2023年1月31日火曜日

禁糖2023

禁糖淡々と進行中
今日で6日目
今年は日程優先で始めてしまった
20年もやっていると、食物はふんだんにあることはわかっている
よってお祭り感なし
これはこれでさみしい
いつもより、紅茶を飲む回数が増えるくらい
ご飯が美味しくて、つい食べすぎてしまうきらいがあるので、
むしろ、量の度合いに気をつけたほうがよい

2/5 禁糖、順調に継続中。だいぶ薬指でなじまなくなってきたので、2週間で終われそう。

2023年1月30日月曜日

1月の読書

香君(上下) 上橋菜穂子 文藝春秋 2022
土・牛・微生物 デイビッド・モンゴメリー 築地書館 2018
稲の大東亜共栄圏 藤原辰史 吉川弘文館 2012
言語はこうして生まれる* モーテン・H・クリスチャンセン ニック・チェイター 新潮社 2022

わりに大著ばかり読んでいる。
先月始めたInstagramは読書感想文で埋まっている。

図書館に出かける時間がなく、先日初めて、駅に設置されている「返却ボックス」なるものを利用した。地下鉄改札脇に置かれている大きな郵便ポストのようなものに本を入れる構造なのだけれど、投入口から箱の底まで落差1メートル。文字通り、投げ捨てるような仕組み。おいおい、本が可哀想だろう。ゴメンと謝りながら本を投入してきた。二度と使わない。

2023年1月17日火曜日

双ヶ丘

行先も定めず家を出た
文字通り足のゆくままの体である
分かれ道に来たら、どっちの道を行くかを決める
足は西南の方向に向かっている
歩いたことのない路地を抜けると見知った道に出た
双ヶ丘の東側をこのまま南に歩いていけば花園駅辺りに出る
双ヶ丘の登り口を見つけたので入ってみることにした
結構な山道を登っていくと山頂とおぼしき開けた空間にたどり着く
西北には愛宕山、北ちょっと東に目を向けると仁和寺の五重塔が見える
双ヶ丘には三つのピークがあるらしく、北から順に、一の丘、二の丘、三の丘と続く
二の丘からは、南に京都タワーを望み、東に大文字山を望む
北から南に双ヶ丘を縦走し、東側のふもとに降り、来た道を戻るように北上する
吉田兼好もかつてこのあたりに住んでいたそうな
仁和寺まで上がり、住宅街の中にある小さな和菓子屋さんに寄り包み餅を三個買う
あとはもう、帰るだけである



2023年1月15日日曜日

寒中見舞い

寒中お見舞い申し上げます。
古稀を過ぎてから、「なんとこの先も人生続くのだ」という現実にようやく気づきました。と同時に、もしまだ時間があるのであれば、今のうちにやりたいことをやっておこうとも。十年前に発願して果たせなかった四国遍路を昨春開始。延べ十一日間四国を歩き、阿波の国にある二十三のお寺を回ることができました。思い起こせば、日本の外にはじめて出たのが一九七三年のこと。あれから半世紀、ずっと旅してきたことになります。インターネットも携帯電話もなかった時代のことを若者相手に話すとき、つくづく自分が歴史的存在になりつつあることを実感します。とはいえ、life goes on. 等持院稽古場での稽古はバージョンアップしつつ継続中。四十年稽古しても、いまだとば口に立っているという実感しかありません。生涯稽古人ですね。どうぞ本年もよろしくお願いいたします。

 二〇二三年新春


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年明けて二週間、正月気分は早々に抜け、禁糖の足音が近づいてきました。

三年間、コロナに振り回された末、日常が戻ってきているような戻ってきてないような。

希望と不穏さがないまぜになった年のはじめです。




2023年1月5日木曜日

稽古始め

新年明けましておめでとうございます。
京都はおだやかな年明けになりました。

稽古始めは筆動法。
なぜか、「荷」という文字が浮かんできました。
今年は句会もやってみたいと思っています。



2021年7月27日火曜日

最適解

最適解ってなんなのと訊かれた。
わかりやすくいえば、数ある選択肢の中のどれを選ぶのがベストなのかという話。
たとえば、今回の次男坊家出事件。東京駅にたどり着く前に引き返すところから、「ジージんちの子どもになる」ところまで千通りの可能性があったはずで、そのすべての可能性を排除することなしに、刻刻変化していく状況の中でベストな答えを探っていくということ。「ジージんちの子どもになる」なんて可能性はゼロでしょ、と言われても、ぜんぜんゼロではない。もし、次男坊が京都にいる間に、関東に大地震が来たら、そのまま、僕らが育てなきゃならない可能性だってある。もちろん、その逆のケースだってあり得るわけだけれど。そういう千通りの可能性引き受ける覚悟を踏まえた上でのこれしかないという答え、それを僕は最適解と呼んでいる。解決案とはちがうし、妥協案でもない。

僕の千葉通いについても同じことがいえる。
別に、娘に頼まれて千葉通いをはじめたわけではない。千通りの可能性の中から、その道が選択された。選択されたというより、それが最適解として立ち現れたという方が、僕の実感に近い。「娘さんたちと同居しちゃいなさいよ」とアドバイスをしてくれる人もいたが、その言葉が娘に寄り添った親切心から出てきていることは認めるとして、僕のこれまでの人生へのリスペクトの欠如と、その安易さに脱力した記憶がある。ひとつの解決案であったかもしれないが、それは最適解ではないだろう。

最適解が、唯一の道として、いきなり現れることもある。6年前の京都引っ越しがそうだった。その後の大変動を振り返ると、われながら苦笑するしかないのだけれど。

2021年7月26日月曜日

次男坊の大冒険 3

 ママに失恋した記憶が強烈に残ってるんだ。次男の頑なさの元を探っていくとこういうことになる。きっと、次男一般、そんな傷を負って生きてきてるんだろうなと想像する。僕は長男だし、娘は一人っ子だから、次男の気持ちはわからない。娘には、一人でお迎えに来られればいいねとアドバイス。ただ、子供二人置いてでかけてくるのはハードルが高い。 

 二日目の夜は三人とも爆睡。朝9時近くまで寝てしまった。気がつくと娘から「今日、一人で日帰りでお迎えにくる」とのラインが入っている。お、なかなかやるな。せっかくだから、トロッコ列車に乗せてあげようと計画するが、子供二人置いてきているので、早めに帰るしかないらしく、我が家にも寄らず、京都駅で待ち合わせることにした。次男には内緒。さて、どうなっちゃうんだろう。
 
 京都駅までバスで移動。駅は思いの外閑散としていて、お昼時なのに待ち合わせ場所にしたイノダの前に席待ちの行列もなく、すんなり席に案内される。僕はステーキランチ、ネーネはあんみつ、次男はフルーツパフェを注文。品物が出てきた頃、ママ到着。が、次男無言で黙々とパフェに向かう。大人同士の会話がはじまり、時折、次男に言葉をかけても、ひたすらパフェに向かう。ママが注文したケーキを「食べる?」と訊かれたあたりから、ようやく声が出てくる。この場に及んで「ジージんちの子になる」と言い出したらどうしようと、どきどきしながらジージとネーネは親子の会話を聞いている。

  「ママと新幹線で帰る」という言葉が発せられたときには、一気に緊張が緩んだ。そこからはもう手のひら返しで、さっさとバイバイと手を振って、野外保育の仲間たちにお土産を買うのだと、ママと手をつないでイノダを出ていった。

  いや〜。まったく楽しい三日間だったよ。そして、間違いなく、これが最適解。