2018年7月15日日曜日

七転び八起き

七転八倒よりも七転び八起きでしょと、稽古会の方が届けてくれました
フォーメーションは1-4-2-1です


2018年7月4日水曜日

Part - 3 毀す

三年間、ここで積み上げてきたものを毀そうとしているわけだ
整体指導者であることよりも、ひとりの「整体の人」としての振る舞いを優先させた結果、
この稽古場のありようも大きく変っていくことになる
稽古場として存続できるのだろうか
それも覚悟の上の決断だから、あとは、やるべきことをやるだけのこと
結果は甘んじて受ける
今年後半、ここ等持院稽古場は、そのような実験の場となる
結構、ギャンブラーな私

悠悠自適の次に何が来るのか
七転八倒という言葉が思い浮かんだ
おいおい

余談だが、昨日、三人の人から骨折しましたとの報告が届いた
全員昨日骨折ったわけではなさそうだが、一日3件はあまりに多すぎだろ
みんな調和を毀す時期に差し掛かってるのかもしれない

2018年7月1日日曜日

Part 3 - 会者定離

所詮、人が人と過ごす時間は通過点でしかない
点という言葉を使ってしまうと誤解されそうだから、帯という字を使おうか
それとも、並行した線路の上を走っている電車に例えた方がわかりやすいだろうか

30年一緒に暮らしたとしても、もっと長いスパンで眺めれば、
同速度で走っている二両の電車のようなもので、やがて別れの日はやってくる
夫婦であっても、親子であっても、友人であっても

だからこそ、一緒に居られる時間は貴重だといえる
残された時間は五年かもしれないし十年かもしれない
こればっかりは、だれにもわからない

残りが短いなら、このままひとりでいる自由を選ぶのもよし
残りが短いからこそ誰かと一緒にすごすという道を選ぶもよし
蝉の一生、人の一生の比較みたいなものだね

こんな風に、これから一緒に暮らそうという人に「会者定離」を説いているぼくは、
不粋な男であるにちがいない
でも、説かずにはいられない

Part 3 マジックワード

ある集注に入っている女性に
この単語はマジックワードであった
この単語を発したとたん、さっと掴まれてしまった
なにこの速度
ちょっと舐めてた

どう考えても、
私に反応したというより、
この単語に反応したとしか思えない
30回くらい念を押したのだが、異存はないという
観念することにした

世の中には年齢識別機能不全の女性が千人に一人くらいはいるらしい
いや、常識という歪んだメガネをかけない自由な人というべきか

人生三巡目のはじまりです
sunajiiファンの皆さまごめんなさい
悠悠自適よサヨウナラ

2018年6月29日金曜日

6月の読書

飲み食い世界一の大阪* 江弘毅 ミシマ社 2013
ピカソになりきった男* ギィ・リブ キノブックス 2016
犬養毅の世界* 犬養毅・鵜崎熊吉 書肆心水 2007
父ボース* 樋口哲子 白水社 2008
中村屋のボース* 中島岳志 白水Uブックス 2012
失われた感覚を求めて* 三島邦弘 朝日新聞出版 2014
インド・まるごと多聞典* 矢作多聞 春風社 2002
タラブックス* 野瀬奈津子他 玄光社 2017
「リベラル保守」宣言* 中島岳志 新潮社 2013

2018年6月26日火曜日

Part 3 - Keep on moving

三年前の6月末、ずいぶん久しぶりに京都の稽古会に参加した
休憩時間、研修会館の北側に設けられた喫煙場所で徳岡さんと並んで煙草を吸いながら、
「いつか関西に戻ってきたいな〜」と呟いた
三ヶ月後、京都に住んでいるなんて、その時は知る由もない

二年前の6月末、初回のせうそこを等持院稽古場で開いた
安森さんを話し手として迎え、僕は聞き役だった
はじめての孫が生まれたのもこのときだ

一年前の6月末、そのころは3月末にやったせうそこ3の編集真っ只中だった
話し手としてせうそこに関わることで、「喪が明ける」ことを悟った
一歩一歩俗に戻っていくことに私自身が狼狽していた

それから一年が過ぎた今年の6月末
三年前一緒に煙草を吸った徳岡さんがせうそこ6の話し手として等持院に現れる
そして、俗に還ってきた私は大きな転機を迎えている

なんだか、せうそこに背中を押されて、ここまでたどり着いた感じがはんぱない
三年あれば人生変わる
いや、三ヶ月あれば、十分だ

Keep on moving

2018年6月19日火曜日

Part 3 整える

その日、何を稽古していくか決まらないことはある
では、それが定まらない時、どうするか
古いノートを引っ張り出してくるのも一案だが、掃除をはじめることの方が多い
つまり、場を整えて、やるべきことが「降りてくる」のを待つ

場を整える
稽古の場を俗から切り離す
稽古の場を生活の場から分離させるというのは、常識といえば常識
等持院で稽古場をはじめるときに腐心したのはこの一点に尽きる
ただ、平屋建て一軒家
生活の場を稽古の場から分離させることは物理的に無理なのだ

ぼくが採用した戦略は、すべてを開け放つこと
ドアは閉めないー書斎は男性用の更衣室となる
台所も開放するー実際、喫煙場所でもある
僕自身を限りなく備品化させていく
これしかない

ただ、これが可能であったのは、僕自身が非性的な存在
として京都に降り立ったからでもある
演技するまでもなく、実際、そういう存在であった
ここ一年は、「俗に還ってきた」一年であった
では、「俗に還ってきた」私に、この稽古場を維持していくことは可能なのだろうか?

結構、瀬戸際な感じ