2026年1月30日金曜日


【月刊洛句202601】

2026年1月28日水曜日

1月の読書

ほんのささやかなこと* クレア・キーガン 早川書房 2024
これは王国のかぎ* 荻原規子 理論社 1993
存在しない女たち* キャロライン・クリアド・ペレス 河出書房新社 2020
修験道という生き方* 宮城泰年・田中利典・内山節 新潮選書 2019
一場の夢と消え* 松井今朝子 文藝春秋 2024

2026年1月19日月曜日

京都散歩

京都は歩かないとわかりませんよ
と、訪ねてくる人には話すのだけれど、
一旦暮らしはじめると、歩かなくなる出かけなくなる。
街探検をやっていたのは、最初の数年で、
以後、典型的、かどうかはわからないけど、引きこもりの京都人になってしまった。

京都の地図をひろげて、自分の行動半径を確かめてみた。
京都市内の西北側に住んでいるから、動線は東に南に向かう。
街の中心方向である。ゆるやかな下り方向でもある。
中心地の向こう側にはほとんど出かけないし、
東方向でも、やや上りとなる東、北方面は空白地帯になっている。

いざ、北東方向へ歩きはじめる。
金閣寺をかすめ、仏教大のキャンパスを突き抜け、さらに北に向かう。
ゆるい登り坂を過ぎると、意外にも平坦な土地が広がっている。
一様院という小さなお寺に立ち寄り、さらに北に歩を進め、
今日の目的地と定めた正伝寺の入口にたどり着く。

参道を抜けると小ぶりな建物が現れる。
人影もなく、なんと拝観客は私ひとり。
縁側に坐し、石庭越しに比叡山を望む。この風景を見たボウイは泣いたという。
一人であることをよいことに、座る角度を少しづつ変えてみる。
なんと比叡山を背に、ご本尊に向かったときに現れるまとまり感が、なんとも力強い。
え〜っと驚いて、本堂に入り、広間の真ん中に座り、障子の間から比叡山をみると、
ここが一番落ち着く。

正伝寺を後にして、比叡山を右手に下り道をひたすら降りていく。
ほどなく、賀茂川の河川敷に出る。
御薗橋の上手ということは、上賀茂神社より、さらに上流ということになる。
川幅は、三角デルタあたりに比べ、随分と狭い。
今日はここで打ち止め。






2026年1月15日木曜日

Quantum Body?

室野井さんの「ダンサーは消える」を読み進めていくうちに、ローマでのワークショップの中で、イタリア人記者/研究者との対話が出てくる。その人-Maria Pia D’Orazi-の書いたものをネットで探してみたら、室野井さんとも繋がりのあった笠井叡についての論稿があり、その中では裕之先生の「The Idea of the Body in Japanese Culture and its Dismantlement」の論文にも言及されている。論文のタイトルはなんと「Butoh Training and the Quantum Body」。やっぱり、こういっちゃうんだと、妙に腑に落ちた。

身体教育研究所の前身となる整体法研究所が設立されたのが1988年。それとほぼ同時に、「内観法」という言葉が生まれ、それに対峙する言葉として、「客観法」という言葉が置かれた。当初は、なんとも身も蓋もない言い方だなあ、という印象だったが、こうして、30年以上稽古していると、内観と客観という対比のしかたは、やはり正しかったのだと思う。内観法に代わる、つぎなる名称も考えられているらしい。

身体観を取り替えるというのは一朝一夕でできることではない。稽古稽古で、いってみれば、デカルト=ニュートン的古典物理学思考から、量子力学的思考へ頭の中を切り替えようとしているわけだ。現実世界は、前者を前提として組み立てられているから、いっとき後者的経験をしても、あっという間に、前者に引き戻されてしまう。この繰り返し。僕のように中途半端な者にとっては、これが腑に落ちるまで長い道長い道のりだった。一度腑に落ちると、なんだこんなことだったのかと思うだけで、特段、達成感があるわけではない。これまでやってきた稽古の意味が「わかる」だけ。これで、やっと出発点にたどり着いたということなのかもしれない。

英語で書かれた論文を読んでいると、身体の活動をどのようにデカルト=ニュートンから離れて表現しようとしているか、その苦労のあとが読み取れて興味深い。量子力学の援用にはアナロジー以上のものがあると思っているけれど、キワモノに堕す危険性を常に抱えている。今年も、バラッド「宇宙の途上でで出会う」を読み進めていくことにしよう。

2026年1月6日火曜日

室野井洋子を稽古する

去年のヨーロッパ遠征の余波なのか、海外からの来訪者がポツリポツリとやってくる。
面白いのは、日本滞在中に知り合った友人を引き連れてやってくるというパターン。ウィーンでの稽古会に出たオーストリア人男子が、2回目には、フィンランド人男子2名連れてやってきた。一人は長年舞踏の稽古をしているという。そして3回目になると、今度は、2回目来た人が別の三人目、なんと今度は、日系ウルグアイ人女子を連れてやってくる。いったい、ここでやってることをどのように伝えているのやら。

ここでやっていることに一番食いついてくるのはダンサーたち。ブラジルの田中さん繋がりで、ここ十年の間に十人くらいやってきたんじゃないかしら。みな、見えないものに集注しようとしている。

僕の中で、舞踏といえば室野井洋子ということになる。なんと亡くなって9年経つのだ。亡くなった翌年とその次の年、パートナーの高橋幾郎さんたちが編集し、出版にこぎつけた「ダンサーは消える」「踊る身体」を開いてみると、室野井さんが、そこに居る。後者は稽古記録のまとめである。室野井さんの稽古を言語化する力に舌を巻く。このテキストを使えるのは、きっと僕しかいない。今年は室野井洋子を稽古してみようと思う。





2025年12月30日火曜日

12月の読書

 Instagramに読書ノート的なものを書いていたのだが、いろいろ面倒臭い。
やはり、のちのちデータベースとして使える、このブログを優先させることにする。

ヘルシンキ 生活の練習はつづく* 朴沙羅 筑摩書房 2024 
 著者の朴沙羅さんが、昔の知り合いのお嬢さんだと知って驚くとともに、妙に納得。いかにも京都あるあるなのだけれど。

きみの体は何者か* 伊藤亜紗 筑摩書房 2021 
 伊藤亜紗がジュニア向けに書いた100頁に満たない薄い本。伊藤さんの吃音者の当事者性を前面に出すことで、読みやすい本に仕上がっている。自分の意志通り動いてくれない体との付き合い方において、すべての人間は当事者なのだ。生きるためには技が要るのです。伊藤さんの研究の原点ここにあり。おすすめ。

インド映画はなぜ踊るのか* 高倉嘉男 作品社 2025
 映画と映画産業の歴史を通して、インド文化に迫る。第七章で取り上げられている「ラサ理論」という紀元6世紀以前(紀元前6世紀に遡るという説もある)に成立したという芸術理論もあるそうな。深い。巨大映画館の盛り上がりは、たしかに凄かった。半世紀も前の話だけれど。


生きるための読書* 津野海太郎 新潮社 2024 
 津野海太郎というと、2000年前後に出ていた「季刊・本とコンピュータ」の印象が強い。1938年生まれというから、もう80代後半なんだ。その、もうじき死ぬ人が、伊藤亜紗、小川さやか、藤原辰史といった1970年代生まれの若い研究者たちの著書を俎上に上げ、学問の気風の変化を好ましいものとして感想を述べているところなど、そうですよね〜と相槌を打ちながら読んでいくと、その人たち態度に通底するものとして、鶴見俊輔の「牙」のある「静かなアナキズム」にたどり着くのだ。

完本 神坐す山の物語* 浅田次郎 双葉社 2024 
 何年か前に、読んだはずの本が、「完本」と銘打って数編の短編と書き下ろしを加えて新しい書籍となって出ている。読後感がまるで違う。仏教伝来以前からこの列島に連綿と伝わり、様々なものと習合しながら現在に至る、見えなものとともに在る山岳信仰の姿を描いている。舞台は武蔵御岳山。


縄文 革命とナショナリズム* 中島岳志 太田出版 2025
  この本は縄文時代についてではなく、戦後、日本人が縄文に何を投影してきたかについての本である。縄文は漠としているから、なんだって投影することができる。多くの知識人たちが、我田引水とも呼べる強引な手法で、自説を補強するための道具として縄文を利用してきた。陰謀論、オカルトとも容易に接続可能である。
 読み方を変えれば、自分自身の縄文観が、どの時代に、どの知識人たちの、どのような言説に影響されて形成されてきたかを知ることができる。この本に出てくるものでいえば、島尾敏雄のヤポネシア論、中尾佐助の照葉樹林文化論といったものの影響を受け、僕自身の縄文観(というよりも、古層のイメージ)が形成されてきたらしい。

カキじいさん、世界へ行く!* 畠山重篤 講談社 2024

体はゆく* 伊藤亜紗 文藝春秋 2022

2025年12月27日土曜日

ふりかえり2025

 歳取るとともに一年が短くなるというが、まったくその通りで、暑すぎた夏の記憶(この夏の京都市は61-68で記録更新。つまり、猛暑日が61日、熱帯夜は68日に及んだ。こんな街は京都だけである。)だけが鮮明で、あと何があったか不覚にも、よく覚えていない。であるのに、あと五日で今年が終わってしまうというではないか。孫たちがやってきて、このまま新年を迎えてしまうと、今年がどんな一年であったか忘れてしまいそうなので、記録と記憶を元に、一年を振り返ることにする。

 まずはお遍路。2月、4月、11月の3回、四国に出向き、38番札所金剛福寺から45番岩屋寺まで250キロを歩いた。正確にいうと、うち30キロはバス利用である。お遍路四年目にして、ようやく全行程の6割を打ち終えたことになる。ともかく土佐路が長かった。まさに修行の道場。来年からは、岩屋寺から松山市に入り、瀬戸内海に沿って歩くことになる。瀬戸内路に入っても、まだ難所はあるようだけれど、往復に費やす時間は短くなってくるはずである。

 12年ぶりのヨーロッパ行きは、一番のビックイベントだったはずなのに、冒頭に書いた京都の夏の暑さにやられて、今年前半の出来事は忘却の彼方に飛んでいってしまいそうである。それでも、秋になって、ドイツ、オーストリアの稽古会で会ったうちの何人かが京都を訪ねて来てくれたので、幻ではなかったことを確認することができた。ヨーロッパの物価の高さを実際に体験すると、インバウンドブームの本質が過剰な円安にあることがよく理解できる。元凶はアベノミクスです。

 長年ホームグラウンドとしていた大井町稽古場が3月末をもって閉鎖になってしまった。もう更地にされ、その後に新しい家が建っていることだろう。ひとつの歴史の終わり。ヨーロッパに行っている間に起こった身体教育研究所の整体協会からの分離独立騒動。この話を聞いてから僕はずっと怒っていた。周囲の人たちの付和雷同ぶりも気に入らない。そう、この秋、ずっと怒っていた。いまや大多数となった稽古会が整体の入口だった人たちと、身体教育研究所を闘いながらゼロから作ってきた人間とでは、歴史観が違っている。

 困ったことに、自分が稽古会でやっていることの9割は、この我儘師匠に教わってきたことで、しかも、ここにきて、人為を離れるための技法がさらに進化深化している。観客然としている立場ではないのだが、この続きを見ないわけにもいかない。さて我が身をどう処するべきか。怒りはまだおさまってない。が、結論は出た。