2013年5月30日木曜日

スキャナ

昨日は一日、スキャナで古い書類を取り込んでいた
紙減らしを目論んで昨年購入したドキュメントスキャナだが、
ここまで、それほど紙減らしに貢献してきたとはいえない

報告書類の控えをどんどん取り込んでいく
はじめてやった活元会の報告書(1985年!)に書かれている参加者の年齢など見ると
あれから、こんなにも時間が流れてしまったのかと感慨深い
なるほど、みんな一緒に歳取ってきたわけだ

ちょろっと書かれている稽古内容など読んでみると、
十年前と比べ、稽古の中身が進化しているとは言い難い
人がどのように動いているかも、大まかながらつかめてくる
大井町なんか5年前がピークじゃないか
これ大問題

一体何時間作業していたのか
PDF化したファイルの入っているフォルダ容量は91MBを表示
1ページ約70KBくらいのようだから、
一日で1000ページの書類をPDF化したことになる
それでも小さなダンボール箱の三分の二くらいの量
秤に載せてみたら2.5kg
これを、あと十回くらい繰り返せば、減量が目に見えてくるのかもしれない

5月の読書

今月のリスト
ひと通り読破ー本を噛み砕いているようなすごい表現ですねーしたものです

グレートジャーニー(1)* 関野吉晴 ちくま新書 2003
(日本人)* 橘 玲  幻冬舎 2012
双頭の船* 池澤夏樹 新潮社 2013
世界が土曜の夜の夢なら* 斎藤環 角川書店 2012
女流阿房列車* 酒井順子 新潮社 2009
女子と鉄道* 酒井順子 光文社 2006
水木しげるの古代出雲 角川書店 2012
ストライカーのつくり方 藤坂ガルシア千鶴 講談社現代新書 2011
たたずまいの美学 矢田部英正 中公文庫 2011
ピース 樋口有介 中公文庫 2009
三味線ざんまい 群ようこ 角川文庫 2005
松本山雅劇場 宇都宮徹壱 カンゼン 2012
ネジと人工衛星 塩野米松 文春文庫 2012
永遠のゼロ 百田尚樹 講談社文庫 2010
日本語の奇跡* 山口謡司 新潮新書 2007
日本語にとってカタカナとは何か* 2012

2013年5月28日火曜日

ToDoList

ToDoリストに「やりたいこと」リストを紛れ込ませていると
「〜に行く」という項目が溜まってくる
物欲はたいしたことないが、行きたい欲はまだ残っているらしい
・白山に登る
・ブラジルに田中さんを訪ねる
・NYに小池さんを訪ねる
といった具合
前後的傾向が強いという自覚はないのだが、
三つ子の魂百までというか、
思春期に身についてしまった性癖からは逃れられない
整体指導者というのは、尻を据えて動かない
というのが本来の姿だと思うのだが、
いまだ芭蕉に憧れている私など指導者向きではない
のかもしれない

ぴょこたん跳び

先週末の白山稽古会でこの季節限定の「ぴょこたん跳び」をやって以来、すこぶる目覚めがよい。白山に行く前に大井町で「活元運動以前」の枠でやったときには牽強付会(けんきょうふかいーこじつけの意ですねw)の印象が残ってしまったが、白山稽古会では、「和紙歩きーすり足ー坐法ーピョコタン跳び」という順番に稽古を組み立てていったから、流れとすれば格段によい。なにより、「動法でこんなことやるんですか?」という反応があったことが嬉しい。そうなのです、あの思い切りのよさー跳び上がらないで踵でお尻を蹴るーを実現していくのが動法の醍醐味なのです。

2013年5月25日土曜日

若者塾再開?

5年ほど前に大井町稽古場で「若者塾」なる会をやっていたことがある。当初は横浜アートプロジェクトの榎田氏との共催で、「プロデューサー養成講座」という名称だった。ほぼ月イチの割で約二年間続いたはず。今回の再開話は、旧若者塾に何度か参加したこちのあるムスメが言い出したもので、その友人たちに声を掛けるつもりらしい。農業系の子たちが来るのかしらね。大井町で最近稽古を始めた正真正銘の若者(20代前半)も数名いるし、再開するにはいいタイミングかもしれない。「一般教養としての動法」あたりからはじめてみようか。もっとも定例化することは、今の時点では考えていない。旧若者塾に参加していた人たちも来ていただいてよいです。もう若者じゃない?って。そもそも「若者」の定義ができてないので、そのところは自分で判断して下さい。開催日は6月9日の日曜日。時間は17時〜19時。会場は大井町稽古場。要予約。会費1000円。参加者は動きやすい服装で。足袋を用意できる方は足袋持参のこと。

2013年5月20日月曜日

文化としての整体

整体はどのように日本以外の地に伝わっているのだろう?

整体協会としての組織だった活動は、25,6年前のパリでの活元会以来やってないのではないのかしら。僕が整体を学び始めたころ(80年代前半)は、フランスやスペインから活元会のメンバーが大挙押し寄せてきたり、交流は活発だった。では、その人たちは、どのように整体を知ったのだろう。

晴哉先生存命の時期ーということは、僕よりもずっと前の時代のことー晴哉先生に直接学んだ人たち(津田逸夫さんなど)が、ヨーロッパに渡り現地で道場を開いている。そこから派生したグループもヨーロッパには沢山あるようだ。駐在員またはその家族として一時期住んでいた人がはじめた会というのもある(竹居先生が始めた会は、ドイツ稽古会として継続している)。整体を学んだ音楽家が音楽活動の傍ら整体を教えているケースもあるようだ(タテベさんなど)。整体協会からスピンオフした人たち(ノムラさん、井本整体など)も、各地でやっているらしい。整体協会の指導者が個別で行なっている活動もきっとあるだろう。始まった時期もまちまちだろうし、地域も様々であるに違いない。つまり、整体がどのように広まっているのか誰も全体像を把握していない。

たった一つ、共通しているのは、野口晴哉がはじめた整体の流れのどこかに自分がいるということ。これってすごい事かもしれない。しかし、世界のどこかの街角で、「整体やってます」という人と出会ったとして、はたして会話は成り立つのだろうか? つまり、「文化としての整体」は共有されているのだろうか。これは国内においても同じことがいえる。整体を標榜して活動している人たちの数は多い。でも、文化としての整体はどれだけ伝わっているのだろう。そう、「文化としての整体」はあると私は思っているし、その文化は世代を経ることで作られるものだと思っているのです。

2013年5月19日日曜日

ヒッピー?

「ウチのお父さん元ヒッピー」
と、このチチのことを友達に紹介しているらしい
けしからんムスメだ
勘弁してほしい
「だってそうでしょ?」
と面と向かって言われると、キッパリと否定できない
なにこのアンビバレントな感じ
辞書でヒッピーなる項目を眺めてみる

う-ん、時代的にも合ってるし、そうだよな~とは思う
ならば、あの時代の若者はみんなヒッピーじゃないか
濃淡の問題はあるにしても

あそこから、30年かけて
リラックス~フリー~ナチュラルを否定するところに
ようやく辿り着いたというのに
まったく親の心、子しらずである