2014年9月26日金曜日

出立記 2014.8~9

1

死ぬのも人間の自然
と口では言いながら
いざ、妻の命の
残り少ないことが予感されると
その命をこの世に繋ぎ留めておきたい
と願っている私がいた

医者を恃み
優しい言葉をかけながら
覚悟させる役目から逃れようとしている

いや、覚悟できてないのは
この私、なのだ

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在宅医療を頼んだら、
いきなり看護師やらケアマネさんがやってきて、
ほどなくして大きな介護ベッドも運び込まれた
在宅医療とは病室を家庭内に出現させることであった
生活空間は医療現場に変貌し、家族は医療補助者として教育される
家庭の風景が毀損されていく

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ここ一年の娘の成長ぶりは目を見張るほどで、
昨年末の叔母の死、8月のロイ先生急逝を受けて、
ぐいぐい大人になってきた
正論を振りかざす娘のまえで、父親はタジタジである
こいつと一緒になる男はきっと大変だ、
つい想いはそっちに向かう

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世の中、子供と大人の二種類しかいない
困ったことに、
その違いは幼少期に決定づけられる、
としか思えない
その時期に集注要求を満たされなかった人間は、
最後の局面においても、
その満たされなかったものを周囲に要求しつづける

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点滴を止めることにした
すると顔の肉から落ち始める
でも、これでようやく自然の経路に戻ってきた
という感覚が得られる
これまで動きのなかった腹に息が入りはじめる
点滴とは、アンチエイジングの手法に過ぎないのだ

ある日、帰宅したら、使われなくなった点滴セットが
押入れにしまい込まれている
娘なりの決意表明
こいつ、俺より肚が据わっている

普段の生活空間が戻った

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食べて寝て夢を見て起きて排泄してまた眠る
赤ちゃんと同じようなリズムで一日一日が過ぎてゆく

食欲が最後の砦となり、
次々に要求が持ちだされる
冷凍庫はアイスで埋まり、
冷蔵庫は味見し終わったゼリーや果物で埋まる
妻が望む「ぴったり」はどこにあるのか
離乳食で試行錯誤した頃が思い出される

実際、看取りは育児に似ている
話しかけは必須
赤子が夢を見ながら育っていくように、
往く者たちもまた、夢の中でなにかを育てようとしているのだ
そして、子供によって親が育っていくように、
送る側にいる者の中に何かが育てられていく



トイレまでの距離が遠くなる
9月はじめには、一人で歩いていけていたものが、
9月二週目には、人の肩を借りるようになり、
三週目に入ると、トイレまでの歩数がその前の週の二倍になり、
便座に座った姿勢を保つこともむずかしくなってきた
でも頑張っている

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腕に汗をかき、しきりに痰を出す
死ぬには体力が要る
という言葉を残して逝ったのは四国のNさんだったが、
整ってはじめてヒトは死ぬことができる
そんなことにも気づかず僕は右往左往していたのだ

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固形物が食べられなくなり
液体も喉を落ちていくものと落ちていかないものに分かれてきて
やがて水だけになる
でも、腹水で膨れていた腹は、
いつの間にかふくよかな腹に戻りはじめる
言葉は不明瞭になってくるが、
それを補うように手の動きで意思を伝えようとする
こんなに手の表情豊かだったっけ

介護ベッドの背と脚の角度を変え楽な体勢を見つけていく
一つ動いて三つ動いて最後に二つ動く
といったように動きを分けないと適度な速度が得られない
その加減も手の動きで指示される

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10

呼吸が浅く速くなり、脈も弱く速くなる
でも一息四脈
しきりに暑さを訴え、風を送ってくれという
こんなに細くなってしまっているのに、
今更何を燃やそうというのだ
仰いでやると、うっとりした表情で
「気持ちいい」と言う

夢をみている
だれかと会話している
信号を送っているかのように十本の指が細かく動く
訊いても教えてくれない

感情が不安定になる
あっちに行ってしまった目で
「点滴をつないでください」
と、懇願された時には動揺した
「おかあさん、 大丈夫だよ」
この場面でもブレなかったのは娘の方だった

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11

ベッドの角度調整だけでは追いつかず、
自分で動かすのがつらくなった胴体の角度や膝の曲がり加減を
こうしろああしろと指示される
徹頭徹尾、鳩尾を抜こうとしている
虚の通り道を作ろうとするかのように
親子三人がかりで行気している状態

やがて静かなまとまり感が生まれる
僕の右掌が妻の鎖骨と胸骨のつながり目に触れると、
いきなり巨大な欠伸が襲ってきた
体の奥の奥の底からから生まれてくる欠伸が出口を求めて動きはじめる
僕の顔は欠伸と涙でぐじゃぐじゃになる
あちこちからの小川の流れが寄せ集まって大きな河になるように、
体の隅々から吐きの息が集まってくる
やがて巨大な欠伸が僕の喉を通り抜けると、
ああ終わったという感覚が訪れてきた
「言いたいこと一杯溜まってたんだ、ごめんね」
と声をかけて手を離すと、
妻の呼吸は静かで、目は遠くを見ていた

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12

これで今晩は平和だろう
と、ホッとして台所で一服していると
「おとうさん」と娘が呼ぶ
えー、と思ってベッドに行くと
妻はもう旅立っていた
もう少し一緒にいられると思っていたのに

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13

はい、私はただの青二才でした
生死を人に説くなんて百年早い若造でした

人はこのように生き切るのだ、
という見本を妻に観せられてしまった私は
これから先をどう生きていけばよいのだろう?
「もっと自分の脚元を観なさい」
と言い残して妻は逝ってしまった、そんな気がする

大仕事ひとつ三人でやりとげた
そんな充足感が残った

月満ちて産まれる如く旅立てり (和)

(妻初七日の日に記す)