フィールドノートを書くって、どういう意味があるのだろう。当事者であることと、観察者であることを同時並行で行う。巻き込まれながらも。巻き込まれきらない立ち位置を取るってことなのか。巻き込む力が並外れて強力な人の近くにいたから、フィールドノートを書くという行為は、僕にとっての生存術でもあったといってよいのかも。
フィールドとしての整体協会は、実に多くの経験と考察を提供してくれた。へんな組織であったけれど、日本社会の雛型の要素を色濃く残していて、大げさにいうと、天皇制とはなんだろうということまで考えさせてくれた。
今回の一連の文章は、なんで僕はこのブログをやってるんだろうという、自分自身への問いから始まったもので、ここまで、だらだらと書いてきたおかげで、少し意味がわかってきました。「生き延びるためのフィールドノート」というと大げさに聞こえるかもしれないけれど、自分を駆動し続けてきたエネルギーの源をたどっていくと、こんな結論にたどり着いた。
ひとまず、これで、おしまいにします。