2016年2月18日木曜日
障子を外す
和室と広縁の間の障子を外してみた
4月の「回り稽古」目がけてのシュミレーションである
居住スペースでもあるのだが、俗な感じはしない
ここを稽古の場としてもっと活用していってもよさそうだ
公開講話?
うーん、月に一度くらい、お話中心の会があってもいいのかもね
4月の「回り稽古」目がけてのシュミレーションである
和室6畳に広縁4畳の10畳
京間だから、関東の感覚でいえば12畳くらいの感じ
コタツを外し、テーブルをどけ、本棚を移動させれば、12+α名を収容できそうだ
コタツを外し、テーブルをどけ、本棚を移動させれば、12+α名を収容できそうだ
それでも一人一畳に足らない
このスペースでどんな稽古が可能か?
このスペースでどんな稽古が可能か?
2人組で6組、3人組で4組
全体テーマは「足捌き 」で、これに「スキマ感覚」を加味していくことになる
おまけに初回担当だ
居住スペースでもあるのだが、俗な感じはしない
ここを稽古の場としてもっと活用していってもよさそうだ
筆動法でも5人は稽古できるし、公開講話だってできそうだ
公開講話?
うーん、月に一度くらい、お話中心の会があってもいいのかもね
要検討
2016年2月17日水曜日
2016年2月16日火曜日
禁糖開始
白山稽古会から戻ってきて禁糖開始
今日で三日目になる
もう十年以上やっているから、すでに春の風物誌
ムスリムにとってのラマダンのようなものか
今日で三日目になる
もう十年以上やっているから、すでに春の風物誌
ムスリムにとってのラマダンのようなものか
ややお祭り的
いつもより料理に気合が入るし、
普段よりよい食材を買ってしまい、食費は跳ね上がる
一日目は楽天堂で仕入れてきたお豆を使ったチリコンカルネを作ってみる
これをつくるのは30年ぶりくらいではないかな
豆料理というのは奥が深そうだ
二日目はステーキ
普段は薄切り肉しか食べないし、ましてや牛肉などめったに食べないのに...
おやつ用に、小ぶりのさつまいもを買ってきたり
妙にテンションが上がっている
これはアルミホイルで包んで火鉢にのせて焼芋にする
いつもより料理に気合が入るし、
普段よりよい食材を買ってしまい、食費は跳ね上がる
一日目は楽天堂で仕入れてきたお豆を使ったチリコンカルネを作ってみる
これをつくるのは30年ぶりくらいではないかな
豆料理というのは奥が深そうだ
二日目はステーキ
普段は薄切り肉しか食べないし、ましてや牛肉などめったに食べないのに...
おやつ用に、小ぶりのさつまいもを買ってきたり
妙にテンションが上がっている
これはアルミホイルで包んで火鉢にのせて焼芋にする
三日目は、ご飯と味噌汁の残り、鰹のたたき
それに、油揚をオーブントースターで焼いたものに納豆
純和食ですね
2016年2月12日金曜日
仏壇
不信心の代表みたいな人間だった私が、毎日仏壇に手を合わせる習慣を身につけてしまうとは驚きだ。水の上げ下げもするし、線香立ての掃除もするし、仏花も買ってくる。自分が信心深いとは今でも思わないが、それでも亡くなった者たちと一緒に生きているという感覚はある。いや、仏壇という装置によって、その感覚が保たれているというべきか。
それにしても仏壇というのは不思議な箱である。もう十年以上前のことになるが、父が岡山から東京に引っ越したとき、仏壇は一ヶ月遅れて東京に運ばれることになった。新しい環境に慣れるのに苦労し、感情的にも不安定な状態が続いていた父だったが、仏壇が到着するや、その不安定さがぴたりと収まった。やはり、人は、依代として、「もの」を必要としているということなのか。
父のところにあった仏壇は立派なものだったが、横浜の家に置くにはでかすぎて、当初、小さなものに買い換えるつもりでいた。それを娘の引き取りたいという一言で、そのまま横浜に運ぶことになり、結局、私と一緒に京都に引っ越してきた。この家の一等地に「居場所を見つけた」と言わんばかりに鎮座している。
こんなことに思いがいくのは、半日、父母の写真の整理をしていたのと、『仏教シネマ』(釈徹宗・秋田光彦 サンガ 2011)というお坊さん二人の対談集を読んだからですね。
それにしても仏壇というのは不思議な箱である。もう十年以上前のことになるが、父が岡山から東京に引っ越したとき、仏壇は一ヶ月遅れて東京に運ばれることになった。新しい環境に慣れるのに苦労し、感情的にも不安定な状態が続いていた父だったが、仏壇が到着するや、その不安定さがぴたりと収まった。やはり、人は、依代として、「もの」を必要としているということなのか。
父のところにあった仏壇は立派なものだったが、横浜の家に置くにはでかすぎて、当初、小さなものに買い換えるつもりでいた。それを娘の引き取りたいという一言で、そのまま横浜に運ぶことになり、結局、私と一緒に京都に引っ越してきた。この家の一等地に「居場所を見つけた」と言わんばかりに鎮座している。
こんなことに思いがいくのは、半日、父母の写真の整理をしていたのと、『仏教シネマ』(釈徹宗・秋田光彦 サンガ 2011)というお坊さん二人の対談集を読んだからですね。
CD
震災のあと、ずいぶん長い間音楽を聴く気になれなかった
数年経って、ようやく真空管アンプにつないだipodでネットラジオを聴きはじめた
余っているDVDプレイヤーでCDもかけられることに気づいた
DVDプレイヤーのオーディオ出力をアンプの余っている入力端子につないだ
CDの詰まっている段ボール箱をごそごそかき回し、
昔聴いたCDをみつけ、ケースを開けてCD盤を取り出す
それを、DVDプレイヤーのトレイに移し、再生ボタンを押す
iPodの中に収まっている音源を再生するのに比べ、ひと手間かかるが、このひと手間がよい
今、聴いているのは高橋竹山
数年経って、ようやく真空管アンプにつないだipodでネットラジオを聴きはじめた
余っているDVDプレイヤーでCDもかけられることに気づいた
DVDプレイヤーのオーディオ出力をアンプの余っている入力端子につないだ
CDの詰まっている段ボール箱をごそごそかき回し、
昔聴いたCDをみつけ、ケースを開けてCD盤を取り出す
それを、DVDプレイヤーのトレイに移し、再生ボタンを押す
iPodの中に収まっている音源を再生するのに比べ、ひと手間かかるが、このひと手間がよい
今、聴いているのは高橋竹山
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