2025年8月11日月曜日

京都十年 その3

世界一小さい四畳半の稽古場というのが、ここの売り文句。
それでも、十年の間に、多くの人がやってきた。
定着率の低さは自慢にもならない。

新しい出会いを得て結婚宣言した時の、稽古参加者の激減ぶりは予想以上だった。
そうか、自覚はなかったけれど、みなさん僕のことを男として見ててくれていたのだ。それとも、整体指導者は清く正しい存在であるべきという規範があったのか。たしかに、整体指導者って、俗と聖のギリギリの間に棲息する生きものなのだ。俗な話を聞くことをを自らの動力にして、しゃーしゃーと生きる妖怪なのかもしれない。

海外からも大勢やってきた。
ことに、ブラジルの田中さん繋がりの人にとって、日本にやってくることは聖地巡礼であり、その中のひとつに、この小さな稽古場を含めてもらったのはありがたかった。ドイツから定期的に訪ねてきてくれる人もいた。自分自身が海外に出かけることは、考える余裕さえなかったが、不思議なご縁で、この6月、ヨーロッパ行きが実現した。

それぞれの稽古場には、会員同士のコミュニティが形成されることが常なのだが、結局、等持院稽古場には、そのようなものは生まれなかった。生まれかけては消えていった。コロナの影響も大きい。僕が亭主で、稽古する人は客としてやってくるというスタイルが定着してしまった。

十年で、一巡りした感じはある。
十年って、こんなに速く過ぎていくものなのか。