2025年5月27日火曜日

5月の読書

働くことの人類学* 松村圭一郎+コクヨ野外学習センター編 黒鳥社 2021
明治のことば* 齋藤毅 講談社学術文庫 2005
江戸の読書会* 前田勉 平凡社ライブラリー 2018
この星のソウル* 黒川創 新潮社 2024

2025年5月23日金曜日

この星のソウル

黒川創ファンを自認しているが、手元に置いている本はない。ただ、この「この星のソウル」だけはいつか著者にサインを貰うために買っておこうと本屋に出かけたのだが、出版から3ヶ月も経つと存外在庫がなかったりする。セルフレジを使っている大型書店は基本避け、小さめの本屋を目指すのだが、それでも見つけられない。余波舎ならあるだろうと目星をつけて行ったのに、他の本はあるのに、この本に限ってない。とうとう諦めて取り寄せてもらうことにした。

と、ここまでは前置き。なぜ、この本に限って購入しようと思ったか。フレンズワールドカレッジという、私にとっては母校とも呼べる固有名詞が活字となって記されているからである。かわら版のデジタルアーカイブを作ったときにも思ったのだが、記憶はどんどん風化して忘れ去られていく。活字というのは、そのような歴史に爪痕を残すことでもあるのだ。フレンズワールドカレッジ(京都)を記憶に留めておくには今がタイムリミットなのだが、やるエネルギー残ってるかな。

閔妃暗殺という日本近代史の暗部を中心に据えた日韓の歴史、70年代から現代にいたる筆者自身の韓国との関係、そして、変貌するソウルの姿。それら異なった時間の流れをひとつの作品としてまとめ上げている。同じ時代、似たような場所を彷徨った者のひとりとして、このような作品が世に出たのは嬉しいし有り難い。



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2025年5月20日火曜日

身体観を変える

出発まであと三週間。

ヨーロッパ行きが決まったのは去年の10月だったから、十分な準備期間はあったはずなのに、あっという間に時間が過ぎてしまった。この間なにしてきたかというと、稽古の内容を考えるというよりも、自分の整体人生を振り返り、稽古場の歴史を辿っていた。

2回稽古会をやることになっているのだけれど、後半の方は、整体になじみのない人に、しかも通訳なしの英語でやるという無謀な選択をしてしまったので、体とはなんぞや、カタとはなんぞや、内観とはなんぞやといったことを英語で話そうと作文に励んでいる。考えれば考えるほど、頭の中はカオスに向かう。

内観を英語で説明しようとすると、えらいことになってしまう。なんで、身体観を変えろ変えろと言われ続けてきたかやっと分かった。身体観が変わらなきゃ、内観なんてできない。今ごろそれ言うかと突っ込まれることは重々承知。でも、身体観が変わるとは、世界観、人生観が変わることでもある。

途中から、紹介されて読みはじめた難解な量子論の本は補助線として有効。客観と内観は、ニュートン力学と量子力学ほど違う。つまり、世界の記述の仕方が異なっているのだ。

今更ながらの発見の連続。