2025年10月29日水曜日

10月の読書

観世寿夫 世阿弥を読む* 観世寿夫 平凡社ライブラリー 2001
京都* 黒川創 新潮社 2014
人が減る社会で起こること* 工藤哲 岩波書店 2025
BUTTER*.  柚木麻子 新潮社 2017
開墾地* グレゴリー・ケズナジャット 講談社 2023

2025年10月27日月曜日

関西公演終了

チャーリーとトリーナの三日間にわたる関西公演無事終了。
音楽ホール、神社、寺院という三つの会場で、それぞれ異なる時間帯に催された演奏会。
受付周辺をうろうろしながら、アイリッシュハープと薩摩琵琶の音色に耳を傾けていた。
ちょっと距離のあるところから流れてくる音の心地よさというのがあることに気づく。
構えて聴くのではなく、聴こえてくる音に身をまかせる感じ。
演者と聴者という垣根が低い状態。

トリーナがひとりで演奏していると、ハープの音色として聴いているのに、そこにチャーリーの薩摩琵琶の音が入ってくると、ハープの音が、どんどんピアノの音に聴こえてきてしまうのはなぜなんだろう。

ふりかえれば、半年におよぶプロジェクトだったわけだ。
チラシ配りで、普段は行かないお店に出かけたり、音楽ホールの楽屋をフラフラしたり、はじめてする経験も多かった。

そして明日からは稽古会。





2025年10月24日金曜日

遠くを見る

遠くを見ることがなくなった。
北野天満宮のあたりまで行けば、東に比叡さんの頂を望めるし、
うちの近所からだと愛宕山も見える。
でも、目の前30センチのiPadやパソコンの画面を見ている時間の方が、はるかに長い。

このことに気づいのは、最近、ある人と一緒に稽古たからだ。
内観しているうちに、はるか遠くを静かに眺めている集注が現れてきた。
いいなあ、この感じ。
忘れていた懐かしい感覚。

そうだ、この人、中央アジアの国に行ってきたばかりなんだ。
シルクロード、砂漠、天山山脈…。
人が旅に出るとは、いつもと違った集注を体験するためなのか。
なるほど。

四畳半の稽古場から天山山脈を望む。

2025年10月10日金曜日

アイリッシュ・ハープと薩摩琵琶で巡る音楽の旅

水無瀬神宮、妙蓮寺開催分の演奏会は満席となりました。
10/24、青山音楽記念館でのトリーナ・マーシャル ソロコンサート「うたう弦」は、まだ席に余裕があります。

水無瀬神宮開催分の会は満席になりました。。(10/10)
京都妙蓮寺開催分の会は満席となりました。(10/3)

9/23 プレスリリースが出ました。
今回のツアー情報が網羅されています。

このツアーの関西パートをまとめておきます。

【10月24日 金曜日】
うたう弦(いと) トリーナ・マーシャル アイリッシュハープ ソロ
会場 青山音楽記念館バロックザール  19時〜
チケット取扱中(メール申込で前売料金、チケット当日渡し dohokids@gmail.com


























【10月25日 土曜日】
アイリッシュ・ハープと薩摩琵琶で巡る音楽の旅
水無瀬神宮 17時〜

【10月26日 日曜日】
アイリッシュ・ハープと薩摩琵琶で巡る音楽の旅
妙蓮寺 14時〜



ツアー全体の詳細はこちらで。
















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2025年9月27日土曜日

9月の読書

鴨川ランナー* グレゴリー・ケズナジャット 講談社 2021
ぼくらの「アメリカ論」 青木真兵・光嶋裕介・白岩英樹 夕書房 2024
1945 最後の秘密* 三浦英之 集英社クリエイティブ 2025
冒険の書-AI時代のアンラーニング* 孫泰蔵 日経BP 2023
テクノ封建制* ヤニス・バルファキス 集英社 2025
暗殺の年輪* 藤沢周平 文春文庫 2009
がいなもん-松浦武四郎一代* 河治和香 小学館 2018

2025年9月21日日曜日

心中天網島

めずらしく感情的処理能力を超える案件に悩まされている。
こういう場合、どうすればよいのだろう。
不条理には不条理をぶつけるしかない。
で、お彼岸のお墓参りのついでに文楽を観に行くことにした。
菩提寺のある上町台地から、坂をとろとろ下り、徒歩15分で国立文楽劇場に着く。

人形浄瑠璃が描く世界は不条理で満ちている。
今回の演目である心中天網島は初見だったが、遊女小春に入れ込む紙屋治兵衛なんて、ただのダメ男で、遊女小春と女房おさんの義理がテーマなのだ。小春を死なせないために、夫の治兵衛に小春を身請けしろと言う心持ちなど、現代人の感覚からすればという「留保」をつけるべきかもしれないが、理解不能である。

最後の幕は、心中への道行が描かれていて、治兵衛が小春の喉を刺し、自分は首を吊ってしまうという場面を人形は演じてしまうのだ。もう凄惨そのものな場面であるのに、人形がやると、なぜか美しく、観ている者にカタルシスさえ与えてくれる。

江戸時代の大阪庶民はこの浄瑠璃をどのように見ていたのだろう。
それぞれに心中を希求する心があって、その実現を人形に託したのだろうか?
不条理で苦に満ちた現実世界を、この浄瑠璃を見ることで、いっときでも忘れられたのか?

見終わったあとの清々しさに自分でも驚いた。

それにしても映画「国宝」も大阪万博も、文楽劇場にはプラスに働いてないように見えるのはどういうことか。コロナ後はじめての文楽劇場だったけれど、空席の多さに驚いてしまった。





2025年9月17日水曜日

お先に失礼

西ノ内多恵さんの訃報を聞いたのは8月の下旬。
それから一月経って、西ノ内さんから葉書が届いた。
「お世話になりました。お先に失礼いたします」とある。
ご遺族の方に準備万端整えて、指示を出されていたようだ。
僕が大井町稽で稽古していた頃、僕が三人娘と勝手に呼んでいた年長の先輩のひとり。
わらべうたの研究者であり、詩作もされていた才女。
小杉さんのVサイン遺影もカッコよかったけど、西ノ内さんの挨拶文もお洒落だ。
92歳7ヶ月での大往生。
ありがとうございました。