2012年4月5日木曜日

顔面打撲

一昨日の大風
ニュースを見ながら各地の被害に驚いていた
翌朝、雨戸を開けて、物置が突っ伏したように倒れているのを発見
被害は我が家にも及んでいたのだ
で、今日は解体作業
設置してから年数が経っているので、ネジが錆び付いていて難儀している




2012年4月4日水曜日

主夫の一日

4月4日、出発予定日
この日のオーシャンフェリーで徳島に向かい、5日から歩き始めるはずだった
2月初旬時点での計画
しかし、出発はかなわず主夫業にいそしむ日々
まさに「出立にたどり着くまで幾千里」

* * * * *

主夫の一日はゴミ出しからはじまる
ようやく、収集品目と曜日のカレンダーがつながり、
こまごまとしたものを順次出している
収集されたゴミがどのように処理されているのか把握できてない、
という後ろめたさはあるが、
家の風通しをよくするためには、この細かな作業が必須となる
つまり我が家は隙間がゴミで埋まっていたのだ

朝食をちょちょっと取って、洗濯に取り掛かる
風呂から洗濯機に残り湯を移し、
カミさんに言われた通りのやりかたで洗濯を進めていく
すすぎは二回、白物と色物は分けて洗う等々、カミさんルールに従う
昼はすぐ来てしまう
掃除は毎日はできそうもない

* * * * *

そして3時前、カミさんの入っている病院に出動
そう、体調不良を訴えていた妻が入院してしまったのだ
医者に行くことを私の仕事を慮って遠慮していたらしい
そうなんだろうなと思う
入院し、ほっとした感のある妻の顔を見て、
そこまで追い込んでしまっていたのかと悔悟の念が生まれる

もともとがストレス説大好きな妻
癌だったら即切って繋いじゃいましょう、というノリの医師
単純明快、合わせ鏡のような人生観が病院の中では力を持つ
人生そんなに分かりやすくていいのか馬鹿野郎と悪態をつくも、
その分かりやすさから疎外され、無力感に打ちのめされる
と同時に妻の不在にうろたえている

* * * * *

こんな深夜まで起きている
そう、明日はごみの収集がないのだよ

2012年4月2日月曜日

消す技術

今年に入ってから、消す技、消える技について考えている
消すといっても、電気のスイッチのオンオフではなく、
消す速度、消える角度、密度感… 
そういった類のこと
考えていくと随分奥の深いテーマ

すると3月に入って不思議な出来事が続いて起こった

自転車が忽然と姿を消した
しかも粗大ゴミに出す算段をした直後に
我家は道路から少し入ったところにあるので、
通りすがりの人間が「ちょいと失敬」と持っていったとは考えにくい
第一、自転車は毀れていて、数メートルも進むとチェーンが外れてしまう
ゴミに出されることを悟って、自ら逃走したのか?

それから数日して、今度は身分証明書をなくした
なくしたこと自体気づかず、
警察ー職場ー私と連絡が回ってきてはじめて気がつく有様
どうやら最寄り駅の交番の前で落としたらしい
よりによって…

消すーつまり、空虚をつくるということなのだが、
もっとも大きな変化をもたらす消す技というものががありそうだ
極小の変化ーつまり、気付かないような消し方ほど、
根源的な変化を呼び起こす

そうこうしているうちに4月に入ってしまった

2012年3月29日木曜日

3月の読書

伊勢詣と江戸の旅* 金森敦子 文春新書 2004
おまけの人生* 本川達雄 阪急コミュニケーションズ 2005
四国八十八カ所ゆとりの旅*  ブルーガイド 2004
「当事者」の時代 佐々木俊尚 光文社新書 2012
神様2011* 川上弘美 講談社 2011
大和魂* 赤瀬川原平 新潮社 2006
ケルト巡り* 河合隼雄 日本放送出版協会 2004
脱・電脳生活* マイケル・シャリス 工作舎 1992
きもの噺* くまざわあかね・長谷川義史 ポプラ社 2007
自然は脈動する アリック・バーソロミュー 日本教文社 2008
怪優伝* 佐野眞一 講談社 2011
源内なかま講* 高橋克彦 文藝春秋 2011
夢枕獏の奇想家列伝* 夢枕獏 文藝春秋 2009
フリーエネルギー技術開発の動向 D. A. Kelly編 技術出版 1988

エア遍路

【旅の重さ・予告編】


【お遍路ロードムービー】

2012年3月28日水曜日

2012年3月24日土曜日

出発以前

4月4日を出発の日と定めていたが、
さてその日に発てるかどうか

連れ合い絶不調
で、3月に入って、ひたすら主夫をやっている
25年一緒に暮らしてきて、最大の危機的状況
僕の四国遍路宣言が、この状況を引き出したことは疑いようはなく
そして優先順位もまた明らかで、
これを整えずして出発はない
とことん付き合う他ないと僕も覚悟を決めた

* * *

なぜ四国遍路なのかと訊かれても困る
ふと思いついたのが四国遍路だったとしか答えられない
無論、四国遍路のことは知っていたし、
実際に歩いたという知り合いがいないわけではない
でも、自分が歩いている姿を空想したことはない
今年の1月11日までは

前に進む感覚を見失っていた
殊に震災以後
1200キロを歩くなんて馬鹿げたことに違いない
その馬鹿馬鹿しいことをやりたくなった
自分の足を一歩一歩踏み出すことで、前に進む感覚を取り戻せるかもしれない
そんなふうに思ってしまった

* * *

20歳まで岡山に住んでいたから、
四国はわりに身近な土地だった
小学校の修学旅行は金毘羅さんだったし

一人ではじめて四国を旅したのは18の歳の夏
岡山から大阪の親戚に遊びに行ったあと、
淡路島経由で徳島に入り、四国の東海岸をヒッチハイクで室戸まで下った
高知市に入る手前の龍河洞という鍾乳洞を訪れた段階で、
家が恋しくなり
そのまま帰ってきた
川(おそらく海部川)が海に流れ込む雄大な光景
それが一番印象に残っている

四国遍路をはじめて意識したのは、「旅の重さ」という映画を通してだろうか
1972年の作品
テーマソングは吉田拓郎
私の四国小旅行の数年後に観たことになる

* * *

誰が考え出したか、四国遍路は実によくできている
ぐるっと回って88番までたどり着いたら、出発した一番はすぐそこ
四国が「島」であるという特徴が十二分に活用されている
日本地図で見ると四国は比較的小さな島である
ただ、実際に計画を立てはじめると、鳥瞰図が虫瞰図にズームインしていき
さらに標高差を持つ3D地図にと次々変化していく
わくわくすると同時に、不安も頭をもたげてきた

もうひとつ不安がある
四国に地に立ってみたら、フル装備の団塊の世代がうじゃうじゃ歩いている
これは相当に悪夢

* * *

実際の出発がいつになるかは白紙である
でも、気分とすると、すでに歩きはじめている