飛地という不思議な土地がある。
四方を異なる行政区域に囲まれた、島のような存在だ。
そこは飛地であった。
ドイツの中に存在する、その国ではない土地。実在する土地があるわけではない。ただ、日本語で運営され、日本に本部のある組織に住民登録し、その組織の規則が適用されている。そのような人たちが住む仮想の場所。外からの客も受け入れるが、客は日本ルールに沿って振る舞うことを求められる。定期的に日本から指導者と呼ばれる人がやってきては、しばらく滞在し、新しい知恵を置いて帰っていった。住民はその知恵を仲間と共有し、次の来訪を待った。
飛地に住むことを選ばなかったグループもいた。
フランスで、スペインで、あるいはブラジルで、本国から持ち込んだ教えを、その土地に定着させようとした。定期的に、時には仲間を伴って母国を訪れた。ただ、それぞれの地への定着が進むにつれ、母国との紐帯は時間と共に細くなり、移住した者たちは、自分たちの後継者を、その土地の言葉で育てることにした。やがて、第一世代はいなくなり、各々のグループは独自の道を歩みはじめる。
ヨーロッパには、日本からありとあらゆるものが伝わっている。
日本では全く知られてないグループや個人が活動の場をヨーロッパに求めた例もある。ただ、一匹狼故に、その人がいなくなってしまうと、その周囲にいた人たちは行き場を失う。その師の言葉を手がかりに、自分たちが、その師から学んできたものがどこから来たのかを探し始め、やがて飛地に通っていた指導者が属していた組織にたどりつく。聞いている話は断片的でしかなく、詳しくは知らない。師の教えと近いものがありそうだからと、一念発起して、日本のその組織を訪ねてみる。飛地で行われている会に参加してみたら面白いし楽しい。自分の仕事に取り入れられるかもしれない。ただ、ここでの教えを学ぶには十年かかるという。しかも、old school とnew schoolのふたつがあるらしい。
飛地ができて半世紀。異国の地で暮らしはじめ、働き、家族をつくり、半世紀生きてきた。飛地での経験、人との繋がりによって、この地でよりよく暮らせた。ただ住民の高齢化は顕著で、このままだと飛地自体消えてしまうかもしれない。この飛地での経験と迷子たちをつなぐ道はあるのだろうか。その日本の組織の活動範囲は日本国内に限定されているようである。とはいえ、迷子たちが自ら飛地を形成することに意義を見出せるとは思えない。変わるべきなのは日本の組織の方かもしれない。