2023年12月22日金曜日
トマス・チャーリー・蘭杖 薩摩琵琶演奏会
*京都での演奏会の翌日11月14日、鎌倉で行われた演奏会の映像が公開されているので、主催者の許可を得てリンクを貼っておきます。
トマス・チャーリー・蘭杖 薩摩琵琶演奏会
日時 2023年11月13日(月曜日) 19時~20時 (開場18時半)
会場 西陣の町家 古武 京都市上京区大宮通五辻上ル
駐車場・駐輪場はありません 路上駐輪も禁止です。
会費 2000円
定員 20名 (10/3 定員に達しました。以後、キャンセル待ちとなります。)
予約 等持院稽古場・角南(スナミ)まで
075-465-3138
会場 西陣の町家 古武 京都市上京区大宮通五辻上ル
駐車場・駐輪場はありません 路上駐輪も禁止です。
会費 2000円
定員 20名 (10/3 定員に達しました。以後、キャンセル待ちとなります。)
予約 等持院稽古場・角南(スナミ)まで
075-465-3138
dohokids@gmail.com
トマス・チャーリー・蘭杖
Thomas Charles Marshall is from Westmeath in Ireland. He is Director of Music and Organist at St Ann's Church Dawson St, Dublin. He lived in Japan from 1994 to 2008 during which time he studied Seiha Satsumabiwa with Yoshinori Fumon (1911-2003), receiving the title Ranjo.
2023年12月15日金曜日
スマホは必要か?
iPhoneの調子が悪くなって2ヶ月経過。
キャリアを換えようとしたところから不調が始まった。
アンテナ表示が立った状態と圏外を気まぐれに行き来する。
まったく信頼性に欠ける。
ネットの方は、iPadがあるから、そっちを使う。
場合によっては、iPadをルーターにしてiPhoneをぶら下げる。
要は、携帯電話の通話機能とショートメールが使えるか使えないかの問題。
携帯なくて大丈夫なのか?
白山稽古会で京都を二日間離れる。なんの問題も起きない。
緊急な案件が起きれば、それは不便かもしれないが、通常運転な限り不都合はない。
すでに携帯電話を捨ててしまった連れ合いに連絡を取るときには、公衆電話からイエデンにかける。
つまり、携帯電話の通話機能は、平常運転でもほとんど使っていない。
二人とも外に出ると、お互い連絡の取りようがないが、これは事前の打ち合わせでカバーする。
結論からいうと、携帯電話は便利だけど、無くても困らない。
むしろ解放感がある。
iOSを17.2にアップデートしたら、電波の掴みが心持ち改善された。
気まぐれなiPhoneを持ち続けるべきか、それが問題だ。
振り返れば、十年前に使っていた小型PHSとiPadの組み合わせが最強だったかもしれない。
2023年12月14日木曜日
洛句
参加させていただいている連句の会の会報に寄稿するようになって一年になる。半年に一度、都合3回、書かせてもらったが、なかなか難しい。基本的に、俳句連句の知識に乏しいから、自分がやってきた稽古との絡みで書いていくしかなく、このブログで日々書いている文章の流用になってしまう。それでも、数十人の異分野の人たち相手に書くことには、多少の緊張感もあるし、編集者とのやりとりから学ぶことも多い。ここまで書いた3回分の原稿をPDFで載せることにした。もし上手くファイルが開けなければ、ご連絡をいただければお送りします。
2023年12月12日火曜日
2023年12月7日木曜日
未来に視点を置く
11月丸一か月低潮期が続いた。全てにおいてスローペース。いくらでも眠れる。なにもしなくとも満足。月末三日間の稽古会が終わって、ようやく動く気分になって来た。この風邪はいったい何だったのかと振り返ると、ここまでは60代の延長で生きてきたのだということに気づく。先の予定を考えることが苦痛で仕方なかった理由もここにあった。この大風邪が区切りとなり、ようやく70代の体になったということなのか。
60代、つまり過去に置かれていた視点が、たとえば5年後に置かれ、そこから今を見るということがやっとできるようになった。5年後も僕は生きていそうだ。つまり、この仕事を続けている。であるならば、今をどのように過ごすべきかも自ずと見えてこようというものだ。新しい5年卓上日記も買った。
2023年11月30日木曜日
迷う
39度超えの発熱があったことは書いた。十何年ぶりの発熱のつもりでいたが、備忘録がわりのこのブログを辿ってみたら、8年前にも同じくらいの発熱があったことに気づいた。その時も胸系の風邪だった。発熱するとは、いわば自分の体を毀すということで、そこからどのように体が再構成されていくか経過を見ることになるのだけれど、今回の経過もゆっくりだ。いったい、どっちに向かっていっているのか皆目見当がつかない。体が迷ってる。
体力が落ちていると稽古に来る人の数は減る。おまけに、11月は、会場が取れず白山稽古会は休会。結果、月あたまの千葉東京行き、薩摩琵琶の演奏会、洛句の原稿書きくらいで、時間だけはたっぷりある。事件はいろいろ起こる。靴はなくなる、自転車は壊れる、iPhoneは不調。これはなにかの前兆なのか?
時間はあるので、モノ減らしに手をつけることにした。まずは本。古本屋にでも引き取ってもらおうと、本棚を片付けはじめる。小さな本棚に収まる量、しかも、二重にならない量しか本は持たないと決めいていたのに、本は増殖し、しっかり二重に並ぶのみならず、床に平積みされている。段ボールに詰めていく。面白いもので、比較的最近買った本から順番に詰められていき、結局残ったのは煤けた背表紙の本ばかりだ。まだ読んでない古典の類、俳句・連句関連のもの、つまり、京都に引っ越してくる前からのものが居残ったことになる。
発熱したのは10月末の三日間の稽古会の前後で、11月の稽古会でちょうどひと月たった。充実の一ヶ月。そして、明日から師走、つまり来年1月の稽古予定表も出さなくてはならないのだ。
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