京都に越すというと、「終の棲家ですか?」と尋ねられることがあるが、「いや、5年間のロングステイです」と答えることにしている。いつからか「終の棲家」「定住」といった考えは捨ててしまった。30年前、京都で暮らしていた時には、基本、「学生・外国人」コミュニティの中を移動していたから、地元とのつながりは少なかった。それに比べれば、今回の京都住まいは、ひとりの大人として住み始めたわけで、逆に、若いころ体験できなかった「隣組」的な付き合いも、ひとつの「異文化体験」として愉しめそうな気がするのだ。
こっちに来る前は、どんな田舎に住むことになるのかと心配していたが、杞憂だった。ここは閑静な住宅街なのだが、そこを学生たちがぞろそろ歩き、自転車に乗った学生たちが傍若無人に道路を走っている。立命館大学のお膝元なのだ。学生相手の定食屋なども結構な数あって、しかも夜遅くまで開いているから、お世話になることもあるだろう。というか、何日か前、お腹空いて仕方ないので、通りがかったハイライト(これって、百万遍にもなかったか?)というお店に飛び込んで、豚しゃぶ鍋定食を頼んだ。丼と呼べるサイズのプラスチックの茶碗に扮われたご飯のべちゃべちゃ感はともかく、620円は安い。徒歩10分の白梅町に行けば、大きなスーパーもあるから、暮らしていくのに不自由はなさそうだ。
はじめての街に着いたら、ひたすら歩き回るというというのが、僕の旅のスタイルだが、これは今回の京都暮らしをはじめるに際しても同様で、必要に迫られてという部分は大きいけれど、随分、歩きまわっている。これに自転車移動が加わるから、人力移動の距離は、横浜で暮らしているときに比べ、格段に増えている。徒歩で2キロ圏、自転車で5キロ圏といったところだろうか。電車通勤しなくて済む生活というのはいいです。
(等持院の山門 この門をくぐった向こう側に住んでいます)