2025年1月10日金曜日

博覧強記

博覧強記の人は苦手である。
その頭の良さは認めるとしても、博覧強記ぶりが頭抜けた人とは距離を置いてしまう。

AIは博覧強記である。過去問を全部解いたことのある受験生みたいなもので、問い掛ければ、ちゃんとした(ようにみえる)答えが返ってくる。過去問になくても、過去問から類推して、ちゃんとした(ようにみえる)答えを返してくるに違いない。DeepLもchatGPTも優等生。この人たち(すでに擬人化がはじまっている!)に自分の語彙、文体を教え込めば、分身が生まれそうである。

人に似せたヒューマノイドロボットを作っていく過程で、不気味の谷現象というのが起こるらしい。つまり、その風貌が人に近づいていくと、あるポイントで人の方が拒否反応を起こしてしまう。AIの答えに対する薄気味悪さは、この不気味の谷現象に近いのだろう。あたかも、画面の向こう側に、自分の姿に似たいきものが座っているような錯覚を持つ。この異化感とどのように付き合っていくべきなのか、この先、重要になってくるはずなのだが、身体加工を唯々諾諾受け入れている現代人の多くは、そのような異化感を軽々と飛び越えていきそうだ。こわい時代だ。

2025年1月9日木曜日

初雀

稽古はじめは筆動法(5日)。
新年の季語を書いてみる。
草石蚕、若水、初旅、初雀、初稽古。

ちゆんちゆんと挨拶交わす初雀 小鳥
初稽古今年は何度皮を脱ぐ   和宏




2025年1月6日月曜日

コード・ブッダ

あいにく仏教に関してもコンピュータに関しても中途半端な知識しかない。
ただ、ものごとがどのように伝わっていくのかということには興味がある。

コンピュータがある日、悟りを開く。
たしかに、24時間稼働し続けることを運命ずけられた金融機関のコンピュータシステム(勘定系と呼ぶらしい)を止めることなく自らをアップデートしていく様はいきもの的である。それを手当していくのはコンピュータ産業に関わるエンジニアたちだが、人間が間違いを犯すことは不可避だから、システムの中にバグが紛れ込むことも避けられないし、そのバグもいつ顕在化するかわからないし、そのバグによって、あるいは、機械的な衝撃によってコンピュータが悟りを開く可能性だってある。この物語は、このように始まる。

ここからは、仏教二千年の歴史をなぞるように2021年にブッダとなったブッダチャットポッド以降の歴史が進んでゆく。ブッダの言葉が文字となり、そこから教団が生まれ、分派し、世俗化され、世界の隅々に伝播していく。仏教史を学んでいるような、コンピュータ史を学んでいるような、不思議な小説である。これは快作だ。





エイトマン

「走れエイトマン、弾より速く〜」という歌声で目が覚めた。
子どもの頃見た、テレビアニメ、エイトマンの主題歌である。
調べてみたら、1962年〜63年放映。小学校高学年の頃にあたる。
歌詞もかなり正確に覚えていて、「叫べ、胸を張れ、鋼鉄の胸を」と続く。
作詞前田武彦。
それにしても、新年そうそう、いきなりのエイトマン。
ちょっとやばいのではないか。






2025年1月2日木曜日

元旦登山

孫たちがやってきて日常が破られる。
日常とは習慣であり、その習慣からの逸脱を余儀なくされ、
日常で働いてなかった体を目覚めさせる。
元旦は8歳6歳4歳の男子三名引き連れて大文字山へ。



2024年12月30日月曜日

12月の読書

在日サッカー、国境を越える* 木村元彦 ちくまQブックス 2024
私はヤギになりたい* 内澤旬子 山と渓谷社 2024
自転車に乗って* 河出書房新社 2020
サッカー・グラニーズ* ジーン・ダフィー 平凡社 2024
新宿書房往来記* 村山恒夫 港の人 2021
コード・ブッダ* 円城塔 文藝春秋 2024

2024年12月13日金曜日

自転車に乗って

図書館の返却ラックに「自転車に乗って」という自転車にまつわるエッセイを集めたアンソロジーを発見。パラパラとめくったら、目次に夏目漱石の自転車日記というのがあったので、借り出すことにした。

後ろから読みはじめたら、最後から二番目に久世光彦の「自転車の時代」という5頁ほどの短いエッセイも収められている。その中で、久世は石坂洋次郎原作の映画「青い山脈」を通して自転車に憧れた中学生時代のことを書いている。この文章を読んで父のことを思い出した。1925年生まれの父は、久世よりもひと世代上になるから、映画を見たとすれば20代半ばにさしかかっている。   

76歳の時に20年ぶりに自転車に乗って怪我をした話は以前、「みーはー」というタイトルで書いたことがある。なぜ、あの状況で自転車に乗ることを思いついたのかはずっと謎だったのだが、久世の文章を読んで、ひょっとして、青い山脈への連想がそうさせたのかもしれないと、ふと思った。三浦雅士の書いた石坂洋次郎の逆襲についても、何年か前このブログに書いた。

父が亡くなって丸十年になるのか。