2025年7月10日木曜日

時差ボケと熱帯夜

京都に戻ってきて一週間が経つのだが、いまだに時差ボケから抜け出せていない。夜の早い時間に眠くなり、それが収まると夜中に目が冴えてくる。で、本を読んだり書きものをしているうちに、外が白みはじめ、ようやく布団に入る。そして、朝の遅い時間、今度は暑さで目覚める。

ヨーロッパも暑かったが、湿度が低い(ウィーン38%)から、日差しは強くとも木陰に入ると涼しいし、屋内もそれほど気温は上がらない。それに比べると、京都の湿気は79%で、平屋のわが家など、すぐ屋内で30度を超え、しかも夜になっても下がってくれない。常に熱中症と隣り合わせ。月刊全生に載っていた低温風呂を試して、だいぶ暑さに対する感受性は変わった。つまり汗が内向して、体の中に冷えが残っている。

そうこうしているうちに、今度は稽古場のエアコンが壊れた。前住者が残していった20年以上前の旧式のものだから、寿命が尽きたともいえる。仕方なく、近所の電器屋さんに、取り替え工事をお願いした。えらい出費だ。

暑さで記憶が溶けてしまう前に、ヨーロッパのまとめをしておこうと、「飛地と迷子」という文章を書いた。回りくどい分かりづらい文章になっているけれど、これは意図的にそうした。わが組織に海外会員がどれだけの数いるのか知らないけれど(今度、問い合わせてみよう)、すこしは、日本の外のことも考えていかないと、日本社会の少子高齢化をもろに反映している現状を変えられないのではないか、とも思う。僕はいつも境界線上にいる。

この週末は白山稽古会。

2025年7月7日月曜日

飛地と迷子

飛地という不思議な土地がある。
四方を異なる行政区域に囲まれた、島のような存在だ。

そこは飛地であった。
ドイツの中に存在する、その国ではない土地。実在する土地があるわけではない。ただ、日本語で運営され、日本に本部のある組織に住民登録し、その組織の規則が適用されている。そのような人たちが住む仮想の場所。外からの客も受け入れるが、客は日本ルールに沿って振る舞うことを求められる。定期的に日本から指導者と呼ばれる人がやってきては、しばらく滞在し、新しい知恵を置いて帰っていった。住民はその知恵を仲間と共有し、次の来訪を待った。

飛地に住むことを選ばなかったグループもいた。
フランスで、スペインで、あるいはブラジルで、本国から持ち込んだ教えを、その土地に定着させようとした。定期的に、時には仲間を伴って母国を訪れた。ただ、それぞれの地への定着が進むにつれ、母国との紐帯は時間と共に細くなり、移住した者たちは、自分たちの後継者を、その土地の言葉で育てることにした。やがて、第一世代はいなくなり、各々のグループは独自の道を歩みはじめる。

ヨーロッパには、日本からありとあらゆるものが伝わっている。
日本では全く知られてないグループや個人が活動の場をヨーロッパに求めた例もある。ただ、一匹狼故に、その人がいなくなってしまうと、その周囲にいた人たちは行き場を失う。その師の言葉を手がかりに、自分たちが、その師から学んできたものがどこから来たのかを探し始め、やがて飛地に通っていた指導者が属していた組織にたどりつく。聞いている話は断片的でしかなく、詳しくは知らない。師の教えと近いものがありそうだからと、一念発起して、日本のその組織を訪ねてみる。飛地で行われている会に参加してみたら面白いし楽しい。自分の仕事に取り入れられるかもしれない。ただ、ここでの教えを学ぶには十年かかるという。しかも、old school new schoolのふたつがあるらしい。

飛地ができて半世紀。異国の地で暮らしはじめ、働き、家族をつくり、半世紀生きてきた。飛地での経験、人との繋がりによって、この地でよりよく暮らせた。ただ住民の高齢化は顕著で、このままだと飛地自体消えてしまうかもしれない。この飛地での経験と迷子たちをつなぐ道はあるのだろうか。その日本の組織の活動範囲は日本国内に限定されているようである。とはいえ、迷子たちが自ら飛地を形成することに意義を見出せるとは思えない。変わるべきなのは日本の組織の方かもしれない。

2025年6月28日土曜日

6月の読書

旅の伴に連れて来た2冊。
予想通りというか、たまに頁をめくるだけで、読んだとは呼べない。
これとは別に白誌47号、2023年7月の稽古会記録を持ってきた。
体を捌く。これっきゃない。





2025年6月27日金曜日

ドイツ稽古会

ドイツ稽古会は1973年にスタートしたらしい。
胃潰瘍だか十二指腸潰瘍の手術を控えていた、ある楽団に所属していた日本人ホルン奏者が竹居先生を訪ね、指導を受けたことが始まり。今回のドイツ滞在で、そのようなエピソードをそのホルン奏者本人とその連れ合いから聞いた。そこから、ドイツにおいては音楽関係者の間で整体の輪が広がっていく。

2001年から2013年までの間、ドイツ稽古会には数えてみると8回来ているが、いずれも合宿形式の会に呼ばれて稽古をしてきただけだったので、参加者と個別に話す時間はあまりなかったし、この会がどのように始まり、どのように続いて来たのかを聴くこともなかった。今回は家庭訪問のようにいろんな人の家を訪ね歩くことになり、一人一人の整体との関わりを聞き書きしている。

半世紀前にこのグループに加わった人たちは、このつながりを拠り所の一つとして、演奏者として、同時に生活者として年月を重ねてきた。リタイヤして、終の住処をどこに定めるかは、一人ひとりの大きなテーマであるし、半世紀続いて来た整体稽古会ーこちらではゼミナールと呼んでいるーも、この先どう続けていくのか、岐路に差し掛かっている。竹居先生が四半世紀ドイツに通い詰めて基礎を築き、その後を、若手指導者が引き継いで、これまた四半世紀。時代の変化とともに、当地の稽古会も姿を変えていくことになる。

2025年6月26日木曜日

【予告】薩摩琵琶とアイリッシュ・ハープ

【6/26】
着々と準備は進んでいます。
別建で、トリーナのソロ演奏会も計画しています。

【6/7】
二年前、京都でも演奏会をやった、チャーリー蘭杖が、今年は、妹でアイリッシュハープの名手であるトリーナとともに、ラフカディオ・ハーンをテーマにしたジャパン・ツアーをこの秋やります。京都でも開催の予定で、現在準備中。以下、ツアーの概略を記します。
ラフカディオ・ハーンと日本ー音楽でたどる旅

 ラフカディオ・ハーンによる怪談集『怪談(Kwaidan)』の中でも有名な物語「耳なし芳一」を音楽で描き出す、ユニークで国際的なパフォーマンス企画です。本プログラムは、ダブリンのトリニティ・カレッジ・ダブリン アジア研究センターおよび、現在アイルランド・アメリカ・日本を巡回中のラフカディオ・ハーン展のキュレーターであり、ダブリンのファームリー・ハウスのイベント主催者キーラン・オーウェンズの協力のもとに制作されました。

演奏 
トリオナ・マーシャル(ハープ奏者 チーフタンズメンバー)
ーマス・マーシャル・蘭杖(薩摩琵琶・パイプオルガン奏者)

プログラム
第一部: トリオナ・マーシャルによるアイリッシュ・ハープのソロ演奏。彼女独自の演奏スタイルと解釈でアイルランドの音楽を紹介します。
第二部: トーマス・蘭杖 が加わり、「耳なし芳一」の物語を軸にしたコラボレーションを展開します。
 ⚪︎『平家物語』からの琵琶語り
 ⚪︎鹿児島県の琵琶法師の伝統曲をハープと琵琶でアレンジした器楽作品
 ⚪︎アイリッシュ・リール「ザ・ミュージカル・プリースト」のアレンジ
 ⚪︎トリオナによるアイリッシュ・ハープ編曲の日本民謡「さくら さくら」
 ⚪︎力強くリズミカルな楽曲「くずれ」のデュオ演奏

日程:20251018日 ~ 113
訪問都市(予定): 鹿児島、熊本、京都、東京、千葉

今年3月の初演の模様(St.Ann’s Church, Dublin)が、YouTubeにアップされています。


詳細は決まり次第、随時、このブログに載せていきます。

2025年6月23日月曜日

はらぺこあおむし

去年、近所のスウィングキッチンyour でやった講座のとき、整体的成長論の補助線としてエリック・カール のはらぺこあおむしを取り上げた。食べて食べて腹一杯食べてお腹が痛くなり、蛹になり、やがて蝶へと変身する。メタモルフォーゼとしての成長を言いたかったわけだけれど、ドイツに来てみると、やはり、このお話は極めてドイツ的だと思わざるを得ない。よく食べることが成長の前提条件になっているし、限られたサンプルからの類推でしかないのだけれど、ドイツにおいて、食に関する躾はスパルタ的になされているようだ。

ちなみに、あおむしくんが食べたもののリストは次の通り。
月曜日:リンゴ
火曜日:洋ナシ
水曜日:プラム
木曜日:イチゴ
金曜日:オレンジ
土曜日:チョコレートケーキ、アイスクリーム、ピクルス、チーズ、サラミ、ロリポップ、チェリーパイ、ソーセージ、カップケーキ、スイカ
日曜日:緑の葉っぱ

(画像はAmazonから持ってきたものです)



2025年6月21日土曜日

ドイツに来て十日を過ぎ、なんだかんだ言って、当地に適応してきている。
日の入りが遅く(日没21時半)、時間感覚が狂ったり、食べ物の違いにおなかが戸惑ったり、異和感が抜けないものは多々あるけれど、最終的には水の違いというものに行き当たる。

一体、今の自分を構成している水分は、何日くらいで入れ替わるのだろか?
調べてみると、面白い研究をしている人たちがいて、その研究によると、成人で体内水分の一割が一日で入れ替わる、つまり十日で全取っ替え状態になるらしい。

硬水軟水といった違いはあるのだろうが、なんか大きさの違う粒子が体の中で揺れている感じなのだ。この違和感がなくなったとき、この地に順応したということになるのであろう。やはり、琵琶湖の水が懐かしい。