聴力補助機能付イアホンを使いはじめて一ヶ月。世の中は音で満ちている。雑音で溢れかえっているとも言い換えられる。そんな中で、人は必要な音を取捨選択して聞き分けて生活している。なんという高度な技なんだろう。音を増幅する機能によって、人の声は近くに聞こえるが、紙のカシャカシャ音とか、換気扇のザーザーという耳障りな音も同時に増幅される。
これまでなら最初から諦めていた大人数の会話の輪にも加われる。師匠の講義も以前よりフォローできている感じではある。不思議なもので、聞こえる状態はイアホンを外した後もしばらく継続する。内部に向かっていた集注が、イアホンを付けたことで外に向かい、その外に向かう集注が保持されるということなのだろうか。
でも、自分が聞いている声は、一体どのような声なのかという疑念は晴れない。きっと、これから先、対象の声を自動追尾する機能とか、対象だけの声を拾う機能とか、自動翻訳してしまう機能とか、どんどん付け加わっていく予感はあるけれど、果たして、それは声を聞いていることになるのか。所詮は、電気なしには成り立たない技術でしかないことを肝に銘じておかないと足元を掬われそうだ。
イアホンを外すと平和が戻ってくる。この静かな環境の中で、本当に僕は何も聞いていないのか。それとも、この娑婆に溢れている音以外のものに耳を傾けているのか。聴くという行為は奥深い。