なぜ、僕らの親世代は僕らを躾けることを忌避したのか
これは長年の謎だったが、「片桐ユズルにきく」会などを通し、
つまりは戦争
2017年4月2日日曜日
4月だ
4月だ
むこう半年が日本にとっての正念場になる
唐突だけど、そんな予感
さて、せうそこ第三回目終了
この企画が持ち上がったのが一年前の春
6月、11月とやって、三回目が3月31日
ひとつの会が終り、数カ月後に、それが印刷物になって再び姿を現し、
そして、また次の会がはじまる
ほんと「つづきもの」という感じで会が進んできた
企画者はえらい
ぼくに与えられたのは「みとり」というテーマ
最初のリアクションは狼狽といってもよいものだったが
このテーマと一年間付き合うことで、いろんなことを気づかさせられた
たとえば、
「出立記」って挽歌だったんだ、とか
それまで、ぼくは「なにかになろう」「なにかをなそう」としてたんだ、とか
句読点なし改行といったぼくのブログの文体は、どこかで「詩」を意識してたんだ、などなど
でも、3回目のせうそこ、これって印刷物にできるのかな〜
掘り起こしが上がってきたとき、自分がどんな反応を示すか、ちょっと予測不能だ
企画者は次なるシリーズを計画中らしい
でもね、秋までに何が起こるかわかんないですからね〜
企画者は次なるシリーズを計画中らしい
でもね、秋までに何が起こるかわかんないですからね〜
2017年3月30日木曜日
2017年3月20日月曜日
2017年3月18日土曜日
高潮期
気がつくと高潮期
高潮を好調と勘違いしていた若い頃とは異なり
まったりのんびり過ごしていたいはずなのに、なにげに気ぜわしくなる
いやだいやだ
夜も眠れず
タバコの量ばかり増え
かといって、落ち着いて本が読めるわけではない
と、言いながら、「へろへろ」を読みはじめたら止まらなくなって、
結局、夜が白み始めるころ眠りにつく
結果は寝坊
10時半に布団から抜け出して、お天気がよいことを確認して洗濯機を回しはじめる
洗濯物を干したらもう昼近い
ボウルに、小麦粉、ベーキングパウダー、少々の砂糖、さらに卵、牛乳と水を加える
コーヒーを淹れつつ、パンケーキを焼く
1枚目ははちみつをかけ、2枚目はクリームチーズにブルーベリージャムを添える
前日は結局出かけることがなかったので、買物がてら散歩に出ることにする
白梅町まで出ると、三連休ということなのか人がけっこう出ている
一条通りまで下り、商店街を東へ
長五郎餅で桜餅とうぐいす餅を一個づつ買い、さらに、とようけ屋で木綿豆腐一丁と油揚一枚
コーナンに寄って、サンドペーパー購入
先日、ヨーコさんからいただいた二重局面硯の表面を少し研磨するつもり
そのまま北上
上七軒の通りを斜めに上がり、北野天満宮の脇を抜け、平野神社をかすめてコープへ
牛乳だけのつもりが、数日前、楽天堂で買った豆で久しぶりにチリコンをつくることを思いつき、
ひき肉とトマト缶を買い物カゴに入れると結構重くなってしまった
西大路に出てそのまま南下
再び平野神社の横を通り過ぎようとすると、「桜花祭」4月10日とある
等持院稽古場でやることになっている「片桐ユズルにきく」の当日ではないか
去年はちょうどその頃、東京に行ってたのではないかな
見た記憶がない
どうやら、行列も出るらしい
平野神社の交差点を渡り、そのまま西へ
馬代通も越えて、そのまま直進し、立命館の東門からキャンパスに足を踏み入れる
これが近道なのだが、普段は学生であふれかえっているから、めったに通ることはない
南門に抜け、そのまま歩くと等持院の山門の脇に出る
なんだか、散歩案内になってしまった
ね、高潮期でしょ
あ、お彼岸用の花買うの忘れてた
あ、お彼岸用の花買うの忘れてた
2017年3月17日金曜日
稽古着生活
ここ1月半、ほぼ100パーセント稽古着生活
すると、意外なことに稽古着の数が十分でないことに気づいた
普段着用の稽古着の数は足りている
つまり、着古された稽古着はたくさんある
外着用の袴は最低ひとつ必要
つまり、あと一、二本袴を誂えないとだめということだな
防寒着も課題
ウールの着物用コートはあるのだが、着ぶくれた感じになってしまう
春のこの時期には野暮すぎる
かといって、羽織だけでは寒い時もある
ポンチョみたいな上からかぶるだけのものがあればよいのにと思う
どなたかアドバイスをいただければありがたい
シャツを頭から「かぶる」という動きがいやになった
腕を袖に通す時もそうだが、あの摩擦感がいやになった
ふんどしにスイッチを押されたかたちだが、この変化に自分で驚いている
ゴム紐の害について甲野さんが説いているという話を最近聞いたのだが、非常に納得
父の介護をしているとき、年寄りほど和服を着ればよいのにと思ったことがある
シャツの代わりに襦袢を、パンツでなく褌にすれば、介護する側も本人たちも楽だろう
向こう一年かけて、必要な衣類とそうでないものを分別していこうと思う
ひょっとすると一年後、衣類の量は半減しているかもしれない
普段着用の稽古着の数は足りている
つまり、着古された稽古着はたくさんある
ところが、外着としての稽古着、稽古用の稽古着が足りてない
最近は冠婚葬祭も稽古着で出かけているのだが、袴の膝が擦り切れたものはダメだから、外着用の袴は最低ひとつ必要
つまり、あと一、二本袴を誂えないとだめということだな
防寒着も課題
ウールの着物用コートはあるのだが、着ぶくれた感じになってしまう
春のこの時期には野暮すぎる
かといって、羽織だけでは寒い時もある
ポンチョみたいな上からかぶるだけのものがあればよいのにと思う
どなたかアドバイスをいただければありがたい
シャツを頭から「かぶる」という動きがいやになった
腕を袖に通す時もそうだが、あの摩擦感がいやになった
ふんどしにスイッチを押されたかたちだが、この変化に自分で驚いている
ゴム紐の害について甲野さんが説いているという話を最近聞いたのだが、非常に納得
父の介護をしているとき、年寄りほど和服を着ればよいのにと思ったことがある
シャツの代わりに襦袢を、パンツでなく褌にすれば、介護する側も本人たちも楽だろう
向こう一年かけて、必要な衣類とそうでないものを分別していこうと思う
ひょっとすると一年後、衣類の量は半減しているかもしれない
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