2026年6月29日月曜日

付ける

30年以上、サッカーを見続けているが、日本サッカーの進化は素晴らしい。と、同時に、サッカー解説の進化が素晴らしい。昔の地上波でのサッカー中継では解説者なのか応援団なのかわからない人が喋っていた。パスを付ける、といった表現は昔からあったはずだが、サッカー解説できかれるようになったのは、最近のことかもしれない。

そう「付ける」なのです。連句協会の原稿も、回り稽古もテーマは付ける。このところ、「付ける」のことばかり考えている。パスを付ける場合であれば、パスの受け手は未来に属している。連句の場合は、前の句、つまり過去に付けることになる。同じ、付けるでも方向性が逆。

付けることで、過去の構造は変わらないのに、その存在が変容する。付ければ付けるほど、季節は順の方向に巡っていくのに、集注は遠い過去に向かっていく。不思議な文芸だ、連句は。サッカーだって、そう単純ではない。予め定められたゴールという終点にボールを運ぶという行為が未来に向かうものなのか怪しい。ボールは、ゴールから逆算され逆流してきた今と、後ろからやってきた流れがぶつかる刹那の一点にあるのだから。