ほびっと 戦争をとめた喫茶店 中川六平 講談社 2009
はじめて岩国に行ったのは1977年のことで、韓国の労働運動を支援するアメリカ人運動家にくっついてソウルに向かう途中だった。そこにもうほびっとはなかったけれど、セレンディピティという喫茶店があったと記憶しているのだが、定かではない。舞台になっているのはベトナム戦争末期の基地の街岩国。ベ平連も活動拠点として作られた喫茶店のマスターとして大学生の中川六平くんが京都から移り住むことになる。奮闘記であり挫折記でもある、70年代前半の空気が活写されている。著者中川六平氏(1950-2013)の「いちご白書」。
中井久夫 人と仕事* 最相葉月 みすず書房 2023
スノードロップ* 島田雅彦 新潮社 2020
島田雅彦 とか平野啓一郎 とか文壇に連なってそうな有名どころの人たちの書いた小説って読んだことがない。たまたま図書館の返却ラックに並んでいたので借りてきたこの「スノードロップ 」、皇室を舞台とする思考実験的な小説なのだが、意外に面白かった。直近で天皇制が危機に瀕したのは安倍政権の時代であったが、この時期の皇室の置かれた状況をうまく小説化している。最後はアメリカ大統領まで登場させるドタバタ喜劇風になっていく。スノードロップ妃にはもっとダークヒーローとして活躍してほしかったな。
天路の旅* 沢木耕太郎 新潮社 2022
犬橇事始* 角幡唯介 集英社 2023
一人の男はグリーンランドの氷原を犬橇で四苦八苦しながら走っている。もう一人の男は、80年前、ラマ教の巡礼僧に扮して中国奥地の砂漠地帯を駱駝と共に歩き、チベットからインドへヒマラヤを徒歩で超えていった日本人密偵の足跡を辿っている。両者スケールデカすぎて目眩してくる。
身の維新 田中聡 亜紀書房 2023
どのような医学こそが「国民という身体」を作るのによりふさわしいのか。明治政府が国家モデルを西欧列強に求めた時点で、漢方、皇医道に勝ち目はなかったということか。しかし、国家が強いる身体観からはみ出たものこそが「身体」なのだ。田中聡 さんの代表作になるかもしれない。