2025年7月14日月曜日

ブラジル組

ウイーンでの稽古会にブラジル組が参加してくれた。
サンパウロで活動する田中さんの仲間たちである。

ひとりは4年前、コロナ禍のとばっちりで、ゲーテ協会の招きで日本に来るはずだったのに、”online residency program”なるものに甘んじなければならなかったL。ベルリンを拠点とするダンサー/コレオグラファー。ZOOMでしか会ってなかった本人が生身の触れ合える人間として、目の前に現れた。→ skima

もうひとりはJ、奥さんと二人でオランダのDelftという街からやってきた。12年前、ブラジルに田中さんを訪ねた時、世話を焼いてくれたJは、その後、ボストンで5年暮らし、今は、オランダで暮らしているという。多感な青年が、逞しいややオジサンの要素まで付け加えて姿を見せた。→ road to brasil 2013

そのJ、稽古会の前日、録音機材と撮影用の三脚まで持って僕らの宿に現れた。延々2時間、幼少期から、青春時代、整体との出会い、さらにその先のことまでインタビューされた。かつて、こんなに自分のことを喋ったことはない。稽古場には30人の指導者がいて、ひとりひとり語ることは違うだろう。僕に整体を語る資格はないけれど、ひとりの整体の徒として経験したことなら話せるかもしれない。そんな風にインタビューは始まった。2時間喋ったらもう疲労困憊。ただ、本番へのよい助走にはなったように思う。“My story with Seitai “というタイトルの本が一冊書けそうなくらい濃密な時間だった。

Jとは、東京で会い(大井町稽古場)、サンパウロで会い、そして、ウイーン。3大陸で同一人物と会う機会って、そうはないよね。ものごとの伝わっていく様は不思議という他ない。