮らす。最低一年。
マイノリティ経験のない人に指導者は向かない。ま、整体の水で育っていれば、自分がマイノリティであることは、どこかの段階で気づくことになるのだが。言語を通して、自分を相対化する経験も大事。
2)家事ができること。
料理、洗濯、身の回りのことが自分でできなきゃダメでしょう。力仕事もできたほうが良い。DIY的プリコラージュ能力は必須。
要するに自分に足りないものを列挙しているだけではないか。
2026年9月8日火曜日
書字計算法
寝苦しい夜が続いていたので、地球は「熱的死」に向かっているにちがいないと考えた。昔々、この熱死をテーマにしたSFを読んだ記憶があるのだが定かではない。エントロピーが飽和して動かなくなった世界。図書館で、この言葉をキーワードに検索したら『停滞空間』というタイトルの短編集が引っかかってきたので、借りて読むことにした。どっかの図書館の書庫で眠っていたらしい。アイザック・アシモフなんて、懐かしい名前ではないか。自分の読書ノートを探っても、ここ40年間、アシモフの名前は出てこない。さかんにSFを読んでいたのは20代まで遡るらしい。
この短編集に収められているのは、1950年代の作品。まだ、コンピュータは黎明期でしかない。なのに、AIを思わせるコンピュータが人間のすべての問いに答える「世界のあらゆる悩み」、人が自分で計算することができる能力を有することが奇跡とされる「ナンバー計画」等々、今の時代を予言する小説が連なっている。
「ナンバー計画」は書字計算法という、僕らのいう筆算の話。その中に、17x23という2桁同士の掛算が出てくる。思わず、紙の上で筆算してみる。問題なくできて一安心。次に出てきたのが5738x7239という掛算。4桁の掛算なんて、随分やってないぞと思いながら、これにも挑戦。指で繰り上がりの数を数えたり、ちょっと苦労しながらやり遂げる。
お目当ての、僕が熱的死と考えていた小説は含まれていなかったが、頭の体操はできた。次は6桁くらいの掛算に挑戦してみようか。ぼくらは、計算機が叩き出す数字を正しいと信じているが、本当に正しいのか、一度確かめた方がよい。
2026年9月3日木曜日
2026年8月29日土曜日
2026年8月28日金曜日
順調
目覚めはゆっくりだ。
生理的欲求で目を覚ますのだが、その欲求の現れ方がずいぶんゆるやかになってきた。トイレに駆け込むわけでもなく、慌てて冷蔵庫のドアを開けるでもない。家人が巻いてくれている煙草に火を点け、ゆっくり煙を吸い込んでいく。これが目覚めの儀式。
順調に老いている、と我ながら思う。
行動半径は日に日に縮まってきている。暑さのせいもあるけれど、人の多い街中に出るのは億劫だし、徒歩20分のコープに行くのさえ面倒くさい。石川も遠いが、月一回のことなので頑張って行く。東京千葉はさらに遠い。先日の整体観法講座も欠席。
耳はますます遠くなる。
集団のイベントへの参加にも腰が引ける。かろうじて、三日間の稽古会には出ているが、果たしていつまで続けられるか。耳が遠くなるということは、耳からのインプットはもう十分ですよと体が言ってるわけで、むしろ、集団からは身を引いて、ひとり思索にふける、来る人だけを相手に稽古する段階に入っているように思う。
と言いながら隠居への道は遠い。
2026年8月25日火曜日
2026年8月24日月曜日
2026年8月13日木曜日
声の記憶
時間と共に風貌の記憶は薄れていく。それに比べると、声の記憶は風化しない。
この歳になると、鬼籍に入ってしまった知り合いの数が増え、電話帳のリストのうち、2割を占めるようになった。亡くなったからといって、電話帳から消すのは忍びなく、(故人)と付け加えて、そのまま入れている。
故人を振り返っていくと、その人を声で記憶していることに驚く。
半世紀も前に亡くなった祖父母の声をちゃんと覚えているし、三十年近く前に亡くなった母親の声の記憶も鮮明だ。その人との近さが反映されているようにも思える。それに比べると、視覚的記憶の方があやしく感じるし、覚えていたとしても、案外、写真の記憶だったりする。
耳は遠くなったが、昔の声はよく聞こえる。
お盆ですね。
2026年8月12日水曜日
旅はつづく
この夏の課題図書はインゴルドの「教育とは何か」(亜紀書房 2025)。若い友人たちからインゴルドの名前は聞いていたが、著書にあたるのははじめて。文化人類学者インゴルドが旧態依然とした教育システムをデューイの教育論に立ち返って語るという建て付けの本である。原題は、Old Ways, New People、副題がAnthropology and/as Educationとある。
振り返ると、僕がここにいるのは、1973年秋、デューイ、イリイチ、フレイレの本に出会ったからだと言えなくもない。これらの思想に出会って感動したとか、そういう話ではなくて、この人たちの著書を英語で読まざるをえない環境の中で、強烈な異化感、消化不良感が、以来ずっと続いているといった方が正確だろう。逆説的だけれど、これだけとっても、FWC(Friends World College)で学べてよかったと思えるのだ。
その異化感と向き合う過程の中で、補助線として現れたのが野口晴哉の成長論、人間論。その補助線がいつのまにか主線に入れ替わってしまったというのが、ここ半世紀の要約である。3人の中でデューイを一番後回しにしてきたから、インゴルドを先導役に、デューイの世界に踏み入っていくのも良いのではないかしらね。
まだ読みはじめたばかりだけれど、バラッド同様、新しい造語を作りだし、英語の構造そのものに挑んでる感じがあって好感が持てる。
2026年8月5日水曜日
おかのり
おかのりの苗を分けてもらったので庭に植えてみた。どんどん蔓を伸ばして葉を付けていくのだが、使い方がよくわからなかったので放置していたのだが、ゴーヤと一緒にどんどん上に伸びていって屋根に届きそうなので、いい加減収穫せねばと葉を摘みはじめた。まずは茹でてみる。味見してみると、ちょっとほうれん草に似た味わいで粘りがある。これならおひたしにして鰹節散らせて食べればいけそうだ。たしかに、おかのりとはよくいったもので、海藻の食感。これで毎度の食卓に一品増やせるではないか。8月は、ゴーヤとおかのり、それに佐伯さんから買ってくるナスで乗り越えられそうだ。
2026年8月3日月曜日
自己紹介
ここ一週間くらい、妙にこのブログを見にきてる人が多い気配があったのだけれど、今日、新しい風韻が届いて、その謎が解けました。今月中旬くらいと予告されていた風韻がもう発行発送されてたのですね。ならば、ちょっと、自己紹介しておかねば。
はじめまして角南です。
京都で世界一小さい(おそらく)稽古場を開いています。
38年前、整体協会に本部稽古場が開設されたとき、事務局で働いていたのですが、暇そうにしていたせいなのか、稽古場運営の事務方を任されることになり、以後20年、途中からは、稽古担当も兼ねながら事務局に籍を置いていました。2009年、二足の草鞋はもう限界と無理やり事務方を卒業し、給与のない生活に突入。2015年に拠点を東京から京都に移し、はや11年になります。青年老やすく学なり難しで、70代中盤に突入。そうそう、近年、耳遠くなってコミュ障気味です。以後、お見知りおきを。
今回の風韻に寄稿した原稿の元々のタイトルは「稽古場の冒険」。適当に改変してくださいといって編集部に渡したのですが、予想の上を行ってくれました。原稿の最終行に「おのおの方、準備はできましたか」という脅し文句が入っていたのですが、これもオミット。僕としては、芭蕉の引用も含め、「旅」を裏テーマにしていたのですが、ちゃんと伝わってそうですね。月刊全生からの写真がデカデカと使われている。38年前の秋ですね。竹を構えているのは佐々木正則さん。四半世紀前かもっと前、裕之先生はしきりに「21世紀の整体にしなきゃいけない」とおっしゃっていた。新しい世代の文章を読んでいると、それが「脱整体」というかたちで実現しつつある。期待しかない。
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