2026年3月21日土曜日

動法2026

あと10日で整体協会とはさようならだ。
当面、月刊全生は読みたいから、一般会員は継続の予定。それでも、長年、職員として関わってきたわけで、やはり寂しい。今月末が最後になる京都研修会館での稽古会にしても、1990年から続いているわけで、36年の歴史がある。今の気分とすると、2009年に事務員を卒業して、独り立ちした時の感じか。よるべのなさと、期待感が入り混じっている。

さて、4月から心機一転といきたいところだが、なんせ70を超えた爺さんになっている。稽古場がはじまって十年くらいは、稽古場は動法の場であった。当時、わたくし30代。稽古場が始まって十年後でも40代半ば過ぎ。青年ではないか。当時50代だったおばちゃんたちも、若者と一緒に竹の棒を振り回していたわけで、いや、たいしたものだと今になって思う。この世代の生き残りは、さすがに少なくなってきたが、しぶとく稽古を続けている人たちもいる。汗と涙の時代です。

跪坐ひとつできない、当時の足首の固さはなんだったんだと思う。第一世代が跪坐ができるようになると、第二世代は苦もなくそれができてしまうという不思議。第一世代は、文字通り外形から入ったわけで、ひたすらマゾヒストとなって、稽古に励んでいた。
この時の教訓。
1 自分の限界は自分では見定められない。
2 そこに他者が入ると、限界と思っていたものの先があることがわかる。
3 解像度を上げることで自分で自分を追い込むことができる。

で、4月から、再び動法と取り組むことにした。
毎週、「動法基礎」という名前で、動法の稽古をします。動法をちゃんとやってない人たちが増えてきてる風なので、今一度、鍛え直す。自分が年取ってきて、やってくる高齢の人には優しく甘くなってしまっているが、年齢関係なく、ちゃんと動法には取り組んだ方がよいというのが結論。とはいえ、ハード系の稽古にはならない。私自身のための稽古でもある。

2026年3月19日木曜日

稽古日程 2026年4月〜7月

4月以降、等持院稽古場の稽古は「一般社団法人晴風学舎」の活動となります。

等持院稽古場での稽古はすべて予約制で行なっています。
メールまたは電話にてご予約ください。
日程が変更になる場合があります。その場合、予約されている方にはご連絡いたします。

・個別稽古  11時〜17時 会費7000円

・公開講話     4月11日(土)、5月9日(土)、6月13日(土)、7月11日(土)
        11時〜14時 会費3000円

・筆動法    4月29日(水・祝)、5月24日(日)、6月28日(日)、7月26日(日)
        11時〜14時 会費3000円

・動法基礎   毎木曜日  11時〜13時 会費3000円 
         稽古のない週もありますので、日程をご確認ください。

白山稽古会   4月5日(日)、5月17日(日)、6月7日(日)
                               10時〜13時 会費3000円 会場:松任ふるさと館

4月以降の変更点
*稽古会費を一部改定します。
*動法基礎を再開します。
*個別稽古と集団稽古各一回を組み合わせた月登録制を設けます。


下記カレンダーが最新です。このカレンダーが表示されない場合、ブラウザを変更すると上手く表示される場合があります。




2026年3月16日月曜日

戦争鬱

朝刊の一面が戦争の記事だと、それだけで気が滅入る。
政治家は自己保身のために戦争を始め、無辜の市民の命を奪う。
トランプはエプスタイン文書から目を外らせるためにイランを空爆し、日本の首相は、TM文書の追求を恐れ国会を解散させた。権力者は陰謀論の犬笛を吹き、愚鈍な市民は、その犬笛に踊らされる。

僕が育ったのは昭和30年代ということになるが、まだ、周りの大人たちの間では、先の戦争の記憶は色濃く残っていて、戦時中のひもじさを語る年若い叔母もいた。神社のお祭りには軍服を着た傷痍軍人の姿もあった。僕など、このような風景を目撃した最後の世代になるのだろうか。

さすがに、朝鮮戦争の記憶はない。十代も半ばに入ってからはベトナム戦争。20代になってすぐ合衆国にいったとき、ベトナム戦争はまだ続いていた。アメリカという国は戦争をしていたが、その国家に刃向かう若者の姿は輝いて見えた。ニクソンが大統領だった時代だ。そのニクソン辞任のスピーチをニューヨークで見た。夜中に酒を飲んで暴れまわるベトナム帰りの元海兵隊の男もいた。PSTDという言葉はまだ知らなかった。インドから、バンコク経由で日本に帰る途中、サイゴン陥落のニュースを知った。

戦争難民という存在を目の当たりにしたのはベナレス(バナラシ)からカルカッタ(コルカタ)へ向かう列車の中。脚の不自由な中年女性が物乞いをしていた。第三次印パ戦争による難民だったと気づいたのは、大分あとになってからだ。

ここまで書いてきたことは、半世紀前の思い出話。
いま、僕らが享受している平穏な暮らしなど、爆弾一発で崩れてしまう。

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キャロル・ギリガンの『抵抗への参加』を読んでいる。サブタイトルは「フェミニストのケアの倫理」。思春期の少女たちへのインタビューを通して、少女たちが家父長的社会へ入っていくときに何を諦めさせられているかを解読している。僕が心理学の本を読みはじめたころ、ギリガンは、すでにフロイドの心理学に内在する家父長的なるものへの批判をはじめていたのだ。

1950年代に生まれた僕など、戦後育ちとはいえ、家父長的な価値観を内面化して成長してきた。それでも、マチズモ的な価値観と比較的(あくまで比較的でしかないのだが)距離を置いて成人していったのは、いま振り返ると、母方の大家族のもとで育ったことが影響していることがわかる。貧乏人の子沢山の次女だった母の周りには、年下の弟妹が大勢いて、僕は二十歳前後の叔父叔母に囲まれて育った。左官だった祖父が威張っているのを見たことがない。むしろ、怖かったのは祖母の方だ。西日本の農村地帯に残る母系的な文化風土もあったことだろう。

1970年代80年代、京都で暮らしていた十年、周囲には当時のウーマンリブ系の女性たちが大勢いた。考えてみれば、不思議な十年間。岡山の田舎で育ち、数年の海外放浪期間を経て、京都の租界地に着地したようなものだ。黒川創が『この星のソウル』で描写しているような、アメリカのリベラル思想と日本、東アジアの社会運動が交差する不思議な空間に身をおきながら、いわゆる「運動」とは距離をとっていた。

そんな頃、野口晴哉の教育論と出会う。

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野口晴哉の教育論において、人生の出発点は胎児期におかれる。つまり、受胎と同時に教育が始まる。潜在意識教育論法講座と銘打たれた一連の書籍は、人がどのような道筋を通って成長していくのかを丁寧に説いている。この延長線上に、裕之先生の「育児講座」があり、その後、「双観法」「独観法」という整体の技法へと繋がっていく。つまり、人間にとって、他者とともにある状態がデフォルトなのか、それとも、一個の独立した人間である状態がデフォルトなのか、どちらを出発点に置くかという問題である。

二年前、近所のカフェで整体入門的な講座をやった時、整体の育児論を軸に話を進めることにした。その会の直前、『ケアの倫理』という本を偶然手にし、この講座に「整体育児論はフェミニズムと出会えるのか?」という隠れテーマがあることに気づいたのだった。僕はここまで、いろんなテーマで書き散らかしてきたけれど、家父長制という言葉も、フェミニズムという単語もまったく出てきてないのに、ここにきて、こんな壮大なテーマと出会うのかと、自分でも驚いた。

フェミニズムが「ケア」というものによって、家父長制を解体しようとしてきた試みと、「双」という集注を起点にした人間の探究は、どこかで出会うべきではなかろうか。僕がずっと所属してきた身体教育研究所という組織は、どちらかというと、ホモソーシャルな関係性の中で運営されてきた。それを下支えしてきたのは女性たちなのだが。もし、整体が権力に靡かない存在であり続けるのであれば、それはおそらく、内なる家父長的なるものと向き合わざるを得なくなる。これは、大きなテーマだ。

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いまのこの不機嫌に名前をつけるとすれば、戦争鬱しかない。

2026年3月13日金曜日

消滅する調和

 晴風学舎への移行準備の一環としてパソコンの中を整理していたら、本来、 僕のところにあってはいけないはずのファイルを発見。20年前の身体教育研究所の課題答案。紙で提出されていた答案60人分を夜鍋仕事で入力していたものらしい。はたして、これは仕事としてやったのか、それとも自発的にやったのか。今となっては不明。

 しかも、その課題というのが、昨秋の資格更新時に課題で出されたのと同じ、「稽古場で追求すべき整体とは、反対を与えない調和、根拠なき調和、消滅する調和のことであると表現されていますが、それらを解説しなさい」というもの。

 まずは、20年前の自分の答案と昨秋提出した答案とどれほど違っているのか比べてみる。結論からいうと、表現において、多少の進歩のあとは見られるが、内容的には同じ。進歩してないというべきか、ぶれてないというべきか。つまり、20年間、ずっと同じところにこだわりながら稽古してきた。進化せずとも、深化ありというところ。

 あらためて、他の人の答案に目を通してみる。結構、みなさんちゃんと書いている。稽古のことを言葉にする作業は難しい。上っ面な理解で書けば、人には伝わらないことを日々経験しているのが指導者という立場にいる人間だ。答案提出者の三分の一は、すでに故人となっている。歴史を紡ぐとはこういうことなのだ。きっと。

 このファイルは、ゴミ箱に放り込んでおくことにしよう。

2026年3月3日火曜日

辞表

整体協会に辞表を出す日が来るとは思わなかった。
整体協会に入会して48年、本部事務局に入社して40年、技術研究員となって18年。
ともかく、長い付き合いであることだけは確かである。

昨夏、師匠が突然、整体協会からの分離独立を宣言した。
おれになんの相談もなく、というのは、そもそも無理な相談だろうけれど、
一緒に闘ってきた自称同志としては、まったく青天の霹靂。
この感情を腹に納めるのに半年かかった。

こういう時は、先に逝ってしまった仲間たちに訊いてみるしかない。
それぞれの顔を思い浮かべながら、
「おまえさんたちが、オレの立場だったらどうする?」と声をかけてみる。
返ってくる答えは判で押したように皆同じで、逆に尻を叩かれる始末。

で、4月から新組織「晴風学舎」に加わることにした。
活動の中味はこれまで通りなのだけれど、一応、会員制の組織なので、
稽古してきた方たちにも、新組織への加入をお願することになる。

ゼロから立ち上げる組織。
前途多難の船出となりそうだが、幸いなことに、人材はいて、中味もある。
あとは、運営力。

これを機に稽古会費も上げようと思っている。
はい、便乗値上げです。

2026年2月27日金曜日

2月の読書

野生のしっそう* 猪瀬浩平 ミシマ社 2023
人間がいなくなった後の自然* カル・フリン 草思社 2023
わたしが誰かわからない* 中村佑子 医学書院 2023
ガラスと雪のように言葉が溶ける* 尹雄大・イリナ・グリゴレ 大和書房 2025
アナキズムQ&A*  栗原康 筑摩書房 2025
和室礼賛* 日本建築和室の世界遺産的価値研究会 晶文社 2022
ユダヤ人の歴史 鶴見太郎 中公新書 2025

2026年2月7日土曜日

禁糖2026

吉田神社の鬼やらいの神事に行った翌日、急遽思い立って禁糖を始めた。順調に行けば、旧正月には終えられるはずである。外食しづらい禁糖期間中に泊まりがけの行事を入れることはないのだけれど、今年は、ばっちり白山稽古会が入っている、というか、白山にやってきた。

そうなると、食料持参の出張ということになる。タッパーにカレーを載せた白米を詰め、もうひとつのタッパーにはサラダ。おにぎりにふかしさつまいも。さらには、バゲットにチーズ。果物、ティーバッグも入れた。ちょっと準備過剰という気がしないでもないが、これには理由がある。

この時期北陸に向かうと、天気予報と列車の運行状況と睨めっこすることになる。一年前の2月は、結局雪で来られなかった。来られないのなら諦めもつくが、問題なのは、来たはよいが帰れなくなるパターン。随分前のことだが、雪でホテルに48時間缶詰になったことがある。まだ、北陸新幹線が金沢までで、サンダーバード一本で通っていたころの話だ。

明日の天気予報は雪。交通機関もあやしい。
雪国に缶詰というのも悪くないとはいえ、今は禁糖中だ。

そう、禁糖の話でした。
今回、タイミングが合ったのか、変化が速い気がする。


 

2026年2月5日木曜日

映像公開

昨秋の「アイリッシュ・ハープと薩摩琵琶で巡る音楽の旅」の映像が公開されています。音も映像も素晴らしいです。

https://youtu.be/8gmYBGBNEZo

2026年2月1日日曜日

Quantum Body?

 As I continued reading Yoko Muronoi's “The Dancer Disappears,” I came across a conversation with an Italian journalist and researcher during Muronoi’s workshop in Rome. Searching the internet for this person, Maria Pia D'Orazi, I found an essay by her about Kasai Akira, one of the Butoh pioneers. In this essay, she mentioned Noguchi Hiroyuki's paper, 'The Idea of the Body in Japanese Culture and its Dismantlement'. I supposed she came to know of the paper through Muronoi. Surprisingly, the title of the paper was "Butoh Training and the Quantum Body". It made strange sense that she had put it that way.

Shintai Kyoiku Kenkyusho the successor to the Seitaiho Kenkyusho,was founded in 1988. Around the same time, the term 'Naikanho' emerged, and 'Kyakkanho' was conceived as its antithesis. Naikan literally means “see inside” and Kyakkan means “see objectively”. Initially, I thought this was rather blunt, but after practicing Doho for over 30 years, I believe the distinction between Naikan and Kyakkkan is valid. 

Changing one's view of the body is not something that can be done overnight. Through practices, one tries to shift one's mindset from Cartesian-Newtonian classical physics to quantum mechanics, so to speak. The real world is based on the former premise, so even if one briefly experiences the latter, one quickly reverts to the former. This cycle repeats. For someone as half-hearted as me, it took a long timen until everything made sense. Once it did, I just thought, 'So that's what it was all about,' and I didn't feel any particular sense of accomplishment. I simply 'understood' the meaning of the practice I had been doing up until then.

Reading D'Orazi's paper, written in English, I find it fascinating to see the struggles she goes through to express bodily activity in a way that breaks away from the Cartesian-Newtonian paradigm. I believe there is more to using quantum physics than analogy, but there is always the risk of it becoming too eccentric. This year, I plan to continue reading Karen Barad's "Meeting the Universe Halfway”

2026年1月30日金曜日


【月刊洛句202601】

2026年1月28日水曜日

1月の読書

ほんのささやかなこと* クレア・キーガン 早川書房 2024
これは王国のかぎ* 荻原規子 理論社 1993
存在しない女たち* キャロライン・クリアド・ペレス 河出書房新社 2020
修験道という生き方* 宮城泰年・田中利典・内山節 新潮選書 2019
一場の夢と消え* 松井今朝子 文藝春秋 2024

2026年1月19日月曜日

京都散歩

京都は歩かないとわかりませんよ
と、訪ねてくる人には話すのだけれど、
一旦暮らしはじめると、歩かなくなる出かけなくなる。
街探検をやっていたのは、最初の数年で、
以後、典型的、かどうかはわからないけど、引きこもりの京都人になってしまった。

京都の地図をひろげて、自分の行動半径を確かめてみた。
京都市内の西北側に住んでいるから、動線は東に南に向かう。
街の中心方向である。ゆるやかな下り方向でもある。
中心地の向こう側にはほとんど出かけないし、
東方向でも、やや上りとなる東、北方面は空白地帯になっている。

いざ、北東方向へ歩きはじめる。
金閣寺をかすめ、仏教大のキャンパスを突き抜け、さらに北に向かう。
ゆるい登り坂を過ぎると、意外にも平坦な土地が広がっている。
一様院という小さなお寺に立ち寄り、さらに北に歩を進め、
今日の目的地と定めた正伝寺の入口にたどり着く。

参道を抜けると小ぶりな建物が現れる。
人影もなく、なんと拝観客は私ひとり。
縁側に坐し、石庭越しに比叡山を望む。この風景を見たボウイは泣いたという。
一人であることをよいことに、座る角度を少しづつ変えてみる。
なんと比叡山を背に、ご本尊に向かったときに現れるまとまり感が、なんとも力強い。
え〜っと驚いて、本堂に入り、広間の真ん中に座り、障子の間から比叡山をみると、
ここが一番落ち着く。

正伝寺を後にして、比叡山を右手に下り道をひたすら降りていく。
ほどなく、賀茂川の河川敷に出る。
御薗橋の上手ということは、上賀茂神社より、さらに上流ということになる。
川幅は、三角デルタあたりに比べ、随分と狭い。
今日はここで打ち止め。






2026年1月15日木曜日

Quantum Body?

室野井さんの「ダンサーは消える」を読み進めていくうちに、ローマでのワークショップの中で、イタリア人記者/研究者との対話が出てくる。その人-Maria Pia D’Orazi-の書いたものをネットで探してみたら、室野井さんとも繋がりのあった笠井叡についての論稿があり、その中では裕之先生の「The Idea of the Body in Japanese Culture and its Dismantlement」の論文にも言及されている。論文のタイトルはなんと「Butoh Training and the Quantum Body」。やっぱり、こういっちゃうんだと、妙に腑に落ちた。

身体教育研究所の前身となる整体法研究所が設立されたのが1988年。それとほぼ同時に、「内観法」という言葉が生まれ、それに対峙する言葉として、「客観法」という言葉が置かれた。当初は、なんとも身も蓋もない言い方だなあ、という印象だったが、こうして、30年以上稽古していると、内観と客観という対比のしかたは、やはり正しかったのだと思う。内観法に代わる、つぎなる名称も考えられているらしい。

身体観を取り替えるというのは一朝一夕でできることではない。稽古稽古で、いってみれば、デカルト=ニュートン的古典物理学思考から、量子力学的思考へ頭の中を切り替えようとしているわけだ。現実世界は、前者を前提として組み立てられているから、いっとき後者的経験をしても、あっという間に、前者に引き戻されてしまう。この繰り返し。僕のように中途半端な者にとっては、これが腑に落ちるまで長い道長い道のりだった。一度腑に落ちると、なんだこんなことだったのかと思うだけで、特段、達成感があるわけではない。これまでやってきた稽古の意味が「わかる」だけ。これで、やっと出発点にたどり着いたということなのかもしれない。

英語で書かれた論文を読んでいると、身体の活動をどのようにデカルト=ニュートンから離れて表現しようとしているか、その苦労のあとが読み取れて興味深い。量子力学の援用にはアナロジー以上のものがあると思っているけれど、キワモノに堕す危険性を常に抱えている。今年も、バラッド「宇宙の途上でで出会う」を読み進めていくことにしよう。

2026年1月6日火曜日

室野井洋子を稽古する

去年のヨーロッパ遠征の余波なのか、海外からの来訪者がポツリポツリとやってくる。
面白いのは、日本滞在中に知り合った友人を引き連れてやってくるというパターン。ウィーンでの稽古会に出たオーストリア人男子が、2回目には、フィンランド人男子2名連れてやってきた。一人は長年舞踏の稽古をしているという。そして3回目になると、今度は、2回目来た人が別の三人目、なんと今度は、日系ウルグアイ人女子を連れてやってくる。いったい、ここでやってることをどのように伝えているのやら。

ここでやっていることに一番食いついてくるのはダンサーたち。ブラジルの田中さん繋がりで、ここ十年の間に十人くらいやってきたんじゃないかしら。みな、見えないものに集注しようとしている。

僕の中で、舞踏といえば室野井洋子ということになる。なんと亡くなって9年経つのだ。亡くなった翌年とその次の年、パートナーの高橋幾郎さんたちが編集し、出版にこぎつけた「ダンサーは消える」「踊る身体」を開いてみると、室野井さんが、そこに居る。後者は稽古記録のまとめである。室野井さんの稽古を言語化する力に舌を巻く。このテキストを使えるのは、きっと僕しかいない。今年は室野井洋子を稽古してみようと思う。





2025年12月30日火曜日

12月の読書

 Instagramに読書ノート的なものを書いていたのだが、いろいろ面倒臭い。
やはり、のちのちデータベースとして使える、このブログを優先させることにする。

ヘルシンキ 生活の練習はつづく* 朴沙羅 筑摩書房 2024 
 著者の朴沙羅さんが、昔の知り合いのお嬢さんだと知って驚くとともに、妙に納得。いかにも京都あるあるなのだけれど。

きみの体は何者か* 伊藤亜紗 筑摩書房 2021 
 伊藤亜紗がジュニア向けに書いた100頁に満たない薄い本。伊藤さんの吃音者の当事者性を前面に出すことで、読みやすい本に仕上がっている。自分の意志通り動いてくれない体との付き合い方において、すべての人間は当事者なのだ。生きるためには技が要るのです。伊藤さんの研究の原点ここにあり。おすすめ。

インド映画はなぜ踊るのか* 高倉嘉男 作品社 2025
 映画と映画産業の歴史を通して、インド文化に迫る。第七章で取り上げられている「ラサ理論」という紀元6世紀以前(紀元前6世紀に遡るという説もある)に成立したという芸術理論もあるそうな。深い。巨大映画館の盛り上がりは、たしかに凄かった。半世紀も前の話だけれど。


生きるための読書* 津野海太郎 新潮社 2024 
 津野海太郎というと、2000年前後に出ていた「季刊・本とコンピュータ」の印象が強い。1938年生まれというから、もう80代後半なんだ。その、もうじき死ぬ人が、伊藤亜紗、小川さやか、藤原辰史といった1970年代生まれの若い研究者たちの著書を俎上に上げ、学問の気風の変化を好ましいものとして感想を述べているところなど、そうですよね〜と相槌を打ちながら読んでいくと、その人たち態度に通底するものとして、鶴見俊輔の「牙」のある「静かなアナキズム」にたどり着くのだ。

完本 神坐す山の物語* 浅田次郎 双葉社 2024 
 何年か前に、読んだはずの本が、「完本」と銘打って数編の短編と書き下ろしを加えて新しい書籍となって出ている。読後感がまるで違う。仏教伝来以前からこの列島に連綿と伝わり、様々なものと習合しながら現在に至る、見えなものとともに在る山岳信仰の姿を描いている。舞台は武蔵御岳山。


縄文 革命とナショナリズム* 中島岳志 太田出版 2025
  この本は縄文時代についてではなく、戦後、日本人が縄文に何を投影してきたかについての本である。縄文は漠としているから、なんだって投影することができる。多くの知識人たちが、我田引水とも呼べる強引な手法で、自説を補強するための道具として縄文を利用してきた。陰謀論、オカルトとも容易に接続可能である。
 読み方を変えれば、自分自身の縄文観が、どの時代に、どの知識人たちの、どのような言説に影響されて形成されてきたかを知ることができる。この本に出てくるものでいえば、島尾敏雄のヤポネシア論、中尾佐助の照葉樹林文化論といったものの影響を受け、僕自身の縄文観(というよりも、古層のイメージ)が形成されてきたらしい。

カキじいさん、世界へ行く!* 畠山重篤 講談社 2024

体はゆく* 伊藤亜紗 文藝春秋 2022

2025年12月27日土曜日

ふりかえり2025

 歳取るとともに一年が短くなるというが、まったくその通りで、暑すぎた夏の記憶(この夏の京都市は61-68で記録更新。つまり、猛暑日が61日、熱帯夜は68日に及んだ。こんな街は京都だけである。)だけが鮮明で、あと何があったか不覚にも、よく覚えていない。であるのに、あと五日で今年が終わってしまうというではないか。孫たちがやってきて、このまま新年を迎えてしまうと、今年がどんな一年であったか忘れてしまいそうなので、記録と記憶を元に、一年を振り返ることにする。

 まずはお遍路。2月、4月、11月の3回、四国に出向き、38番札所金剛福寺から45番岩屋寺まで250キロを歩いた。正確にいうと、うち30キロはバス利用である。お遍路四年目にして、ようやく全行程の6割を打ち終えたことになる。ともかく土佐路が長かった。まさに修行の道場。来年からは、岩屋寺から松山市に入り、瀬戸内海に沿って歩くことになる。瀬戸内路に入っても、まだ難所はあるようだけれど、往復に費やす時間は短くなってくるはずである。

 12年ぶりのヨーロッパ行きは、一番のビックイベントだったはずなのに、冒頭に書いた京都の夏の暑さにやられて、今年前半の出来事は忘却の彼方に飛んでいってしまいそうである。それでも、秋になって、ドイツ、オーストリアの稽古会で会ったうちの何人かが京都を訪ねて来てくれたので、幻ではなかったことを確認することができた。ヨーロッパの物価の高さを実際に体験すると、インバウンドブームの本質が過剰な円安にあることがよく理解できる。元凶はアベノミクスです。

 長年ホームグラウンドとしていた大井町稽古場が3月末をもって閉鎖になってしまった。もう更地にされ、その後に新しい家が建っていることだろう。ひとつの歴史の終わり。ヨーロッパに行っている間に起こった身体教育研究所の整体協会からの分離独立騒動。この話を聞いてから僕はずっと怒っていた。周囲の人たちの付和雷同ぶりも気に入らない。そう、この秋、ずっと怒っていた。いまや大多数となった稽古会が整体の入口だった人たちと、身体教育研究所を闘いながらゼロから作ってきた人間とでは、歴史観が違っている。

 困ったことに、自分が稽古会でやっていることの9割は、この我儘師匠に教わってきたことで、しかも、ここにきて、人為を離れるための技法がさらに進化深化している。観客然としている立場ではないのだが、この続きを見ないわけにもいかない。さて我が身をどう処するべきか。怒りはまだおさまってない。が、結論は出た。

2025年12月26日金曜日

整体法研究所のころー1992年5月

 1992年というと、僕が整体協会の事務局に入って6年目、稽古場が立ち上がって4年目の年になる。その頃の稽古場というと、まだ指導者養成の場という看板を上げていて、整コンを目指す人たちも稽古に参加していた。稽古場の指導者制度、つまり、技術研究員、動法教授資格といったものが確立されるのは1998年まで待たなければいけなかった。整体協会の中で指導者と呼ばれるのは、整体コンサルタントであり、活元コンサルタントであった時代の話である。

 その時の僕の身分は、まず整体協会事務局資料室員、かつ、本部稽古場運営担当を兼務。資料室員といいながら、稽古場担当の比重がどんどん高くなっていた頃である。しかも、助手と呼ばれていたダン先生の弟子たちが増えていき、つまり、その人たちを統括する中間管理職でもあった。時折、自分の稽古会でのマクラで、「僕の不幸は、ダン先生が師匠ではなく上司として現れたことだった」と話すことがあるのだが、これは誇張ではない。

 京都から東京に移った理由のひとつは、僕自身整コンを目指していたからである。事務局で仕事しながら段位試験も受け、この年、整体コンサルタントの試験も受けた。ただ整コンになるということは、独立することであり、事務局も辞め、どこかにーたとえば、実家のあった岡山にー指導室を構えることを意味していた。

 整体コンサルタント試験が終わり、そろそろ結果が発表されるころのある日、ロイ先生に呼ばれた。おそるおそる会長室に顔を出すと、ロイ先生は困ったような顔で、「キミはどうしたいのかね」と問われた。つまり、事務局に残って、ダン先生の手伝いを続けるのか、それとも整コンとして独立するのか。何日か猶予をもらうことにし、その後、返事をした。

 どの道を選んだかは、ここに書くまでもない。自分で下した決断の重さを消化するために休暇を取って旅に出ることにした。友人を恃んで、一週間、カリフォルニアに逃げた。(当時の記録を掘り起こしてみると、信じがたいことに、東京ーサンフランシスコの往復運賃が66,000円とある。)

 もちろん、整コン試験の合格者の名前に僕の名前は含まれてなかった。ただ、試験官だった柳田先生、吉田先生、堅田先生といった大御所と呼ばれていた人たちの講評にどのような内容が書かれていたのか、今でも、少しだけ気になる。ロイ先生にはご迷惑をかけた。

 この頃から、稽古場の輪郭が徐々に形を取りはじめ、本部との路線の違いが大きくなっていく。稽古場がまだ整体法研究所と呼ばれていた時代の話である。

2025年12月25日木曜日

年末年始読書週間

さてどこまで読めるか。



2025年12月11日木曜日

美容院で髪を切る

美容院に行くのはおそらく20年ぶりのことだ。
京都に来てからというもの、髪を切るのは近所のチェーン展開している散髪屋、しかも二、三ヶ月に一度と相場が決まっていたから、僕にすれば相当の飛躍である。

いきなり、70過ぎの爺さんが現れ、ちょっとパンクでヤンチャな感じにしてくれとリクエストされ、紹介者たるカミさんが、横からベッカム風がよいなどと口を挟むものだから、40代の美容師さんも困ったに違いない。

でも、さすがプロですね。手際よく髪全体の形を整え、そこから、こちらの無茶振りをかたちにしてく。小一時間のうちに、ヤンチャな新生スナジイが出現した。



2025年11月29日土曜日

11月の読書

松本清張の女たち* 酒井順子 新潮社 2025
僕の歩き遍路* 中島周平 西日本出版社 2022
ぼけと利他* 伊藤亜紗・村瀬孝生 ミシマ社 2022
異国トーキョー漂流記 高野秀行 集英社 2005
建築と利他* 堀部安嗣・中島岳志 ミシマ社 2025
トランジェクトリー* グレゴリー・ケズナジャット 文藝春秋 2025