2025年9月27日土曜日

9月の読書

鴨川ランナー* グレゴリー・ケズナジャット 講談社 2021
ぼくらの「アメリカ論」 青木真兵・光嶋裕介・白岩英樹 夕書房 2024
1945 最後の秘密* 三浦英之 集英社クリエイティブ 2025
冒険の書-AI時代のアンラーニング* 孫泰蔵 日経BP 2023
テクノ封建制* ヤニス・バルファキス 集英社 2025
暗殺の年輪* 藤沢周平 文春文庫 2009
がいなもん-松浦武四郎一代* 河治和香 小学館 2018

2025年9月21日日曜日

心中天網島

めずらしく感情的処理能力を超える案件に悩まされている。
こういう場合、どうすればよいのだろう。
不条理には不条理をぶつけるしかない。
で、お彼岸のお墓参りのついでに文楽を観に行くことにした。
菩提寺のある上町台地から、坂をとろとろ下り、徒歩15分で国立文楽劇場に着く。

人形浄瑠璃が描く世界は不条理で満ちている。
今回の演目である心中天網島は初見だったが、遊女小春に入れ込む紙屋治兵衛なんて、ただのダメ男で、遊女小春と女房おさんの義理がテーマなのだ。小春を死なせないために、夫の治兵衛に小春を身請けしろと言う心持ちなど、現代人の感覚からすればという「留保」をつけるべきかもしれないが、理解不能である。

最後の幕は、心中への道行が描かれていて、治兵衛が小春の喉を刺し、自分は首を吊ってしまうという場面を人形は演じてしまうのだ。もう凄惨そのものな場面であるのに、人形がやると、なぜか美しく、観ている者にカタルシスさえ与えてくれる。

江戸時代の大阪庶民はこの浄瑠璃をどのように見ていたのだろう。
それぞれに心中を希求する心があって、その実現を人形に託したのだろうか?
不条理で苦に満ちた現実世界を、この浄瑠璃を見ることで、いっときでも忘れられたのか?

見終わったあとの清々しさに自分でも驚いた。

それにしても映画「国宝」も大阪万博も、文楽劇場にはプラスに働いてないように見えるのはどういうことか。コロナ後はじめての文楽劇場だったけれど、空席の多さに驚いてしまった。





2025年9月17日水曜日

お先に失礼

西ノ内多恵さんの訃報を聞いたのは8月の下旬。
それから一月経って、西ノ内さんから葉書が届いた。
「お世話になりました。お先に失礼いたします」とある。
ご遺族の方に準備万端整えて、指示を出されていたようだ。
僕が大井町稽で稽古していた頃、僕が三人娘と勝手に呼んでいた年長の先輩のひとり。
わらべうたの研究者であり、詩作もされていた才女。
小杉さんのVサイン遺影もカッコよかったけど、西ノ内さんの挨拶文もお洒落だ。
92歳7ヶ月での大往生。
ありがとうございました。