2016年2月20日土曜日

火吹竹

ひと冬を火鉢と過ごしてきた
このところ春めいてきたので、毎日炭を熾すことはやってないが、
まだ出番はありそうだ

炭を火起こし器に入れ、ガス台に載せて炭をおこしていく
お尻が赤くなってきた炭を火箸を使って火鉢に移し、灰のくぼみに炭を置いていく

たいがいの場合、それで炭は燃えてくれる
ただ、炭の置き方によっては、勢いが出ないこともある
そのときは、火吹き竹の出番

勢いがよすぎると、灰が飛ぶ
かといって、弱すぎると助けにならない
なかなか微妙な息加減が求められる

炭というのは、単独では勢いが出ない
片方の火が、相方の炭に照り、
その相方の火の照り返しが自分の方に戻ってきはじめると勢いが出てくる
双方の炭の間でやりとりが生まれてくれば大丈夫
そのやりとりを促すために息を送っていく

炭に向かって吹いてもだめで、炭と炭の間めがけて吹いていく
科学的に簡単に説明できてしまうことに違いないが、やってみると面白い
炭と炭がくっつきすぎてもだめだし、離れすぎてもだめ
炭の並べ方にもコツがいる

火を扱うときには、さすが誰しも慎重になる
この緊張感が魅力でもある


2016年2月19日金曜日

fudedoho

等持院でも筆動法始まったので、fudedohoのページの更新も再開します

2016年2月18日木曜日

障子を外す

和室と広縁の間の障子を外してみた
4月の「回り稽古」目がけてのシュミレーションである
和室6畳に広縁4畳の10畳
京間だから、関東の感覚でいえば12畳くらいの感じ
コタツを外し、テーブルをどけ、本棚を移動させれば、12+α名を収容できそうだ
それでも一人一畳に足らない
このスペースでどんな稽古が可能か?
2人組で6組、3人組で4組
全体テーマは「足捌き 」で、これに「スキマ感覚」を加味していくことになる
おまけに初回担当だ

居住スペースでもあるのだが、俗な感じはしない
ここを稽古の場としてもっと活用していってもよさそうだ
筆動法でも5人は稽古できるし、公開講話だってできそうだ

公開講話?
うーん、月に一度くらい、お話中心の会があってもいいのかもね
要検討

2016年2月17日水曜日

亭主

これまで迎えるよりは、
迎えられる役のほうが多かった
お茶でいえば客
そんな私が迎える側に回った
つまり亭主

しかも、稽古場兼自宅という場所が舞台
四畳半の稽古場が独立してあるわけではなく
構造上、書斎以外のスペースを客は動きまわることになる
いや、男子に着替えの場として提供することもあるから、全館稽古場状態
稽古と生活が混ざりあう、このブログタイトル通りの「公私混同」

「公」のスキマに「私」が収まっている

2016年2月16日火曜日

禁糖開始

白山稽古会から戻ってきて禁糖開始
今日で三日目になる
もう十年以上やっているから、すでに春の風物誌
ムスリムにとってのラマダンのようなものか
ややお祭り的
いつもより料理に気合が入るし、
普段よりよい食材を買ってしまい、食費は跳ね上がる

一日目は楽天堂で仕入れてきたお豆を使ったチリコンカルネを作ってみる
これをつくるのは30年ぶりくらいではないかな
豆料理というのは奥が深そうだ





















二日目はステーキ
普段は薄切り肉しか食べないし、ましてや牛肉などめったに食べないのに...






















おやつ用に、小ぶりのさつまいもを買ってきたり
妙にテンションが上がっている
これはアルミホイルで包んで火鉢にのせて焼芋にする

三日目は、ご飯と味噌汁の残り、鰹のたたき
それに、油揚をオーブントースターで焼いたものに納豆
純和食ですね





















この期間を通して、自炊力をつけようと思っている
食べ過ぎにご用心

2016年2月14日日曜日

レイアウト変更

「稽古会情報」を右欄最上段に移動しました

2016年2月12日金曜日

仏壇

 不信心の代表みたいな人間だった私が、毎日仏壇に手を合わせる習慣を身につけてしまうとは驚きだ。水の上げ下げもするし、線香立ての掃除もするし、仏花も買ってくる。自分が信心深いとは今でも思わないが、それでも亡くなった者たちと一緒に生きているという感覚はある。いや、仏壇という装置によって、その感覚が保たれているというべきか。

 それにしても仏壇というのは不思議な箱である。もう十年以上前のことになるが、父が岡山から東京に引っ越したとき、仏壇は一ヶ月遅れて東京に運ばれることになった。新しい環境に慣れるのに苦労し、感情的にも不安定な状態が続いていた父だったが、仏壇が到着するや、その不安定さがぴたりと収まった。やはり、人は、依代として、「もの」を必要としているということなのか。

 父のところにあった仏壇は立派なものだったが、横浜の家に置くにはでかすぎて、当初、小さなものに買い換えるつもりでいた。それを娘の引き取りたいという一言で、そのまま横浜に運ぶことになり、結局、私と一緒に京都に引っ越してきた。この家の一等地に「居場所を見つけた」と言わんばかりに鎮座している。

 こんなことに思いがいくのは、半日、父母の写真の整理をしていたのと、『仏教シネマ』(釈徹宗・秋田光彦 サンガ 2011)というお坊さん二人の対談集を読んだからですね。