2025年8月6日水曜日

京都十年 その2

 京都に戻ってきてからの十年、なぜ昭和のラジオ少年が整体の道を志したのかということを、ずっと考えていたように思う。不思議っちゃあ不思議でしょ。科学技術全盛の時代に育ち、真空管ラジオを組み立て、自作機でアマチュア無線をやっていた少年が、紆余曲折の末、野口晴哉の思想と出会い、整体の道に入る。

 科学とはなにか、科学技術とはなにか、稽古会に来ていた人の主宰する読書会などで、整体の話をしようとすると、どうしても、自分がどこからやってきたのかについて考えざるを得なくなる。そうして、日本人はどのように科学技術を受容してきたのかという歴史にまで射程を広げざる得なくなっていった。そして、自分自身が、時代の流れの中で、ラジオ少年となっていったのか、少しづつ理解するようになった。→ 読書会メモ

 そんなラジオ少年が、いきなり異文化に放り出される。そこからが第二幕、20代ということになる。三年弱の期間の中で咀嚼できなかった体験をどう理解していくのか。そもそも、体験するとはどういうことなのか。人が学ぶとは、どういうことなのか。そんな疑問がライフワークとなっていく。そう、ライフワークとは、大きな異化感から生まれる。その糸口として、整体を学び始める。→ 学ぶということ

 現在地にたどり着くまでの過程は、積み重なる偶然の産物に過ぎない。もちろん、折々、種々の選択をしてきたことは、その通りだけれど、その選択にしても、十年前、この家に一目惚れした時のように、「ふと」選んでしまうのだ。最初は小さな選択であったとしても、ものごとが動きはじめると、とんでもない未来が立ちあらわれてくるのが、人生の面白いところでもある。あれよれよという間に70代になってしまった。