2019年7月5日金曜日

ソマティックス 5

といいながら、もう少しだけ

時代の空気、というものはあるだろう
自分というものが、他者性を取り込むことで形成されていくとすれば→「
身近に接していた人たち(人とは限らないが)を通して、
あるいは、もっと直接的にその時代の空気を取り込んでいるにちがいない
じぶんさがしをはじめたのも、このような理由による
ぼくらは明治150年の申し子だ
ぼくらは孤児だ
ならば稽古しようぜ、という結論は我田引水がすぎるか