石川合同稽古会、終了しました。
年末の慌ただしい中の参加、ありがとうございました。
それにしても、湯涌創作の森、素晴らしい会場です。
(12/23)
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石川合同稽古会、今週末です。
初日21日のコマ(13時〜17時)は、公開講話として、未会員の方の参加も可能です。ただし、前日までにご予約ください。
(12/18)
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地元組を中心に、申込者10名到達
まだ宿泊にも余裕があるので、関東関西からの参加があるとうれしいです
(11/19)
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受け付け、始まっています
宿泊を希望される方は、早目にお申し込み下さい
(10/28)
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石川合同稽古会 2019 12月21日〜22日 ⇨ pdf版はこちら
第2回目の石川合同稽古会を開催します。会場は夏と同じ金沢湯涌創作の森で、今回は、富山在住のライター田中聡さんを迎えての座学も予定しています。
前回8月の募集にあたり、金沢稽古会と白山稽古会のメンバーが一緒に稽古するという意味で合同という言葉を使ったのですが、いざ蓋を開けてみると、富山から関東からと、予想していた以上の広い範囲からの参加があったのは嬉しい誤算でした。こんな会を間延びせず続けられれば、一気に北陸の稽古力の底上げができるのではないか、そんな風に考え、鉄は熱いうちに打てとばかり、第2回目の合同稽古会を企画しました。導入的な内容となった前回からさらに稽古の森に分入っていければと思っています。また、田中聡さんのお話と稽古がどのように響き合うのかも楽しみです。前回の参加者だけでなく、はじめての方、遠方からの参加をお待ちしています。
参加希望者は11月28日までに、申込書に必要事項をご記入の上、お申し込みください。
【日時】
12月21日(土)
13時〜17時 稽古1* 動法と日本文化 (遠藤・角南)
18時〜20時 座学* 見立ての古層 (田中聡)
12月22日(日)
10時〜14時 稽古2 カタと感応 (角南・遠藤)
*印は未会員の参加可 ただし前回8月の会に参加された方は入会が必要です
【会場 】 金沢湯涌創作の森 金沢駅より北鉄バス12番湯涌線 湯涌創作の森下車
【担当】 遠藤日向(金沢稽古会)
角南和宏(白山稽古会・等持院稽古場)
田中聡(文筆家)
【会費】 (稽古1) 4000円 (座学) 2000円 (稽古2) 4000円
全コマ参加の場合8000円
【宿泊】 一人一泊 1500円 (シーツ代、宿泊税を含む) 18名限定
【問い合わせ】
遠藤 rakuendoh@gmail.com 090-3169-2806
角南 dohokids@gmail.com 070-5592-0591
【座学について】
田中聡さんは日本思想に詳しく、著書に「ハラノムシ笑うー衛生思想の図象学」(河出書房新社)、「電源防衛戦争」(亜紀書房)等多数。狛江稽古場で二年にわたり様々なテーマで講義をされてきました。今回のテーマは「見立ての古層」。「見立て」は、江戸時代に俳句や浮世絵、歌舞伎などの諸芸で技法として用いられるようになりますが、それまでは「AをBに見立てる」というような用法はありませんでした。『古事記』の創世神話ですでに使われているその言葉の意味を、古代・中世に「見る」「立つ」ということがどのような意味をはらんでいたかということとあわせて考えてみます。「せうそこ」スタイルを採り、聞き手として角南も加わります。
【申込】
所定の申込書に記入の上、主催者にお渡しください
メールでの申し込みも受け付けます
締め切りは11月28日です
1 氏名(よみ) 2 電話番号 3 メールアドレス
4 住所 〒
5 整体協会の会員であるかどうか
6 希望参加コマ
7 宿泊希望の有無
(10/8)
2019年12月23日月曜日
2019年12月18日水曜日
LCCで飛び、Airbnbで泊まり、Grabで移動する 5
ぼくが東京での講座に現れるかどうか、同僚は賭けしてたみたいだったけど、ちゃんと現れました。足止めを食らったタイでしばらく過ごし、年が明けたくらいに日本に戻ってくるという案が魅力的に映ったことは白状しておきます。でも、今回は、無理して帰ってっきて正解。京都に帰ってきて、その翌日から講習だったのだけれど、「ここまでたどりついちゃったの?」というレベルの素晴らしい講座だった。京都に帰っきた翌日、チェンマイの空港でドロナワ申請していたe-visaがメールで届いた。悔しいというか情けないというか、あとの祭りというか。今回の教訓。旅の下調べは十全に。このシリーズはここまでです。
2019年12月17日火曜日
五年前
講座で東京に行くことになったので、「のぐちひろこ展 respin」(22日まで)の会場をのぞいてみた。5年ぶりの作品展とのこと。そう、あれから5年経ったのだ。5年前の12月19日、娘と連れだって都立大駅近くの額縁屋さんで開催されていた「マメ展」に出かけて行った。その帰り道、九州から講座のために上京していた同僚とすれ違い、「じゃあ、また明日」と言葉を交わしたのだった。ぼくらは、その足で父のいる江戸川に向かった。そして、その日の夜遅くに父は逝ったのだった。翌日からの講座へは参加できなかった。画廊からの帰り道、ようやく、このことを思い出した。5年経ったのか。
2019年12月13日金曜日
LCCで飛び、Airbnbで泊まり、Grabで移動する 4
今頃はハノイの街角で最後のベトナムコーヒーを飲んでいるはずだったのに、まだ、チェンマイに居る。まるで、この街が僕らを引き止めているようだ。空港に行ってAirasiaハノイ便にチェックインしようとするとVisaなしではダメと言われてしまう。ハノイでarrival visaは取れるのかと訊いても、ネットでe-visaを取れとの一点張り。イミグレーションでも、ハノイ〜関空便の予約をしているvietjetのカウンターでも同じことを言われる。Webサイトを教えてもらい、速攻で申請を試み、申し込み完了までたどり着いたものの、ときすでに遅し。チェックインカウンターは閉じられてしまった。さて、どうする? 途方に暮れている場合ではない。帰りの航空券は捨てることにして、バンコク経由の関空便を探す。Airasiaのサイトに入り、チェンマイ〜バンコク〜関空で探すと、なんとか日本まで繋がりそう。こんな周遊になるんだったら、往復切符など買わず、はじめから片道切符でつないでおけばよかったのだが、あとの祭。13時の便に乗るはずが21時の便になり、空港で6時間過ごすのは苦痛なので、荷物を抱えて前日行けなかったTea Houseに向かうことにした。のんびりとアフタヌーンティーをいただく時間は贅沢。京都にたどり着けるのか俺たち。
双というOS
京都でものんびり暮らしているはずなのに
チェンマイにいると、のんびりの度合いが一桁増す
いったい、京都では何を思い煩わって暮らしているのだろう
おもしろいことに、ノイズのレベルが低くなると、
普段、捉えきれていない肝腎の事柄が、不意に浮き上がってくる
あるいは、降りて来る
双という世界観
それを表現する技
それを体験する稽古法
すべて此処にある
門をくぐれば、此処は技の世界
技を磨くとは受動の集注を学ぶことで、
外の世界にリーチアウトしようという欲求は消え、
我々は姿を消す
双の世界観を求めている人たちはいるらしい
はたして、その人たちは、此処を発見できるのだろうか
いや、そのような世界観を心底求めている人たちに発見されるほどに、
僕らは受動の技を磨くことが出来るのだろうか
チェンマイにいると、のんびりの度合いが一桁増す
いったい、京都では何を思い煩わって暮らしているのだろう
おもしろいことに、ノイズのレベルが低くなると、
普段、捉えきれていない肝腎の事柄が、不意に浮き上がってくる
あるいは、降りて来る
双という世界観
それを表現する技
それを体験する稽古法
すべて此処にある
門をくぐれば、此処は技の世界
技を磨くとは受動の集注を学ぶことで、
外の世界にリーチアウトしようという欲求は消え、
我々は姿を消す
双の世界観を求めている人たちはいるらしい
はたして、その人たちは、此処を発見できるのだろうか
いや、そのような世界観を心底求めている人たちに発見されるほどに、
僕らは受動の技を磨くことが出来るのだろうか
2019年12月12日木曜日
LCCで飛び、Airbnbで泊まり、Grabで移動する 3
さて、今回の旅も終盤。最終目的地のチェンライの知人宅でほっとして風邪をひいてしまったが、足湯と行気で切り抜ける。あとは、再び、チェンマイに戻り、ハノイ 経由で関空を目指すことになる。二十代のバックパッカーのころは、大人になったら、もっとお金持ちの旅をしてみたいものだと思っていたのに、結局、今は老稽古着バックパッカーをやっている。バックパッカー歴半世紀(笑)。それにしても、旅のスタイルはインターネットの出現以来、大きく変わってしまった。今、京都の街は外国人観光客であふれているが、つまり、今回、僕らが経験しているようなスタイルで旅してるわけだ。ただ問題点がひとつ。このiPadの電池が切れたら、文字通り路頭に迷うことになる。
2019年12月11日水曜日
Talk in Chiang Rai
旅の最終目的地であるチェンライにやってきた。たどり着いたと言った方がより正確か。古い友人であるボゲットさんの自邸。30年教えた京都の大学を退官したあと、チェンライでパートナーと一緒に暮らしている。自分で設計して建てたという邸宅は博物館のようで、さすがイギリス人。最近は、日々、京都時代に集めた明治から昭和の「煙草カード」コレクションの整理に明け暮れているという。自伝を書く気はないの?翻訳は僕がするよ?と訊いてみたら笑っていたけれど、ここ半世紀の東アジア、東南アジアの現代史を目撃してきた証人として貴重な存在だと思う。その博覧強記ぶりは健在で、陳列展示して人形ひとつから、その由来、歴史についてのレクチャーが30分続く。さて、ここから、京都を目指して帰ります。今度は僕が風邪っぴきです。
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