夏になると稽古着生活を断念する、というのが、これまでの通例だったのだけれど、今年は継続中。薄い生地で稽古着、稽古袴、そして襦袢をつくってもらったことが大きい。これまでは、稽古用と普段用の二種類くらいしかなく、その落差がけっこう大きかった。今年は、これに外着用の稽古着が加わり、あれこれコーディネートが可能になった。稽古着でおしゃれなんて、これまで考えたこともなかったのだけれど、気分に応じて稽古着を変えてみるということが可能なのですね。浴衣から稽古着に着替える中間段階でTシャツに袖を通すことはあるけども、ほぼ24時間、和服で過ごすようになった。もっとも、稽古着生活=和服生活ではなさそうだ。着流しスタイルはどうも性に合わないというか落ち着かない。つまり、袴は常に穿いている。この袴というのが結構謎です。レトロモダンと言えなくもないけれど、その実、もっと先を行っている気がしてならない。暑さはここからが本番。さて、稽古着で猛暑を乗り越えられるのだろうか。
2023年5月24日水曜日
5月の読書
5月は読書月間になってしまった。
5日間くらいお遍路に出かけるつもりにしていたのだが、体の方がウンと言わない。草臥れて行きたくないのではなく、もっと長い距離を歩きたいという。困った。先月、高知市内にある33番札所雪蹊寺を打ち、ここから足摺岬を目指すことになるのだが、一息で足摺岬まで歩き、さらに愛媛側にたどり着くには相当の日数が要る。区切りうち遍路にとって、どこで区切るかはなかなか難しい。中途半端なところで区切ると、往復だけに時間を取られ、先に進めない。今月は、雪蹊寺から37番札所岩本寺までの80キロを歩く計画を立てていた。であるのに、体の方は嫌だという。仕方なく計画は先送り。ぽこんと一週間の空きが生まれてしまった。稽古を入れたとしても、急に人がやってくるはずもなく、暇である。
で、今月は読書月間となった。
劇場アニメーション「犬王」誕生の巻* 松本大洋・湯浅政明 河出書房新社 2022
平家物語 犬王の巻* 古川日出男 河出書房新社 2017
映画犬王 の影響なのか、単に京都を訪れる観光客が増えている余波なのか、等持院 界隈が以前より賑わっている気がする。映画犬王 が興味深かったので、アニメの原作となった平家物語犬王の巻 を読むことにした。初めての古川日出男 。琵琶法師は滅びた平家の物語を奏で、小説家は歴史の闇に消えた犬王を甦らせる。
あなたのルーツを教えて下さい* 安田菜津紀 左右社 2022
フェンスとバリケード* 三浦英之・阿部岳 朝日新聞出版 2022
太陽の子* 三浦英之 集英社 2022
老いと踊り* 中島那奈子・外山紀久子編著 勁草書房 2019
なぜ、僕らを発見するのは「踊り」の人たちなのだろう?という問いはずっとある。踊る人たちは、文化の違いも国境も越えて、すっとここにたどり着く。もちろん、室野井洋子、 田中敏行という仲間がいたからでもある。この本は2014年に開催されたシンポジウム「老いと踊り」をベースに、その後の論考を加えた構成になっている。大野一雄の73歳デビューが与えた衝撃の大きさから、この本が始まっているといってよい。こういう立体的な言語空間の存在は貴重。と同時に論考の緻密さを求めるがあまり、身体から離れていくという矛盾とどう向き合うかが問われることになる。
記憶のつくり方* 長田弘 晶文社 1998
深呼吸の必要* 長田弘 晶文社 1984
直立二足歩行の人類史 ジェレミー・デシルヴァ 文藝春秋 2022
キューブリックの映画2001年宇宙の旅の冒頭シーンの映像は強烈だった。二本足で立つことで道具を使うことを覚え、獲物を捕らえられるようになった人類は生活圏を広げていった。そんなストーリーを刷り込まれてきた。ところが実際は、むしろ「狩られる」存在であったようで、樹上の安全地帯を生活圏とし、猛獣が昼寝する時間に樹上から降りて食料を探していたらしい。#直立二足歩行の人類史 の最初の章は、二足歩行にまつわる諸学説〜水生類人猿之説とか〜に充てられていて、それぞれ興味深い。
人類の祖先は、樹上ですでに二足歩行しており、その歩行によって平地を移動しはじめたのではないかというのが、この本で示される新視点。ゴリラやチンパンジーは人類と共通の祖先を持つが、枝分かれする前の段階ですでに二足歩行しており、ゴリラ、チンパンジーのナックルウォークは枝分かれした後で獲得されたものではないかというもの。人類の二足歩行の特徴を「膝の裏を伸ばし、腰を直立させて」と記述されると、?っと思い、それって既に西洋中心主義が混じってないか?と突っ込みたくはなる。古人類学者って世界に何人くらいいるんだろう。
歩く江戸の旅人たち2* 谷釜尋徳 晃洋書房 2023
辺境メシ* 高野秀行 文藝春秋 2018
異性装 中根千絵他 集英社インターナショナル 2023
嘘と正典* 小川哲 早川書房 2019
急に具合が悪くなる* 宮野真生子・磯野真穂 晶文社 2019
他者と生きる* 磯野真穂 集英社新書 2022
2023年5月2日火曜日
150歳
高知での二泊三日の遍路行を終え、空路、千葉に移動。佐倉で三日間孫たちと遊び、さらに二子玉川へ。こんな周回コースを思いついた私はいったい何者なのだ。
二日間の研修。顔ぶれは少しづつ入れ替わってきているけれど、稽古場創設以来のメンバーもしぶとく残っている。二人組の稽古。二人の年齢を足してみるー20年間事務局やっていたので、みんなの年齢はだいたい把握している。150歳越えのペアが二組。すごいなと思う。しかも嬉々として稽古してる。長老と呼ぶしかない人たち。二人足して100いかなければ若手。100越えて、やっと中堅どころ。稽古場はじまって、今年で35年。
新しい稽古が提示されたとする。それでも、その新しい技法は基礎のひとつとして立ち現れる。そして、出現した新しい基礎によって、旧来の基礎とされて来たものは刷新され、新たなレイヤーを得て重層化していく。そして新たな生成の種となる。「基礎が進化する」とは、こういうことを云うのか。
二子玉川から新横浜へ。乗り換えソフトで調べると、見慣れないルートが表示される。あざみ野経由でも、長津田経由でもなく、なぜか自由ヶ丘、大岡山経由。首都圏の交通事情は年々変化しているようだ。電車に乗る生活から離脱して、はや7年を過ぎた。
遍路2023 その4
遍路をはじめて間がない頃、しょっちゅう杖を忘れた。休憩して歩きはじめ、しばらくしてから杖を置き忘れてきたことに気づく。ひどいときには、1キロも歩いてから気づき、取りに戻ったこともある。それでも、今年3月、一週間かけて、日和佐から室戸岬、さらに高知市の手前まで、お寺の間の距離にして150キロを通しで歩いたせいもあるのだが、杖が体の一部になり、置き忘れるということは、ほぼ無くなった。
4月は高知市内のお寺を打った。JR土佐山田駅から歩きはじめ、29番国分寺から33番雪蹊寺に至る40キロほどの距離になる。32番の禅師峰寺から33番雪蹊寺に向かう道は、国道と並行している旧道を歩く。遍路地図で見ると、旧道がそのまま浦戸湾を越えて対岸まで伸びていたので、てっきり橋があるものと早合点していたのだが、歩いて渡るためには、湾の空中高くかかっている浦戸大橋を渡ることになるのだ。そして、遍路地図に載っていたのは、「渡し」であった。このことに気づいたのが、渡しが出る船着場まで20分くらいのところにあるコンビニで休憩していたとき。時刻表を調べてみると1時間に一本。次の出航時間には、速足で歩けば間に合いそう。あわててリュックを担いで歩きはじめたのだが、しばらくして、杖を忘れてきたことに気づく。苦笑しながら、来た道を戻る。なるほど、こういう時に杖を忘れてしまうのだ。
僕のように居住地と四国を行ったり来たりしながら何回にも分けて歩くパターンを「区切り打ち」と呼ぶ。区切り打ちのよいところは、体力に応じて、時間の取れるところでサッと行き、さっと帰って来れるところにあるのだが、そのぶん、時間もお金もかかる。徳島を歩いている分には、「さっと」帰ってくることは可能なのだが、土佐路に入ると、前に進まない限り戻ってこれなくなる。つまり、一回あたりの日数は増えていく。高知から足摺岬に向けて歩きはじめると、ますます京都からとおざかり、最初と最後の移動だけで一日がかりになってしまう。どこで区切るか、それが問題だ。今回は雪蹊寺で打ち止めとする。欲張ってもう少し先まで歩くことも考えたのだが、再開するときのことを思うと、高知駅まで30分くらいで戻れるこのお寺にした。さて、次回はいつになるのだろう。身体は、もっと長い距離を歩きたいといっている。
区切り打ちのよいところは、歩きはじめる度に、自分の体が「歩くからだ」に変化していることを実感できることかもしれない。四国を歩いてない「間」の時間にも、体は作られていっているのだ。
(高知市3日目は市内観光に充てた。高知城向かいの高知城歴史博物館でいただいた「海鱗図」の絵葉書)
2023年4月30日日曜日
2023年4月21日金曜日
証し
最相葉月さんの「証し」(KADOKAWA 2022)を10日かけて1000頁を読了。サブタイトルは日本のキリスト者。何ヶ月か前、本屋で手に取り、「いずれ読むべき本」リストに加えられた。最相さんの本は結構読んでいる。対象との距離の取り方が上手で、ちょっと理系っぽい文体も好きだ。
身近にキリスト者がいないわけではない。全般的に言えば「良い人たち」。でも、「北海道生まれの人たちは皆んないい人」と同じくらい、ステレオタイプな印象を持っているに過ぎない。 数千人に取材し、それを千頁の本にまとめた貴重な証言集。戦争があって震災があって...。日本という国に住む住人として、同じ時代をキリスト者というマイノリティとして生きてきた人たちの記録でもある。 量が語るものというのはある。
自分自身のキリスト教との関わりを思い出してみると、意外に近くにあった割に、教義については驚くほど無知なままでここまで生きてきた。それが逆に不思議でならない。
僕の最初の英語の先生である阿部青鞋先生は俳人であり、そして牧師でもあった。1960年位のこと。でも、その俳句とキリスト教との関係を論じたものを目にしたことがない。 僕が20代から30代で繋がっていた大学はクエーカーが始めたもので、その大学の京都センターを率いていたJack Hasegawa氏はハーバードの神学校の出で、同志社に来てたんじゃなかったっけ。でも、彼とキリスト教の話をした記憶がない。 当時、その大学の関係者は、独裁政権下にあった韓国の人権運動支援に関わっていて、そのつながりで、僕自身、ソウルのFriends Meetingに出席したこともあるし함석헌 (ハム・ソクホン)先生にお会いしたこともある。1980年代の前半。
こうして振り返ってみると、ここに挙げただけでなく、まだ他にもあるのだが、かすりながらも見事に出会ってない。これはキリスト教に限ったことではなくて、宗教と出会ってないのかもしれない。自分が仏教徒かどうかも怪しくなって、最近はお葬式に数珠を携えることさえをしなくなった。なのに四国を歩き、お寺では般若心経をよみ、真言を唱えているのだ。
2023年4月10日月曜日
出石に蕎麦を食べにいく
城崎温泉にいく機会があったので、帰途、出石まで足を延ばすことにした。目的は蕎麦。
これには前段があって、今月頭、石川で、筆動法の稽古会をやったおり、稽古の翌日、客人のリクエストに応えるべく、鶴来ツアーを企画した。麹屋、白山比咩神社、そして蕎麦屋。白山稽古会の男性が車を出してくれて、女子3名が参加したのだが、帰りの電車の時間も決まっているし、蕎麦屋は行列しないと入れない店とのことだったので、全部は無理じゃないかと思っていた。その間、私は仕事。
最近、美味しい蕎麦にありついてない。時々通っていた、近所の若い亭主がやっているお店は、何年か前、ミシュランなんちゃらになってから、行列のできるお店になってしまった。コロナ禍中は閉めていることも多かったが、観光客が戻ってきた今、再び長蛇の列である。地元民は行けない店になってしまった。
普段の行いのよい人たちのグループだったのだろう、鶴来組はミッションを完遂して戻ってきた。麹も注文でき、美味しいお蕎麦も食べ、比咩神社にもお参りできとのこと。稽古会も盛況で、満足できる二泊三日の石川行きだったのだが、僕の中では、蕎麦にありつけなかった一点のみが心残りであった。
さて、出石である。城崎温泉から豊岡に出て、そこからバス。ゆるやかな道を内陸に向けて走っていくのだが、但馬は山の佇まいがよい。日本の豊かさって、結局、水の豊かさなのだと再認識する。出石は城下町。藩主の転封によって、信州風の蕎麦が出石に持ち込まれたとのこと。それにしても蕎麦屋だらけ。そのなかの一軒に入り、皿そば8枚いただいてきた。これで、ちょっと気が済んだ。
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