先週末は、春に続き整体操法講座。指導者と呼ばれている人が多数を占め、その分、普段の稽古会に比べ空気が濃い。半数の人たちは、稽古場が始まった1988年以来、25年間ずっと稽古している人たち。この間に逝ってしまった仲間たちの顔も思い浮かぶ。ただ、我が身を振り返ると、25年目にして、このていたらく。古典との距離がもっと縮まらない限り、この隔靴掻痒感はなくならないのだろう。4月のブログに引用した笈の小文の一文をもう一度読みなおす。余談になるが、手帳を整理している過程で稽古場開設記念の稽古会の期日が1988年の9月2日であったことを発見。その記録の脇に生後8ヶ月の娘が「ハイハイをはじめた」というメモ書き。四半世紀の時間は一人前の大人を作り出すに十分であるのに、一人前の内観者を育てるには十分ではないらしい。