参加させていただいている連句の会の会報に寄稿するようになって一年になる。半年に一度、都合3回、書かせてもらったが、なかなか難しい。基本的に、俳句連句の知識に乏しいから、自分がやってきた稽古との絡みで書いていくしかなく、このブログで日々書いている文章の流用になってしまう。それでも、数十人の異分野の人たち相手に書くことには、多少の緊張感もあるし、編集者とのやりとりから学ぶことも多い。ここまで書いた3回分の原稿をPDFで載せることにした。もし上手くファイルが開けなければ、ご連絡をいただければお送りします。
2023年12月12日火曜日
2023年12月7日木曜日
未来に視点を置く
11月丸一か月低潮期が続いた。全てにおいてスローペース。いくらでも眠れる。なにもしなくとも満足。月末三日間の稽古会が終わって、ようやく動く気分になって来た。この風邪はいったい何だったのかと振り返ると、ここまでは60代の延長で生きてきたのだということに気づく。先の予定を考えることが苦痛で仕方なかった理由もここにあった。この大風邪が区切りとなり、ようやく70代の体になったということなのか。
60代、つまり過去に置かれていた視点が、たとえば5年後に置かれ、そこから今を見るということがやっとできるようになった。5年後も僕は生きていそうだ。つまり、この仕事を続けている。であるならば、今をどのように過ごすべきかも自ずと見えてこようというものだ。新しい5年卓上日記も買った。
2023年11月30日木曜日
迷う
39度超えの発熱があったことは書いた。十何年ぶりの発熱のつもりでいたが、備忘録がわりのこのブログを辿ってみたら、8年前にも同じくらいの発熱があったことに気づいた。その時も胸系の風邪だった。発熱するとは、いわば自分の体を毀すということで、そこからどのように体が再構成されていくか経過を見ることになるのだけれど、今回の経過もゆっくりだ。いったい、どっちに向かっていっているのか皆目見当がつかない。体が迷ってる。
体力が落ちていると稽古に来る人の数は減る。おまけに、11月は、会場が取れず白山稽古会は休会。結果、月あたまの千葉東京行き、薩摩琵琶の演奏会、洛句の原稿書きくらいで、時間だけはたっぷりある。事件はいろいろ起こる。靴はなくなる、自転車は壊れる、iPhoneは不調。これはなにかの前兆なのか?
時間はあるので、モノ減らしに手をつけることにした。まずは本。古本屋にでも引き取ってもらおうと、本棚を片付けはじめる。小さな本棚に収まる量、しかも、二重にならない量しか本は持たないと決めいていたのに、本は増殖し、しっかり二重に並ぶのみならず、床に平積みされている。段ボールに詰めていく。面白いもので、比較的最近買った本から順番に詰められていき、結局残ったのは煤けた背表紙の本ばかりだ。まだ読んでない古典の類、俳句・連句関連のもの、つまり、京都に引っ越してくる前からのものが居残ったことになる。
発熱したのは10月末の三日間の稽古会の前後で、11月の稽古会でちょうどひと月たった。充実の一ヶ月。そして、明日から師走、つまり来年1月の稽古予定表も出さなくてはならないのだ。
2023年11月29日水曜日
靴が消えた
月末三日間の稽古会での出来事。
初日、夜の稽古会を終えて帰路につこうとしたときである。
三和土に置いてあるはずの自分の靴がない。
代わりに、似たようなタイプのスニーカーが一足残されている。
モノは僕が履いているものよりも良さげだし、サイズは間違いなくでかい。
初心者コースに参加した男子が、慌てて帰ろうとして間違えてる履いてったとしか思えない。
やれやれ。
仕方なく、研修会館備え付けの木のサンダルを借りて行くことにする。
ただ、木のサンダルで自転車漕ぐのは難しそうだ。
案の定、自転車に跨った拍子にこけた。
こけたのはよいのだが、なんと自転車のチェーンが外れてしまったではないか。
夜中の12時を過ぎて、このまま自転車押して家まで歩くのか?
泣きっ面に蜂状態であるのに、不思議に腹は立たない。
暗い中、自転車のチェーンを歯車に噛ませ、騙し騙し、家まで漕いで帰る。
下り坂でよかった。
翌日、つまり今朝は、自転車は諦めてバス。
研修会館の玄関入ったら、見覚えのある草臥れたーなんせ四国遍路で履いたやつだー運動靴が置いてあった。
こういう不思議な出来事がたまに起こることは聞いていたが、まさか我が身に起こるとは思わなかった。ふうー。
2023年11月28日火曜日
11月の読書
翻訳、一期一会* 鴻巣友季子 左右社 2022
江戸の女子旅* 谷釜尋徳 晃洋書房 2023
きのうのオレンジ* 藤岡陽子 集英社 2020
室町無頼(上・下)* 垣根涼介 新潮文庫 2016
極楽征夷大将軍* 垣根涼介 文藝春秋 2023
等持院 の山門の内側で暮らしているのに、足利尊氏 について知っていることは少ない。権力闘争というと、皆、野心をギラギラ燃やしながら争っている印象があるけれど、たしかに尊氏のように、立場上、仕方なく、イヤイヤ関わっていた人物がいたとしても不思議ではない。物語りは尊氏と弟の直義(なおよし)、そして執事である高師直(こう もろなお)の三人を軸に進んでいく。2段組500頁長編をだれることなく書き切った垣根涼介 の体の体力は見事。ぼちぼち紅葉の季節だし、一度、等持院のお庭観にいってこようかな。
自由への手紙* オードリー・タン 講談社 2020
和ろうそくは、つなぐ* 大西暢夫 アリス館 2022
馬と話すための7つのひみつ* 河田棧 偕成社 2022
関西フォークとその時代 瀬崎圭二 青弓社 2023
先月92歳で亡くなった片桐ユズルの多岐に渡る仕事を評価していく上で、貴重な示唆を与えてくれる一冊。難解になっていった戦後の現代詩の傾向を人々の手に取り戻すため、1959年から60年代にかけての米国留学の折に触れたビート詩人たちの自作詩朗読のスタイルを導入し、鶴見俊輔の限界芸術論の考えを援用することを試みていった。それがベトナム反戦運動を通じて関西フォークソング運動へと流れ込んでいく。拡散的な片桐ユズル の仕事は見えにくい。詩論を中心に据えた瀬崎のこの論考は、そこに一本の基軸を与えてくれるものになっている。1960年〜70年という現代史を理解していく上でも有用な書籍といえる。同時代も半世紀経つと歴史になるのだ。
2023年11月16日木曜日
新聞
勢いで新聞をとることになってしまった。お試し購読に申し込んだのが運のつきで、回ってきた営業のおっちゃんにまんまと丸め込まれてしまったという顛末。朝刊のみ3900円の出費は痛い。紙の新聞をとるのは15年ぶりくらい。最近は毎日新聞電子版(有料)+smart news+X、といったところが情報源。つまり全て横書き。テレビのないわが家にテレビ欄は無用の長物。相変わらずプロ野球に紙面を大きく割く慣習も変わっていない。ネットに比べるとニュースは一日遅れ。筆動法の下敷き下書き用に使えるという以外、どんなメリットがあるというのか。とはいえ、紙に印刷された縦組みの文字を読むというのは、スマホやタブレットに表示される文字を読むのとは、まったく違う体験なのだ。ただ、一面はいつも戦争の記事ばかりで、ここから一日が始まるのは、ちときつい。
登録:
コメント (Atom)

