公開講話(等持院)は、一応、会員でない方に、この会の趣旨や、やっている稽古について紹介する会ということになっている。だというのに、今月の会(10/14)にはそれなりに整体歴の長い人たちばかりが集まって来た。とはいえ、それぞれバックグラウンドは違うし、整体との出会い方もまちまち。ドイツで日本の指導者と会った人、ブラジルでの動法のワークショップが整体とのなれそめだった人、晴哉先生の直の弟子の先生に長年指導を受けてきた人。結局、一時間以上、日本語英語ちゃんぽんな状態で、一人ひとりの経験を語り、ものごとが伝わっていくことの不思議を話す会になってしまった。そういえば、これまでこういう時間を持ててなかったですね。
僕はいつも、ここに現れる人たちに、あなたのテーマはなんですかと訊いている。この場所にたどり着いということは、すでに本人たちが自覚しているいないに関わらず、理由があるはずで、言い換えれば、それがなんなのか一緒に探っていきましょう、そういう場だと僕自身考えている。少なくとも、僕にとっての稽古場というのは、そういう場としてある。ここが技術を学ぶ場だとも思っていない。そもそも教えるほどの技を持ち合わせていない。僕にあるのは、ずっと問い続けてきたという経験だけだ。