2026年10月22日木曜日

理会

 折口信夫の「日本藝能史六講」を読んでいるのだけれど、折口の言葉の使い方がすごく興味深い。たとえば、今では「理解」と書くところを「理会」という字を当てている。「ことわりをほどく」のか「ことわりとあう」のか。同じ「かい」でも「解」と「会」では、だいぶ印象が違ってくる。

 池澤夏樹が「日本語のために」のなかで、こんなことを書いていた。「right」の訳語としては、「権利」よりも「権理」の方がふさわしかったのでないかと。「利」の字を当ててしまったがために、「権利」は声高に主張するものになってしまったのではないかと。

 漢字ひと文字が背負っている歴史が、造語の中に滲み出てくる。連句を作っていても、そこを「柔らかい」と漢字を使うのか、それとも「やはらかい」とかな表記にすべきか、いつも迷う。言葉はむずかしい。