2020年10月31日土曜日

走ってる

日曜日に千葉から戻り

月曜と火曜は静かに仕事

水木金はダン先生の稽古で

稽古会が終わった金曜日の夕方石川に移動

なのにサンダーバードは100分の遅延

土曜日の白山稽古会を終えて

帰りの電車の中で連句の宿題に取り組んでいる

来週一週間京都で仕事して、その次の週はまた千葉

転ばないように気をつけなきゃ

2020年10月30日金曜日

10月の読書

アナーキスト人類学のための断章* デヴィッド・グレーバー 以文社 2006
民主主義の非西洋起源について* デヴィッド・グレーバー 以文社 2020
また、桜の国で* 須賀しのぶ 祥伝社文庫 2019
荒城に白百合ありて* 須賀しのぶ kadokawa 2019
網野善彦対談集2 多様な日本列島社会* 岩波書店 2015
網野善彦対談集3 海と日本人* 岩波書店 2015

2020年10月2日金曜日

眠り

小さな男の子二人(43ヶ月、2才8ヶ月)と何日か一緒に寝たら、劇的に眠りの質がよくなった。男の子というのは、いっときたりともじっとしていない。それでも、まるで電池が切れるように、寝るときはコトっと寝てしまう。それで、翌朝にはフル充電されて蘇ってくるのだから、付き合っている大人は大変だ。一緒に寝てみると、奴らの寝相はすざましい。こっちが目を覚ますごとに違う場所にいる。二人遠く離れて寝ていると思ったら、数時間後には、重なり合うように眠っていたりする。一緒に寝ていても、数時間ごとに目を覚まし、子供たちの様子を見て布団を直したりする。こんなふうに眠りが細切れになっても、短いながらも眠りの質は良いらしく、ぐっすり眠った感はあるし、子供たちが起き出す前にちゃんと目が覚める。子供たちの眠りの深さにつられてしまうからにちがいない。この眠りの質の良さは、京都に戻って来てからも続いていて、夜中の12時になると眠くて布団に潜り込む。本を読もうとしても、ものの10分で灯を消して眠りにつく。そして、翌朝にはスッキリ目が覚めるのだ。

2020年9月30日水曜日

9月の読書

帝国日本の植民地を歩く* チェキルソン 花乱社 2019
街場の日韓論 内田樹編 晶文社 2020
女と文明 梅棹忠夫 中公文庫 2020
地球にちりばめられて* 多和田葉子 講談社 2018
星に仄めかされて 多和田葉子 講談社 2020

2020年9月25日金曜日

コロナにかかる自由

この疲労感、そして安堵感はどこからくるのだろう。

子ども疲れ、移動疲れ、理由はもろもろ考えられるけれど、最終的に、ここ5ヶ月間、僕には「コロナにかかる自由」がなかったのだという一点にたどり着いた。そう、僕はコロナにかかってはいけなかった。妊娠中の娘のところにコロナを運んではいけなかった。妊婦がコロナ感染した場合、帝王切開となる、そんなニュース記事がインプットされてしまっていたのだ。


コロナの最中は引きこもっていればよい、そのようなスタイルでコロナと向き合うつもりでいたのに、思わぬ出来事のため、移動自粛のさなか移動を余儀なくされてしまった。基本僕のスタンスは、「病気は必要な人がかかる」「病気によって、その人の体は改革される」というものなのだが、娘の出産に関しては、医療機関と関わらざるを得ないから、そっちの土俵に上がるしかない。つまり、全力でコロナに感染しないように努力するしかなかったわけだ。


そしてようやく、ぼくは「コロナに感染する自由」を取り戻した。

2020年9月21日月曜日

iPod touch

京都に帰ってきたら、無性に音楽が聴きたくなった。このところCDプレイヤーがやや不調なので、抽斗の奥からipod touchを引っ張り出してきて、macから音楽データを移し、dockの出力端子とアンプの入力端子をつないだ。容量8ギガしかないipod touchだけれど、普段、CDで聴いているものの枚数はそう多いわけではない。4ギガ分入れれば、丸二日かけっぱなしでもお釣りがくるくらいだ。一時は売り払ってしまおうかと思っていたipod touchだけど、あらためて触ってみると結構な名機に見えてくる。dockに載せると使い勝手もよい。涼しくなって、アンプから出る熱もそう気にならない。一日中、かけていた。


150日

千葉に通うきっかけになった出来事から150日目の朝、元気な男の子が生まれてきた。この150日の間に、京都と千葉を往復すること8回、のべ70日近くを千葉で過ごしたことになる。こうなると、「暮らした」という方が適切かもしれない。究極の二重生活。小さな男の子たちとの暮らしは、住環境も食生活も京都での暮らしとぜんぜん違っていて、戸惑うことも多く、体調を崩しかける場面もあったが、なんとか乗り切った。これで、ひとやま越えた。

といっても、これで終わりというわけにはいかない。むしろ始まりだ。この二重生活は当分の間続くことになりそう。四連休の初日、帰りの新幹線に乗ったのだが、その混み具合は、まだ旧に復したとはいえないまでも、4月5月の一両にひとりふたりの乗客しか乗っていない異常な空気感のなかで息を潜めて乗っていたことを思うと隔世の感がある。このコロナ騒ぎってなんなんだろう。

五ヶ月のうちの半分留守していたということは、仕事をサボっていたということでもある。コロナ禍の最中で実際に稽古する人数は大きく減ってしまっていたことは事実だが、稽古できる環境を準備できなかったことで、迷惑をかけてしまったこともたしか。これからも、月の三分の一程度は留守することになりそうだが、少なくとも、稽古日程はあらかじめ出せるようにしたいと思っている。

それでも、ひとやま越えたという安堵感はある。