2024年3月30日土曜日

3月の読書

茶の湯の冒険 森下典子 文春文庫 2024
オッス! 食国* 小倉ヒラク 角川書店 2023
MOCT 「ソ連」を伝えたモスクワ放送の日本人*  青島顕 集英社 2023

2024年3月27日水曜日

遍路2024 その5

単調な国道をてくてく歩いていると歌が生まれてくる。
それとも、いつかどこかで聴いたことのある曲を口ずさんでいるのか。
Keep on walking, keep on walking,
You’ll be get there, 
Some time soon …
単純な歌詞をリフレインしてメロディーを変えながら繰り返し歌う。
ほとんど、70年代フォークのような歌詞が英語で出てくる。

歩き続けることで、詩が生まれる。
胸で芽生えたかすかな感覚が腹におり、腰に動き、
背中を上がって、首を通り抜け、口から言葉となって現れる。
なんだ、頭なんてなんもしてない。

歩き続けることで、人は哲学者にもなる。
-
体験と消費の違い。
体験によって人は変容する。
消費する人は変わらない人だ。
-
なぜ歩くのかと訊くのは愚問だ。
道があって、昔から多くの人がこの道を歩いていった。
何を想いながら、その人たちは歩いていたのだろう。
そんなことに思いを馳せながら歩く。

↓ 今回の唯一の写真。小雨の足摺岬。



2024年3月24日日曜日

遍路2024 その4

遍路の一日はシンプルだ。
朝6時前に起き出して出発の準備。
6時半、7時くらいに朝食をいただいて、7時過ぎには歩きはじめる。
お昼は、どこかのコンビニ、道の駅、スーパーなどに立ち寄って軽く食べる。
3時には宿に着いて、4時〜5時くらいに入浴。
洗濯がある場合には、この時間に並行してやっておく。
遍路宿の場合は、6時半くらいから夕食。
食事がつかない宿であれば、外に食べに行く。
7時には、もうやることがない。

部屋にテレビが置いてあれば、普段は観ないテレビを点けるが、観たい番組はない。
久しぶりに大相撲を観たが、数年見ないうちに力士の顔ぶれがガラッと変わってしまった。尊富士とか大の里とか、若手の力士が出ている。
ニュースを見ても、まるで遠い世界のことのようだ。
遍路とはいえ、出家者に近い感覚になっているようだ。

10時には布団に入る。
2時間おきくらいに目は覚めるのだが、その都度、脚の疲れが抜けていくのが実感される。いつもとは違ったレイヤーの夢をみる。それだけ、深く眠っているということだろうか。
目覚ましを6時前にセットしていても、必ずアラームが鳴る前には目覚めている。

さて、今日も歩こう。

2024年3月23日土曜日

遍路2024 その3

1日25キロ歩く。おそらく、これが今の自分の適正移動距離。江戸時代の旅日記などを見ると、皆、一日八里32キロを普通に歩いていることを思えば、僕はまだまだひ弱な現代人だ。健脚の人もいる。どこかの宿で一緒だった82歳だという男性など、もう20回も八十八ケ所回っていて、今回は28日で歩く計画だという。1日40キロにもなるではないか。なんか記録に挑戦しているアスリートのよう。

僕が遅速であることは間違いないのだが、その原因が休憩を取りすぎる点にあるのだと気づいたのは、歩き始めて4日目くらいのこと。1時間歩いて10分休んでいたのでは、平均移動速度は上がらない。そうか、もっと長い時間歩き続ければよいのだ。歩みを止めれば体が休まるかというと、あまり関係ない。一旦休憩してしまうと、そこから元の速度に戻るまで、時間が取られてしまうのだ。それからは、休憩の回数を減らしてみることにした。

歩く体になるまで5日くらいかかる。区切り打ちの場合、歩くことに慣れたなと思うころには、もう帰る日が近づいている。おそらく、通し打ちでないと見えてこない風景というのもあるに違いない。

2024年3月22日金曜日

遍路2024 その2

遍路が歩く道には大まかにいって3種類ある。
ひとつは国道。つまり、車が走ってる脇を歩く。もうひとつは旧道。住民の生活道路。もともと車もいっぱい走ってた道なのだろうが、新しい道路ができて車の通行量は少ない。そして、昔ながらの遍路道と呼ばれているもの。多くは峠越えの山道で、昔の名残りをとどめている道だ。多くは土の道だが、中には整備されて砂利やコンクリートが敷かれているものもある。

遍路として歩く距離は、圧倒的に国道が多い。おそらく8割くらい。旧道と遍路道はそれぞれ1割くらいではないだろうか。9割くらいはコンクリートの道を歩くことになる。これは脚にとっては結構な負担になる。やはり、コンクリー道は車のためのものだ。車道を歩くときは、できるだけ側溝の上を歩く。足の下に空気の層があるだけで脚の感覚は随分と違う。車道から一段高いところに歩道を設けているところもあるが、この歩道が曲者で、走っている車から身を守るには有効であるに違いないのだが、歩道自体の中に小さなアップダウンが形成されていることが多く、これは脚への負担を増す。

長いトンネルを歩くと、文明の暴力性を体感することになる。今回、一番長いもので1.6キロのトンネルを抜けたが、苦行以外の何ものでもない。ゴーゴーと重量感のある音が前後左右全方向から襲ってくる。シュシュシュシュという高速回転するタイヤがコンクリートを削る音が加わる。どうして、そんな重い乗り物が、どうしてそんなに急いで、いったい何を運ぼうとしているのか。現代文明の強迫症がダイレクトに伝わってくる。

今回は、高知市から足摺岬まで歩いた。帰途は、その同じ道をバスと電車で運ばれていく。窓の外の風景を眺めながら、時計の針が逆回転していく。やだな。

2024年3月21日木曜日

遍路2024 その1

3年目に入った四国遍路、高知市内の雪蹊寺から足摺岬を目指す。
脱Googleマップが今回のテーマのひとつ。スマホの画面見ながら歩くというのは、かっこ悪い。とはいえ、連絡用のスマホは携帯しているから、100%脱Googleマップとはいかなかったし、最近は、お遍路アプリというのもあるようで、それを頼りに歩いている外国人お遍路さんに道を教えてもらうことも一度ならずあった。持参したスマホのカメラはしょぼくて、今回、写真もほぼ撮らず。

モンベルで決めているお遍路さんが多い。僕にしても、リュック(十年前に購入したもの)に、ポンチョと帽子はモンベル製だ。たしかに、荷物の軽量化を考えると、山歩きスタイルに落ち着く。荷物を軽くするには、まず衣類を減らすことが近道で、一日歩き、宿に着くやいなや、浴衣に着替え、着ていたものは洗濯機に放り込み、その後乾燥機に入れてしまえば、翌朝には同じ格好で出発できる。合理的だ。僕のような稽古着スタイルは、ちょっと中途半端。稽古着姿で歩き、宿に着いたらラフな洋服姿に切り替えるというのは、みなさんと逆。今回の土佐路は温度変化が大きく、朝7時に出発する時にはダウンのベスト、ジャンパーを着込み、陽がさして身体が温まってくると脱いでいく。稽古着と洋服を重ね着するという、この折衷が不愉快。稽古着用のアウターを考えなくてはいけない。

何回かに分けて、今回の遍路旅を振り返ってみることにする。

2024年3月20日水曜日

身体論講座

4月からご近所のシェアキッチンで「身体論」の講座を始めます。
座学ってやったことがないので、はたしてどういう展開になるのやら。
身体論といっても、「極私的身体論」になることは必定。
今日(3/20)、プレトークをする機会があったのですが、2冊の本を持参し、「私の話は、この2冊の本の間を往き来することになるでしょう」と予告して来ました。一冊目はエリック・カールの『はらぺこあおむし』(偕成社)、そして、もう一冊が田中聡の『身の維新』(亜紀書房)です。