2026年3月28日土曜日

読書生活

僕の読書生活の9割は図書館に支えられているが、以前書いたように、予約時期はバラバラなのに、しかも重い本がかぶらないように戦略的に予約しているつもりなのに、読みが外れるというか、重い本が一度に押し寄せてくることがある。今回もそうなってしまった。嗚呼、このタイミングでこの5冊。まいったな〜。

まずは「フェミ彼女」から。ソウルに住む30代男女の恋愛模様がコミカルに描かれる小説。鍾路、光化門といった耳慣れた地名がたくさん出てくるから親しみやすい。若者はハマっ子言葉なのに、主人公の両親は関西弁。これは、両親が慶尚道出身という設定によるらしい。「韓男虫」「6.9cm」といったネットスラングが笑える。24時間で読了。途中から、主人公の声が小川淳也になってしまい、なぜ、彼が総理大臣になれないのか、その理由がわかった気がした。ヒロインの顔は最後まで像を結ばず。

そして、藤原辰史の「食権力」。飢えを戦いの道具として、極めて計画的に行使してきた国家ありようが恐ろしい。第一次大戦中、イギリスの海上封鎖によってドイツ国内で70万人が餓死した記憶から、ナチの飢餓を武器にした植民政策の立案が始まる。ここで扱われているのは、ここ百年の文字通り「現代史」なのだ。それと地続きのものとして、ウクライナ戦争があり、イスラエルのガザの封鎖がある。日本の食料自給率は30パーセント台です。食料だけでなく石油が入らなくなっただけで、僕らは飢えに直面することになる。やっと2章を読み終えた。

「修理の権利」の冒頭、修理できない、修理を妨害する企業の代表としてアップル社が俎上に上げられる。特にAirPod。内蔵されているリチウムイオンバッテリーは2、3年で寿命を迎えるのに、バッテリーの交換は購入者はできないし、修理業社でも構造上難しい。つまり、買い替えと破棄を前提とした製品として売り出されている。しかも、リサイクルしようとしても、リチウムイオンバッテリー内蔵ゆえに発火の危険性があり、結局は埋め立て廃棄ゴミとなる。結局、富というものは、大地を痛め、貧しい人間を痛めつけることによって産み出されるのだ。藤原の本と通底するものがある。これもやっと第2章までたどり着いた。

そして、「仏教は科学なのか」。僕の20代のころからの友人二人が、仏教学者になった。結構な確率である。二人とも出世して、ぼちぼち長年の教員生活を終える時期に差し掛かっているらしい。どうも、狭い業界のようで、全く違うつながりで、それぞれ知り合ったのだが、この二人が顔を合わせる機会は割にあったという。両者が仏教徒であったかどうか、それを訊ねた覚えがない。実際、どうなんだろう。ともあれ、これから読みはじめる。