よい季節というのは意外に短い
4ヶ月の冬があって、4ヶ月の夏があって
間に2ヶ月づつの春と秋がある
そんな感じではないか
それでも北陸の人が関西で暮らしはじめたとき、
秋が12月の初めまで続いていたので羨ましかったという話をしてくれた
夏が終わったと思うと、一気に寒さがやってきた
去年は、寒くなって慌てて暖房器具を買いに走ったので、
今年は先回りして準備することにした
ホットカーペットを引っ張り出し、ガスファンヒーターも出してきた
とにかく台所が寒いので、勝手口を引越し時の残りもののポチポチで封じ、
床用にラグも注文
屋内防寒用にオーバーパンツまで頼んでしまった
テレビで昨年は暖冬だっと気象予報士が話している
おいおい、暖冬だったっけ?
結構寒さ厳しかった記憶があるのだが、この冬は平年より寒いという
これから年末年始に向けて、行事催事も予定されているので、
もう一度暖房を見直す必要があるのかもしれない
そうだ、火鉢用の炭も買いに行かねば
2016年10月30日日曜日
2016年10月27日木曜日
2016年10月25日火曜日
一周年
日記を読み返していたら、一年前の10月25日が稽古場開きとある。この場所で稽古をはじめて一年が経ってしまったのだ。順風満帆とまではいわないけれど、予想通り〜何を根拠に予想してるのか自分でもわからないけれど〜のペースで来てる。30人の人が、それぞれ月一回の割で来てくれるような、そんな稽古場になればよいと思っていたのだが、一年でその半分くらいにまでにはたどり着いている。
この一年、いろんな人にお世話になった。まず、最初に名前を挙げるとすれば池田先生。もう、相棒ですね。一緒に飯食った回数は文句なく一番多いし、車でしか運べないものの買物等々よく付き合ってもらった。最近、料理をはじめたとのことで、この変身ぶりは一年前には想像もできなかった。次に挙げるとすれば、木田さん。彼の小さなレストランが近所にあってくれたおかげで、どれだけ僕の食生活が豊かになったか。どこで買物すればよいか等についてもご教示いただいた。熱心に稽古にも参加してくださっている。三番目はユズルさん。不思議なひとたちが、ユズルさん経由でこの稽古場にやってきた。京都に引っ越すきっかけにもなった「片桐ユズルに聞く」という月例の会には極力参加するようにしている。もちろん、稽古に来てくださっている人たちがいて、この稽古場は成り立ってるわけで、その方たちにも感謝。
回り稽古があって、せうそこもやって、連座基礎もあって…。こうして振り返ると、随分、充実してる。二年目はどうなっちゃうんだろう。ついでに、稽古関連のアナウンスをしてしまうと、今月31日に安森さんの筆動法(残1名)、来月30日にはせうそこの2回目で、鎌倉稽古場の大松さん登場。そして、12月から関西版回り稽古第2弾がはじまり、ここ等持院稽古場は1月に順番が回ってくるとのこと。なんだか、もう来年の足音が聞こえてきてる。
この一年、いろんな人にお世話になった。まず、最初に名前を挙げるとすれば池田先生。もう、相棒ですね。一緒に飯食った回数は文句なく一番多いし、車でしか運べないものの買物等々よく付き合ってもらった。最近、料理をはじめたとのことで、この変身ぶりは一年前には想像もできなかった。次に挙げるとすれば、木田さん。彼の小さなレストランが近所にあってくれたおかげで、どれだけ僕の食生活が豊かになったか。どこで買物すればよいか等についてもご教示いただいた。熱心に稽古にも参加してくださっている。三番目はユズルさん。不思議なひとたちが、ユズルさん経由でこの稽古場にやってきた。京都に引っ越すきっかけにもなった「片桐ユズルに聞く」という月例の会には極力参加するようにしている。もちろん、稽古に来てくださっている人たちがいて、この稽古場は成り立ってるわけで、その方たちにも感謝。
回り稽古があって、せうそこもやって、連座基礎もあって…。こうして振り返ると、随分、充実してる。二年目はどうなっちゃうんだろう。ついでに、稽古関連のアナウンスをしてしまうと、今月31日に安森さんの筆動法(残1名)、来月30日にはせうそこの2回目で、鎌倉稽古場の大松さん登場。そして、12月から関西版回り稽古第2弾がはじまり、ここ等持院稽古場は1月に順番が回ってくるとのこと。なんだか、もう来年の足音が聞こえてきてる。
2016年10月22日土曜日
腰痛
腰痛になったことは一度や二度ではない
しかし、今回の腰痛といったら…
しかし、今回の腰痛といったら…
そうとうに痛い
夏の終わり頃から、
骨盤が後傾して歩いてる自覚はあった
つまり老衰の兆し
ちょっとまずい
そして、この腰痛
タイムリーとしかいいようがない
このまま老いさらばえていくのか、もうひと踏ん張りするのか
人生のわかれ道
というのは、ちと大袈裟か
静止しているときは問題なし
動いているときも問題なし
止まった状態から動き始めるときが大問題
ちょっと間違うと、ぎゃ〜、と悲鳴をあげることになる
動法で動けばよい
これが稽古者の鉄則
実際、動法の身につき具合が日々試されている
動法の甘さが日々露呈しているというべきか
もとより、自分の体を素材にして技を磨いていくのが整体指導者
悲鳴は上げても弱音は吐かない
いや、その悲鳴も封じ込める
そういう時に限ってひとはやってくる
しかも、これから稽古をはじめよう、などという人がやってくる
みっともないところを見せるわけにはいかない
日々試練
夏の終わり頃から、
骨盤が後傾して歩いてる自覚はあった
つまり老衰の兆し
ちょっとまずい
そして、この腰痛
タイムリーとしかいいようがない
このまま老いさらばえていくのか、もうひと踏ん張りするのか
人生のわかれ道
というのは、ちと大袈裟か
静止しているときは問題なし
動いているときも問題なし
止まった状態から動き始めるときが大問題
ちょっと間違うと、ぎゃ〜、と悲鳴をあげることになる
動法で動けばよい
これが稽古者の鉄則
実際、動法の身につき具合が日々試されている
動法の甘さが日々露呈しているというべきか
もとより、自分の体を素材にして技を磨いていくのが整体指導者
悲鳴は上げても弱音は吐かない
いや、その悲鳴も封じ込める
そういう時に限ってひとはやってくる
しかも、これから稽古をはじめよう、などという人がやってくる
みっともないところを見せるわけにはいかない
日々試練
2016年10月18日火曜日
土俵
昨夏、本部で独法がはじまった
その頃からダン先生の稽古の中味も変わってきた
ぼくら相手の稽古が独法・双観法への仕込みの場になってきた
突然、ロイ先生が亡くなり、
その後を引き受けることになり、
修養講座という制度をつくりだした
修養講座で試されているのは、むしろ整体指導者だろう
整体指導者が整体を自分の言葉で話す稽古でもある
どうすれば、これまでロイ先生がやられていたことと、
身体教育研究所でダン先生が追求してきたことを並列させるか
これはなかなか大変な仕事である
稽古場は28年の歴史のなかで、独自の言語空間を形成してきた
それは、ダン先生による野口晴哉解題といえるものだが、
整体協会全体のなかでは共有されてはこなかった
最近、公開講話で感受性という言葉が多用されている
いうまでもなく、整体協会的にいえば、晴哉先生の語彙に属するものであり、
整体を語る上でのキーワードのひとつである
どうやらダン先生は、晴哉先生の語彙を媒介にして、
言葉が通じなくなっていた二つのグループがコミュニケートできるよう
共通の土俵をつくる作業をはじめたらしい
一朝一夕でできる仕事ではない
あたらしい世代
修養講座、独法・双観法で学んだ世代が指導者になるまで最低でも5年はかかる
そこまでは面倒をみるつもりでいるらしい
とんでもない負荷であることは間違いないが、その負荷をさらなる技の進化に転じてしまう
そこが、わが師のとんでもないところである
70代のダン先生を目撃するために、こちらも、もうひと頑張りせねばと思う
その頃からダン先生の稽古の中味も変わってきた
ぼくら相手の稽古が独法・双観法への仕込みの場になってきた
突然、ロイ先生が亡くなり、
その後を引き受けることになり、
修養講座という制度をつくりだした
修養講座で試されているのは、むしろ整体指導者だろう
整体指導者が整体を自分の言葉で話す稽古でもある
どうすれば、これまでロイ先生がやられていたことと、
身体教育研究所でダン先生が追求してきたことを並列させるか
これはなかなか大変な仕事である
稽古場は28年の歴史のなかで、独自の言語空間を形成してきた
それは、ダン先生による野口晴哉解題といえるものだが、
整体協会全体のなかでは共有されてはこなかった
最近、公開講話で感受性という言葉が多用されている
いうまでもなく、整体協会的にいえば、晴哉先生の語彙に属するものであり、
整体を語る上でのキーワードのひとつである
どうやらダン先生は、晴哉先生の語彙を媒介にして、
言葉が通じなくなっていた二つのグループがコミュニケートできるよう
共通の土俵をつくる作業をはじめたらしい
一朝一夕でできる仕事ではない
あたらしい世代
修養講座、独法・双観法で学んだ世代が指導者になるまで最低でも5年はかかる
そこまでは面倒をみるつもりでいるらしい
とんでもない負荷であることは間違いないが、その負荷をさらなる技の進化に転じてしまう
そこが、わが師のとんでもないところである
70代のダン先生を目撃するために、こちらも、もうひと頑張りせねばと思う
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