夫婦で会話してると、言葉の意外な誤用を発見することがある。
「そんなうがった見方しちゃいけん」(美作弁)というと、そんな言い回しは知らん(伊予弁?)という。こちらとしては、そういう深読みしすぎた理解の仕方は間違ってると言いたいのだが、調べてみると、この使い方は間違っているらしい。本来、穿った見方というのは、「物事の本質や真相を鋭く見抜くこと」を意味するとのこと。たしかに「穿つ」とは穴を開けるの意であるからして、この方が筋が通る。じゃあなんで、「うがった見方」が、捻じ曲がった見方という意味を獲得していったのか? 文化庁の広報誌にこんな記事があった。→「うがった見方」は,良くないのか。