インゴルドやバラッドを読んでいく途中で気づいたのは、それらの本は、僕にとって整体あるいは野口晴哉を理解するための補助線ではないということだった。むしろ、野口晴哉・野口裕之の言説を通してインゴルドやバラッドが描こうとしている世界観を理解しようとしている。
野口晴哉、さらにいえば野口裕之の教育論はもっと言及されるべき内容を持っている。1980年代中盤、数年に渡り夏季開催された裕之先生の育児講座の内容は、僕らの世代の整体観を形づくる上で大きな役割を果たしたし、同時期に整体協会の本部道場で開催されていた体癖講座もまた、野口晴哉の人間観を解説する素晴らしい講義だった。これらの音源はどこに保存されているのだろう?
体癖論ひとつとっても、普遍的人間などいない、ひとつの目盛で人の能力は測れないと言ってるわけで、単純化された物差しを使おうとする現代社会に対しての強烈なカウンターになりうる思想だ。裕之先生が展開してきたものは、もっとラディカルかもしれない。つまり、それくらいの可能性を秘めている。であるのに、この潜在力は、他のジャンルと接続することなく、ここまで来てしまった。なぜか?
野口晴哉を狭義の「整体」に押し込めていたのは僕らだった。そういうことだ。