2025年4月29日火曜日

4月の読書

会社と社会の読書会* コクヨ野外学習センター/WORKSIGHT編 2025
韓国、男子* チェ・テソップ みすず書房 2024
市場のことば、本の声* 宇田智子 晶文社 2018

宇宙の途上で出会う 4

第3章を通り抜け、とうとう第4章に突入。

第3章はボーアの哲学の解説に費やされている。
運動量と位置を測定するには異なった実験装置が必要とされる。つまり、両者を同時に観察することはできない。

装置を変えれば観測される現象の性質も変わるということである。(p.134)

筆者のバラッドは安易なアナロジーを戒めるよう丁寧に論を進めていくが、位置と運動の相補的な関係性など、つい内観的整体技法とつなげて考えてしまう。

それにしても、哲学を日本語でやるって難儀なことですね。
一応、日本語の体をなしているのだが、明治漢字語満載の日本語は難解すぎる。

たとえば、こんな感じ。まあ、もとの英語も難解で、どっちを読んでも外国語なのです。

つまり、測定装置は、問題となっている概念の意味を確定する可能性の条件であると同時に、問題となっている性質の測定において、一方が他方をしるしづけるというように、確定的な境界と性質をもった(部分)系が存在する可能性の条件でもある。つまり、装置は現象内部で「対象」が確定的な境界と性質をもつようになる可能性の条件を提供するのであり、ここで「現象」とは、対象と装置の存在論的分離不可能性のことなのである。(p.141)

In other words, the measurement apparatus is the condition of possibility for determinate meaning for the concept in question, as well as the condition of possibility for the existence of determinately bounded and propertied (sub)systems, one of which maries the other in the measurement of the property in question. In particular, apparatuses provide the conditions for the possibility of determinate boundaries and properties of "objects" within phenomena, where "phenomena" are the ontological inseparability of objects and apparatuses.


明治時代、漢字を用いて西洋からの概念を翻訳していった人たちには漢文の素養があった。
その素養が失われている現代日本人は、この明治漢字語を使いこなせなくなっているのかもしれない。



2025年4月18日金曜日

遍路2025 伊予路へ

初心に戻って歩き遍路再開。
土佐路から伊予路へ。
39番延光寺から40番観自在寺を経て宇和島駅まで。
遍路転がしとまではいかないまでも標高差のある峠越えの道が続く。
初日二日目はお天気雨と強風に煽られての山道峠越え。
そういえば、土佐路ではコンクリ道の上ばかり歩いていた。
南伊予の広葉樹で被われた山々は美しい。
杉の緑に違和感を覚え、唐突に姿を現すソーラーパネル群に憤る。
マンサンダルは山道で力を発揮してくれる。岩場でも滑ることなく地面を摑む。
足運びは小刻みになり、足首から先は消える。
足先の消えない左足には必ずマメができる。
三日目でようやく歩くコツがつかめてきて、もう少し続けられればと思うのだが、いつもここで打ち止めになる。
コロナ禍以降、食事の提供をやめたという宿が増えている。高齢化も理由のひとつだろう。遍路にとってコンビニはオアシスだが、コンビニのおにぎりと菓子パンだけで歩き続けるのはつらい。

柏坂越えの途中。霞んで見えるのは九州なのか。






2025年3月30日日曜日

3月の読書

青い星、此処で僕らは何をしようか* 後藤正文・藤原辰史 ミシマ社 2024
音のない理髪店* 一色さゆり 講談社 2024
軽いめまい* 金井美恵子 講談社 1997
八九六四 完全版* 安田峰俊 角川新書 2021

2025年3月18日火曜日

日帰り東京

早起きして日帰り東京。
品川で新幹線を降り、京急線に乗り換える。
ホームは羽田に向かうらしい荷物を抱えた旅行者でごったがえしている。青物横丁で降りて、鮫洲を目指して旧東海道を歩きはじめる。下町の風情は相変わらずだが、再開発が進んでると聞いていた割にどことなく寂しい。新旧入り混じったことで、逆にガチャガチャ感が増しているように見える。

懐かしの大井町稽古場。
三十数年の歴史を刻んできたこの稽古場も、ゴールデンウィーク明けには取り壊されるという。何百時間も座った二階の控室で、Mさんや、午後からの稽古に現れた常連の何人かと言葉を交わす。それぞれが年齢を重ね、この場所に多くの時間が積み重なっている。それももうすぐ消えてしまう。

大井町稽古場から大井町駅に向かい、今度は東急線で二子玉川。
二子玉川は相変わらずの賑わいだが、もはや京都での田舎暮らしに完全適応している僕には別世界。どこもかしこも、落ち着きのない風景になってしまった。本部稽古場の隣にあった二階建てのアパートも取り壊されて5階建てのマンションに変貌中。ただ、稽古場の中の空気だけはいつもどおり静謐。

用事を済ませて今度は新横浜へ。
以前ならあざみ野経由新横浜が定番のルートだったのに、数年前から乗換アプリが自由が丘経由のルートを表示するようになった。試してみると、まあまあ便利。崎陽軒のシウマイ弁当を買い込む間もなく新幹線のホームへ。豊橋でのポイント故障の影響とかで40分遅れで京都到着。

東京との心理的距離の遠さを再確認しに行ったような日帰り旅行だった。

補聴器の誘惑

ここ十年何が変化したかというと耳が遠くなったことだろう。

まず、ダン先生の講義が聴き取れなくなった。この40年間、だれよりもダン先生の話は聴いてきたから、もう十分と言えなくはないけれど、講義の中身を一年後に白誌で知るというのは、いかにも悔しい。最近は、難聴者のためにミライスピーカーが導入されて多少は話についていけるようになったとはいえ、肝腎なところを聞き逃している。実習が始まると最悪で、スピーカーから離れたところで稽古していると、もうついていけなくなる。休憩時間の雑談の輪にも加われない。

対面で話していると、大体通じる。あくまで大体であって、人によっては至近距離であっても相手の言っていることが聞き取れないケースも多々あって、いかにも情けない。さてどうする。最近、アップルのイアフォンが補聴器がわりになるというCMを観て、またそのCMで流れてくる難聴者の聞こえ具合が実にリアルに再現されていて、まったくいやらしいったらありゃしない。

さて、整体人として、この状況とどう向かい合うべきなのだろうか。もともと近視で、30代前半までは眼鏡をかけていたのだが、ある時点で使うことをやめてしまった。眼鏡を外したら視力が戻ったかというと、そんなことは全然なくて、単純にぼんやりとした世界を受け入れただけでのことなのだが、無理矢理焦点が合うように作られている眼鏡の不自然さから解放された感と対象物との間の空気を捉えられるメリットは何事にも代えがたく、運転免許の更新時にやる視力検査の時以外、眼鏡をかけることも無くなってしまった。その視力検査にしても、なぜか歳とともに正解率が高くなって、60代後半になって眼鏡不要のお墨付きをもらってしまった。視力ってなんだ、という話。旅行に行くときなど、念のために眼鏡を荷物の中に入れておいた時期もあったが、結局使うことなく旅を終えることが当たり前になってしまい、最近では100パーセントの眼鏡なし生活を送っている。

随分前から、人生能力一定説ーつまり、なにかの能力が育つということは、他の何かの能力を捨てている。逆に、何かの能力を失うということは、他の違った能力が育っているに違いないという説を唱えている。これは、数年前、孫たちと濃密な時間を過ごすうちに浮上してきた説で、大人の足で3分で移動できる公園まで15分掛けて移動していくというのは能力と呼ばずなんと呼ぶのか。では、耳が遠くなることで、僕の中でいったいどのような能力が育って来ているのだろう。円滑な社会生活を送るために補助的機器を頼るべきか、それとも自分の中で何が育って来ているのかを見極めていくのか。整体人として進むべき道は明らかなのだが、それでも、揺れ動いてしまうのだ。

2025年3月11日火曜日

紙風船

 講義の中で「室伏くんが紙風船の稽古を流行らせててね〜」という師匠の話を聞いて、ググってみたら、なんとスポーツ庁のホームページで紙風船エクスサイズなる動画までアップされている。スポーツ庁長官って、ひょっとして偉い人なのか。

 彼が稽古会にはじめて現れたのは足柄で合同稽古合宿をやったときだと記憶している。1996年10月開催、参加者318名という記録が残っている。あれから30年近く経つのだ。本部稽古場にハンマーの球がゴロゴロ転がっていた時期もある。時に京都の研修会館の稽古会に現れ、女性陣に取り囲まれている写真も残っている。

 それにしても、あんな凶器にしか見えないものを、ブンブン振り回す競技ってなんだろうと、その後興味を持ってオリンピックや世界陸上を観ていると、もう野獣としか思えない筋肉隆々の選手たちが雄叫びを上げながらハンマーを投げている。筋肉増強剤全盛の時代で、ドーピング検査で引っかかる競技者も多かった。僕らからすると十分巨体の室伏選手が華奢に見えるほどであった。競技選手のドーピングには厳しいくせに、自身のドーピングには甘い観客というダブルスタンダードな変な世界。

 竹棒団扇ほどに紙風船が稽古道具として定着したという話はあまり聞かないが、室伏くん(もはや君付けでは呼べないけれど)が紙風船を抱えていると、ちょっと微笑ましい。ハンマー投げの球は7キロの鉄の塊。それに対して紙風船はわずか数グラム。大きさは似たようなものだろう。それを鉄人室伏がやるとコントラストが際立ってお洒落。動法とも内観とも言わず、無いものへの集注、つまり身体を引き出している。そりゃ、ラジオ体操よりも紙風船エクスサイズでしょう。