2024年2月11日日曜日

禁糖2024

禁糖前半戦終了。
今年はなぜか肉食系に変身。
毎日のように肉買ってきて食っている。
一昨日は、普段買ったことにない鶏の骨付きもも肉を焼いて齧りつき、
昨日など、カセットコンロの上に鉄板を載せて一人焼肉。
ちょっと胸やけしてしまった。
糖分を油で補おうとしているのだろうか。
菜食の連れ合いは、ひたすらチーズ。
いつものことだが、量に対する「適」がまだ大雑把すぎるのだ。
さて、あと一週間。

2/9 
禁糖明け。さっそくザッハトルテの箱を開け、8分の1に切り分け皿に載せる。フォークでひと口食べる。美味い。ふた口目を食べる。おいしい。三口目を口にしたところで、首をかしげる。もう、これ以上食べられない。一切れのまだ半分も食べていない。なるほど、度合いを知るとは、そういうことなのだ。砂糖はすぐにエネルギーになるとは知っていたが、確かにその通りだ。飢餓感は雲散霧消し、食事の量は半減。渇望していたコーヒーも一回飲むと充足し、また紅茶中心に戻る。わが家の主たる食事はもともと禁糖食であることを確認。さて、この度合いに対する感受性は、どれくらい保持されるだろうか。

2024年2月8日木曜日

ザッハトルテ

 禁糖がもうすぐ明けそうという2月7日、郵便屋さんが海外からの小包を届けてくれた。ずっしりと重い。差出人は、先月、僕のところを訪ねてきたオーストリア人女性。鮮やかな包装紙を開けると木の箱が現れる。そして、その箱の蓋を開けると、でかいチョコレートケーキ。本家ザッハトルテ! 添えられていたメッセージカードには、「早めにお食べください」とある。そんなこと言ったって、まだ禁糖明けてないのだ。

 その女性が訪ねてきたのは1月の半ば。どのように、僕のところにたどり着いたのか不明なのだが、東京でダン先生とも面会したとのことだったので、整体協会を知る人が間にいることは間違いがない。ヨーロッパで活動していたキシさんという治療家に師事していたことがあり、ウイーンで開業しているという。ちょっと聞き齧っただけで、すぐに自分の仕事に使おうとしたり、野口晴哉の弟子を名乗ったりという手合いは洋の東西を問わず多い。なので、ちょっとお茶を濁すつもりで、かといって誤解されることは極力避けるように対応していった。

 そういえば、ドイツ人の知り合いは大勢いるが、オーストリアの人って会うのは初めて。中身の詰まった体が現れるのかと思いきや、意外に柔らかい。はじめてきた人と必ずやる、指に集注する、指の間の空気に集注するといった稽古からはじめてみた。

 話が通じる感じというのはなんだろうね。英語を共通語として会話していくのだけれど、通じる感がある。ノンバーバルなものに対する感覚がちゃんと育ってる人だったから、僕の拙い英語であっても、十分理解してもらえたのだと思う。2時間ほど稽古したら、次の日も来てよいかという。2日目終わったらもう一日。なんと3日間連続で現れた。ほんとは会員外指導はしちゃいけないことになっているのだが、乞われたらnoといえない。

 海外における整体の伝播の仕方って不思議。そもそも、整体協会がコントロールできる類のものではない。晴哉先生の時代に津田さんがフランスで、眞峰さんがスペインで、それぞれ活動を始め、そのあとには竹居さんがドイツで始める。その他にも、いろんなかたちでヨーロッパには入ってるはずだ。いつか事務局にスウェーデンの人がやってきて、「スウェーデンのインテリはみんな活元運動をやってます」と話していたという逸話ーそんなわけねぇだろうーがあるくらい。以前なら、そりゃいかんだろうという整体協会的な考えを僕もしていたのだけれど、いまはもう、「勝手に進化しろ」という意見である。

ああ、禁糖明けが待ち遠しい。



スマホは必要か? 続き

12月にスマホは必要か?という文章を書いた。
ひょっとして、このまま脱スマホも可能ではないか、とも思った。

が、結論からいうと、スマホは使い続けている。
緊急連絡用に携帯はあった方がいいだろう。
最近は、認証のためショートメールを使うサービスも増えてきた。
スマホによる電子マネー利用を強引に推し進めているコープの戦略にも抗しきれない。

となれば、挙動不安定なiPhoneを諦めるしかない。
つなぎとして、ネットの中古専門店で見つけた rakuten miniという超小型のAndroid端末を試してみることにした。

はじめてのAndroid端末。余分なアプリはどんどん削除して、通話とメールとメッセージ専用の端末にしていった。ともかく軽くて小さい。胸ポケットにすっぽり入るくらいの大きさ。心配なのは電池の持ちだが、待ち受けだけなら2日くらいは大丈夫そうだ。でも、アプリを使っていくと、電池残量はどんどん減っていく。これで緊急用になるのか?

Android端末を使うということは、Googleのエコシステムに加わるということで、これまで、どれだけAppleの便利すぎる、つまり依存したエコシステムに組み込まれてきたのかを思い知らされる。しばらく、このRakuten mini + povo 2.0 という組み合わせでやってみることにする。はたしてこれだけで、来月再開予定のお遍路で困ることはないのか、それが問題だ。



2024年2月5日月曜日

1974年2月

 僕にとって、「書く」という行為が習い性になってしまったのは、FWCでのジャーナルライティング(journal writing)をやり続けたいせいだ。おそらく、このブログも、その延長線上にある。それだけでも、FWCには感謝すべきなのかもしれない。

 数カ月の間キャンパスを離れ、学生はそれぞれのフィールド・プロジェクトに出向いていく。そこでの経験をジャーナルと呼ばれていたレポートにまとめ、毎月、本部キャンパスにいるアドバイザーに送り、フィードバックをもらう。フィールドプロジェクトを終えキャンパスに戻ったら、それをひとまとまりのレポートにまとめ上げる。このジャーナルに加え、アドバイザーによる評価、フィールド先の担当者による評価、そして自分自身による評価。それらが総合されて「単位」を取得していくシステムであった。

 体験学習をどのように評価していくのかは難しい。それを大学という枠組みでやろうとしていたFWCそのものが、「実験的」存在であった。大学を名乗りながら、泳げない子をいきなりプールどころか、流れのある川に放り込むような乱暴なプログラムであったともいえる。アカデミズムにはアカデミズムのカタというものがある。カタのない大学は可能なのか。学生の間でも意見は真っ二つに分かれていた。つまり、「大学は何もしてくれないではないか」という不満派がいて、他方、「これだけの自由が与えられてありがたい」という肯定派もいたわけだ。

 この年の8月に提出したジャーナルのコピーが手元に残っているのだが、思いの外、しっかりした英語で書かれているので驚いた。作文レベルでいえば中3程度のものなのだと思うのだが、ちゃんとしたものだった。持っていった辞書は研究社の英和和英小辞典一冊のみ。この辞書は旅の供となり、皮の表紙がボロボロになるまで使った。

1974年2月 Santa Fe

2024年2月3日土曜日

追悼 橋松枝さん

橋松枝さん ご逝去 享年88歳
稽古場草創期期からの稽古仲間であり、私にとってはお茶の手ほどきをしていただいた先生でもあった。稽古場がはじまったのが1988年、その時、橋さんはすでに五十代だったはずだが、あの怒涛の動法時代を一緒にくぐりぬけてきた。ご冥福をお祈りします。

お茶

2024年1月31日水曜日

片桐ユズルの字体

 片桐ユズルが1967年から1992年までの25年に渡って発行していた「かわら版」のデジタル化が3年がかりで完了した。資料化をはじめたはよいが、本体が見つからず、5年分を残したままになっていた。ところが、年が明け、歴史的資料としての「かわら版」に興味があるという研究者と出会い、あらためてユズルさんの書庫から引き揚げてきた資料を再チェックしているうちに、1974年から1979年の欠番部分を見つけてしまった。3月3日に片桐ユズルを偲ぶ会をやる予定にしているのだが、このタイミングで出てきたかと驚いている。

 「かわら版」の特徴といえば、ほぼ全部、片桐ユズルの手書きによって作られている点が挙げられる。1980年代に入ると、ワープロ文字も増えてくるのがが、それまでは基本手書き。活字の部分というと、新聞の切り抜きで、手書きと活字のコントラストが、とても面白い。ユズルさんの字はちょっと丸みをおびたやさしい字体で、ペンの太さもロゴ、見出し、本文と、それぞれ違ったペンを使い、とても読みやすい。あれこれ工夫していたことがよくわかる。

 ともあれ、デジタル化した資料は、チラシ等も含め計1883頁。われながらよくやったものだ。




 

2024年1月28日日曜日

読書ノート 201401

私のものではない国で* 温又柔  中央公論社 2023

ヘルシンキ 生活の練習* 朴沙羅 筑摩書房 2021
 今年最初の一冊。図書館で予約してから手元に届くまでなんと16ヶ月。3年越しの予約。これはこれまでの最長待ち時間。図書館で本を予約するときには、所蔵冊数と予約数を見れば、大体、いつくらいに届くか見当がつけられる。半年待ちで本が届いて、一気読みして三日後に返却というパターンも多い。つまり本によって回転速度が違う。この「ヘルシンキ生活の練習」は、そういう意味で回転が超ゆっくりだった。手にとってみて合点がいった。これは手元に置いてゆっくり読みたい本だ。返却期限がきても、あと何日か延ばしたくなる気持ちもわかる。保育園に入る権利が保護者である親の労働状況に紐づけられている日本と、子どもの教育を受ける権利に紐づいているフィンランド。つまり保育園の位置付けがはなから違っている。このような社会に小さな子ども2人と一緒に分け入っていく極私的フィールドワーク。

イラク水滸伝* 高野秀行 文藝春秋 2023
 高野秀行 はどんどん「探検家」から「学者する探検家」にシフトしてきてる。もちろん褒め言葉。イラク水滸伝 は、イラク南部に広がる(年々縮小)湿地帯に入り込み、舟を作り葦の生える水路を移動し、人類最古ともいわれるシュメール文明と現代との連続性に思いを馳せる。反国家というか脱国家の民が生きてきた湿地帯のありようは、インドシナ山岳地帯のゾミア を彷彿とさせる。そういえば、この地域もまた高野の縄張りではないか。

狩りと漂泊 裸の大地* 角幡唯介 集英社 2022
 冒険家は極寒のなか、犬と共に橇を引きながらひたすら哲学する。なぜ43歳(当時)のオレはここにいるのか。哲学するとは、ひたすら言い訳を考えることなのだ。日本で待つ妻子を心に想いながら。その女々しさ(今どき、この言葉を使うと性差別的だと糾弾されるのだろうか?)が読者の母性(僕にも母性はある)に響く。